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不登校生徒の居場所が〝学校のなか〟にあればいい

前屋毅フリージャーナリスト
鴨居中学の〝なか〟にある不登校生徒のための「和ルーム」       撮影:筆者

 不登校の子どもたちを学校から排除する考え方は、学校の意味そのものを否定することにつながりかねない。否定ではなく、学校の魅力そのものを大きくする試みが始まっている。

| 不登校生徒の居場所になる条件

 横浜市立鴨居中学には「和(なごみ)ルーム」という教室がある。ここを利用しているのは、「不登校」に分類されてしまう生徒たちだ。

 不登校にもいろいろあって、まったく学校に来られない生徒もいれば、学校に来ることはできても自分が所属するクラスには行けない子どもたちもいる。後者の場合、クラスではなくて保健室などの別室で過ごす子もいるが、居心地がいいわけではない。ほんとうの居場所にはなっていない。結局、足は遠のくことにもなる。

 鴨居中学の和ルームは、学校には来られるけれどもクラスに行けない生徒のための居場所である。ただ物理的な場所だけをつくってみても居場所にはならないが、和ルームはほんとうの意味での居場所になっている。

 和ルームが不登校生徒の居場所になっているのは、鴨居中学がさまざまな独自の取り組みをしていることもあるが、横浜市の制度として運営されていることが大きな要因となっている。

 この事業を横浜市では「特別支援教室等活用事業」と呼んでおり、2020年度から中学校を対象に実施している。「特別支援教室」が「特別支援学級」と混同されてしまうかもしれないので、少し説明が必要かもしれない。軽度の知的障害や発達障害の児童・生徒を対象に通常学級とは別に学校内に設けられているのが「学級」で、「教室」は通常学級に籍をおきながら時々は特別指導が必要な児童・生徒が特別指導を受けるための場である。

 特別支援教室は不登校のために設けられているわけではなくて、横浜市の制度は特別支援教室を不登校生徒の居場所として活用するというにすぎない。その居場所は特別支援教室と決まっているわけでもなくて、図書館の一画などを利用している学校もある。「等」が付いているのは、そのためである。「制度の名称から誤解される可能性もあるので名称変更の必要があるかもしれませんね」と、横浜市教育委員会事務局人権健康教育部人権・教育・児童生徒課担当課長の飯田学さんも話していた。

 ともかく、横浜市では不登校生徒の居場所づくりに取り組んでいる。「物理的に場所をつくったら終わり」では、もちろんない。飯田さんが続ける。

「この事業の重要なポイントは、常駐の支援員がいることです。通常の特別支援教室は常にカギが開いているわけではありませんが、常駐の支援員がいれば、いつでも開いているので、自由に入れるわけです」

 不登校の生徒によっては、職員室にカギをもらいにいって自分で解錠することが高いハードルになりかねない。それが、学校に来られない原因にもなってしまう。支援員が常駐していれば、そのハードルもなくなる。支援員を常駐させることは、予算的なこともあり学校独自ではできない。行政が関与して初めて実現できることだ。

 支援員がいることで、なにより安心できる場になる。不登校の生徒が教室に来ても孤立している状態であれば、籍のあるクラスにいるのや自宅で引きこもっているのと同じことになりかねない。登校してくる意味は薄い。孤立させず、居心地のいい雰囲気をつくることが支援員の役割だ。支援員がいてこそ、そこは居場所になる。

| 学習支援の場所にもなっている仕組み

 ただし、支援員だけでは難しいこともある。学習支援だ。現在、横浜市が不登校生徒のための居場所を設けているのは中学校だけなのだが、中学校では教科ごとに専任教員が教える体制だ。それを1人の支援員が教えるのは無理だし、学年の違う複数の生徒がいれば、なおさら難しくなる。そこをどうクリアするのか、飯田さんが説明する。

「城南進学研究社のオンライン学習教材『デキタス』を導入しています。これを使うことによって、生徒は自分のペースで学習をすすめていくことができます。単位としても認められます」

 その進捗状況はそれぞれの教科担任が把握できるようにもなっているので、指導もしやすい。空き時間に教室にやってきて、進捗状況に合わせて指導ができるのだ。進捗状況が把握できていなければ、それを把握するだけでも時間がかかるし、指導にも手間がかかり、教員の足も教室から遠のくことになってしまいかねない。デキタスを導入することで、そうした問題が解決され、不登校生徒と教員の距離はぐっと縮まる。

 もちろん、支援員がまったく学習支援をしないわけではない。教員OBが多い支援員が、生徒と紙の教科書をはさんで一緒に学ぶこともある。ICT端末に向かっているだけでなく、人と会話しながら学ぶこともできたりするのだ。それもあってこそ居場所になる。飯田さんが続ける。

「不登校の生徒を普通の授業に戻すことが目的ではないし、生徒は安心できる場所で自分のペースで学んでいくことができています。教員も不登校の生徒と接する機会が多くなって、学校そのものの雰囲気が変わったという感想を多く聞いています」

 和ルームを設けている鴨居中学でも、校内の様子が変わってきたという。校長の齋藤浩司さんが語る。

「どの子が登校しているのか職員室で確認できるシステムも導入しているので、自分の担当している生徒が登校していれば気軽に声をかけに行ったり、学習指導もしています。それもあってか、授業によっては和ルームから出て自分のクラスで授業を受けたりしている子もいます。それが許される雰囲気ができてきて、学校全体が変わってきたと実感しています」

 こうした関係は、不登校生徒の居場所が学校のなかにあってこそ実現できる。学校のなかに居場所をつくる大きな意味でもある。飯田さんも強調する。

「不登校の生徒も学校を身近に感じることができ、ほかの生徒も教員も不登校の生徒が身近にいることを感じることができます。それぞれの成長につながると思います。不登校生徒だけの事業ではないわけです」

 だから、居場所をつくりたいと希望する学校は多い。とはいっても現在、この居場所があるのは、横浜市内の20の中学校に限られている。問題は、予算だ。

 常駐支援員の報酬もふくめて、いまでも1校あたり年間約400万円の費用がかかっている。横浜市内には約150校の中学校があり、全校に設置するとなると、単純に計算しても年間6億円の予算が必要になるのだ。

 このハードルを超えるのは簡単ではない。しかしハードルを超えることができれば、横浜市の学校は子どもたちの成長の場としての魅力を確実に向上させることになるだろう。それを後押しする横浜市民の声が大きく、大きくなっていくことを期待したい。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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