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トランプ政権の対中政策の変化:「理念外交」への回帰はあるのか

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
ポンペオ国務長官の対中政策演説(7月23日、ニクソン大統領図書館で)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 トランプ政権の対中外交が厳しさを増している。通商やハイテク、軍事面の緊張にとどまらず、さらに「自由」という「理念」を要求する踏み込んだ形になりつつある。「選挙を最大限の行動原理とする外交」から本格的な「理念外交」への回帰の可能性はあるのだろうか。

 米中のあつれき激化

 中国が2020年6月30日に香港国家安全維持法を施行して以来、米中のあつれきは日増しに激化しているようにみえる。

 ポンペオ国務長官は7月13日、南シナ海の大部分の海洋権益を主張する中国の立場について、「完全に不法だ」とする声明を発表している。アメリカが公式に中国の南シナ海での主張を否定するのは異例のことである。

 南シナ海では3月の空母「ルーズベルト」の新型コロナ感染による離脱(グアム寄港)から中国海軍が活発化している。アメリカは中国の進出に対応するために、6月に復帰した「ルーズベルト」に加えて、「ロナルド・レーガン」、「ニミッツ」の西太平洋に3隻展開させている。7月には2度にわたって2隻の空母を南シナ海に送り、演習を行っている。

 対中強硬姿勢は南シナ海での対応だけにとどまらない。人権問題で新疆ウイグル自治区での弾圧を理由にした企業制裁を進めたほか、トランプ政権は中国軍との関係が疑われる留学生にビザを発給しない方針を打ち出している。

 さらに7月21日にはヒューストンの中国総領事館の閉鎖を命じた。領事館とは災害やテロ時などを含め在外自国民を保護したり、ビザ発給やその国に関する情報収集、交流事業を担ったりする出先機関だ。相手国の同意を得た上で設置されることがウィーン条約で定められ、原則として大使館同様に許可なく立ち入ることは認められず、領事官は逮捕などで拘束されないといった特権も認められている。

 今回、米政府が閉鎖命令を出した在ヒューストン総領事館はテキサス州やフロリダ州など南部、中西部の8州とプエルトリコを管轄している。管轄地域にはバイオ、ハイテク、宇宙、医療などの重要産業があるため、総領事館を基盤とした何らかの諜報活動が進んでいる可能性があろう。中でも米中の新型コロナウイルスのワクチン開発競争が進む中、新薬競争の情報を得ようとしていた可能性を指摘する声もある。上院外交委員会に所属するルビオ上院議員(共和党)は7月22日、「総領事館は中国のスパイ行為や影響力拡大の活動拠点だった」とツイートしている。

 この閉鎖命令は中国への敵意を宣言することにほかならない。1941年の対米開戦直後に在米日本大使館が閉鎖されたことを考えれば、その「一歩手前」の段階とも言える。さらにトランプ大統領自らほかの在米公館を閉鎖する可能性も排除しない考えを示している。

 ポンペオ演説

 この一連の対中強硬の動きがさらに一歩進んだ「理念外交」への回帰の端緒にみえるのは、23日のポンペオ国務長官の対中政策の演説のインパクトに他ならない。ポンペオ長官はアメリカのこれまでの歴代政権が続けてきた、一定の関係を保つことで変化を促す「関与政策」について、「失敗だった」と訴えた。中国に対抗するため、有志の民主主義国による新たな連合も提唱した。

「中国共産党は知的財産を盗もうとし続けてきた」「中国は国内で独裁主義的となり、海外ではより攻撃的に自由への敵意をむき出しにしている」「トランプ大統領は「もうたくさんだ」と言っている」「中国が振る舞いを改めないのであれば、我々は米国民の安全や経済を守るため行動する」「両国間の根本的な政治的、イデオロギーの違いをもはや無視することはできない」「世界の自由国家は、より創造的かつ断固とした方法で中国共産党の態度を変えさせなくてはならない」「中国共産党に関していうなら「信頼するな、そして確かめよ」という原則が重要だ」などというのがポンペオ演説のポイントだ。

 「独裁」への反発、「自由」の強調など、アメリカのこれまでの外交の理念に回帰しつつあるのは注目に値する。演説の中でのニクソン政権の対中姿勢などへの言及も「新冷戦」を念頭にしているとみられる。

 「もうたくさんだ」「信頼するな、そして確かめよ」といったサウンドバイト(決め台詞)は今後も頻繁に使われるのかと想像する。対共産党という本丸に迫ろうとしているほか、中国の封じ込めを超えて、巻き返しを進めているようにも見える。

 これまでの貿易やハイテクの対立も、最終的には国家や共産党が変わらないと動かないという現実をトランプ政権は再認識したのかもしれない。中国の企業の場合、国家資本主義から呪縛があり、テクノロジーなり技術なり、あるいは盗んだ情報なりを吸い上げて、国や軍に渡してしまう可能性がある。

 既に、一部の米メディアは、中国共産党員の入国禁止を政権が検討しているとも報じている。その数は9千万人を超えるとみられている。

 まだわからないが、もし、これを機会に中国に対してネオコン的な体制改革を望むような形になったとしたら、将来的にアメリカの外交史に残る演説になる可能性もある。

 「選挙のツール」としての「中国たたき」か、持続的な強い圧力か

 この一連の対中強硬策について、単に大統領選を控え、政権による世論を意識した「中国たたき」とみる見方もあるだろう。現状では米中どちらも本格的な戦争を望んでいないとみられるため、どこまで踏み込んだ「中国たたき」なのか、ネオコン的な体制変革を本当に求めるような動きになっていくのかは、まだ読みにくいところだ。特に米中の場合、経済的な相互依存が既に強いため、これを部分的にどうはがして「デカップリング」していくかの道筋も複雑だ。

 ただ、トランプ政権だけでなく、民主党側にも中国に対して特に人権分野などでは厳しい発言が続いており、メディアの一部が報じた民主党大会で採択する党綱領案にも中国に対して厳しい言葉が入っている。少なくともオバマ政権時代の中国への「関与」政策は民主党側も控えてくるだろう。

 アメリカが最大のライバルである対中政策については本腰を入れた理念外交に戻る可能性があるのか、それを見極めるにはもう少し時間がかかるかもしれない。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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