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米中首脳会談:関税引き上げという「脅し」の先送り。長期化する対立

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
(写真:ロイター/アフロ)

 注目の米中首脳会談で、アメリカが新たな対中制裁関税は課さない方針を示したことで、当座の危機が回避され、対立はいったんは収まったように見える。米中は貿易戦争打開に向けた通商協議を再開することで同意した。しかし、両国の対立はかなり構造的な安全保障上の問題であり、関税引き上げを道具にしたアメリカ側の「脅し」が今後に先送りされただけだ。ファーウェイに対する規制解除も報じられているが、もし解除されてもいつ再び規制がかかるかどうかわからない。

(1)想定されていた「先送り」

 関税第4段はそれこそ玩具などまで含まれるため、年末の一大消費の時期に一斉の価格値上がりも想定された。そのため、アメリカ経済にも影響が出る。トランプ氏にとっても2020年選挙の本格開始を前にそれは避けたいという事情はあったはずである。そのため「先送り」は想定されてはいたが、そこはトランプ氏であるため、会談後まで方向性がわかりにくかった。

 

(2)米中対立の根本

 方向性がわかりにくかったのは、これは単に貿易赤字の問題だけでないという事情も大きい。いうまでもないことだが、すでに米中対立の根本は安全保障の問題、覇権争いにある。中国の国家資本主義的な体制の中では、中国のハイテク企業は結局「中国政府の手先」となってしまう。安全保障上、中国の各企業が中国政府への協力を拒否するのは不可能であり、それだけアメリカなどの安全保障上の脅威となるという論理である。

 政策関係者の間では、対中強硬論は超党派的に広がりつつある。特に香港、ウイグルなどの人権などのことを考えると、民主党側も中国に対して厳しくなる。分極化が激しいワシントンの政治で共和党と民主党が合意できるほぼ唯一といっていい政策が対中強硬策といっても過言ではない。

 ポピュリストであるトランプ氏はどうしても取引にこだわる傾向にある。貿易の方は今後いくつか妥協する最初の妥協であり、今回のように「関税見送り」や、部分的に中国に貿易面で妥協を重ねさせ、「成果」を上げようという狙いがあるのだろう。

(3)「デカップリング」の難しさ:経済の論理を安保の論理で説得できるか

 これに対して安保の方の対立は長引くのかと思われる。

 今回の関税見送りは貿易と安全保障の切り離しそのものであろう。しかし、米中貿易相互依存の中、すでにアメリカにとってもグローバルサプライチェーンの中にある中国をそこから切り離すデカップリングが可能かどうかも難しい。安い中国製品を輸入したり、中国に農産物を輸出する農家にとっては、安全保障の論理よりも経済的なメリットの方がどうしても勝ってしまう。

 そのため、最終的には、「経済の論理を安保の論理で説得できるか」にかかっている。ただ、例えば、安全保障の観点から、「安いが危険」とみる中国産のスマホを諦めてやや高いアメリカ製や韓国製に買い替えることを一般の消費者に説得できるか、と考えるとなかなか難しい。トランプ政権がアメリカ国内企業との取引禁止措置を発動したファーウェイ(華為技術)制裁問題についても、インテリジェンスを共有している「ファイブアイズ」の一角であるイギリスですら、ファーウェイ禁止に積極的ではない。

(4)先延ばしただけの「脅しの道具」

 今回の会談の結果、準備していた「対中制裁第4弾」の発動は見送られた。そもそも習氏との首脳会談が不調に終われば、ただちに発動に踏み切る構えだったといわれている。今後、中国側の譲歩が進まなければ、先延ばしにしただけの「脅しの道具」を再び使ってくるのだろう。アメリカの立場から見て「協議は正常に戻る」とされただけである。ファーウェイに対しては、政府調達は禁じたまま、ファーウェイに対する販売規制解除と報じられた。今回の会談で「ファーウェイ」が交渉材料の目玉の一つであったのがこれを見ても分かる。ただ、解除されてもいつ再び規制がかかるかどうかわからない。「脅し」は続く。

 国家による知的財産権の侵害に近い行為など、そもそもの国家資本主義的な慣行は中国の経済システムそのものであり、中国としても妥協はなかなか難しい。そう考えると、やはり米中の対立はかなり長期化していくとみられる。

 

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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