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本格化する「影の予備選」:1年半がかりのアメリカ大統領選挙。なぜこんなに長いのか

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
トランプ米大統領 フロリダ州で集会 大統領選立候補を正式表明(写真:ロイター/アフロ)

 2020年アメリカ大統領選挙が本格的にスタートした。トランプ大統領が6月18日に再選出馬表明を行ったのに続き、6月26日には民主党予備選候補の討論会が早くも開始された。2日目の27日には支持率トップのバイデン前副大統領と2位の最左派のサンダース上院議員が舌戦を繰り広げた。しかし、予備選の最初の戦いとなるアイオワ州党員集会は7カ月以上先で本選挙の2020年11月3日までは1年4カ月以上もある。大統領選の仕組みの基本を確認しながら、なぜこんなに長い選挙戦をするようになったのかを確認してみたい。

(1)大統領選挙の2つの段階:予備選段階と本選挙

 4年に1度行われる米国の大統領選挙は先進国では例があまりないほど、長期間にわたって行われるため、マラソン競技にたとえられてきた。この「マラソン」には大きく分けて2段階ある。第1の段階は民主、共和両党がそれぞれ党の大統領候補を選び出す予備選段階。そこで選ばれた両党の指名候補が大統領の座を争う第2段階が本選挙である。

 予備選段階は、夏の両党の全国党大会に送り込む「代議員(デレゲーツ)」を獲得しあう党内の指名候補争いである。選挙年の初め(2020年の場合には2月3日のアイオワ州党員集会、次が2月11日のニューハンプシャー州予備選)から順次開かれる各州の「党員集会」と「予備選」の結果で、どの立候補者に代議員を割り振るかが決められていく。

 予備選段階は、立候補者が全米各地をまわり、国民と直接接する。予備選段階の時間が長いため、国民にとっては、候補者が国のリーダーとしての力量を持っているか、じっくり確かめることができる。そのため、予備選段階が長いことは、草の根の民主主義をはぐくむ絶好の機会と考えられてきた。代議員の数は共和党、民主党それぞれが独自に決めている(2020年の民主党の場合、特別代議員を除くと3768人)。

 予備選段階そのものも「プライマリー」であり、「予備選」という仕組みも「プライマリー」(「党員集会」は「コーカス」)ということで紛らわしいかもしれない。基本的には予備選の場合には一斉に投票する形式なのに対し、党員集会は地区ごとに開かれる集会で討議したうえで、投票したり(主に共和党)、話し合いで候補者を決める(主に民主党)。政党の代表を決めるわけだが、有権者の資格は極めて緩く、「民主(あるは共和)党支持者」という登録を行えば、予備選や党員集会に参加できるし、誰にも開いている州も少なくない(実際には共和党支持者でも民主党の予備選に投票しているケースも数多い)。

 2020年選挙の場合、トランプ氏の場合は予備選での共和党内指名争いはほぼ無風で勝利するとみられている(それでも共和党側も予備選や党員集会を行う)。一方、民主党の方は20人を超える歴史的な数の立候補者数となっており、すでに各候補は予備選最初の戦いとなるアイオワ州やニューハンプシャー州には足繁く通っているほか、アメリカの各ニュース専門局では今年初めから各候補と市民が話しあうタウンホールミーティングを企画中継し続けている。テレビ選挙CMも始まっている。各候補者の支持率についての世論調査も数多く、民主党ではバイデン氏がトップ、となっている。

 もちろん、現段階での調査では全く不確実だが、実際の予備選が始まる前の「影の予備選(シャドー・プライマリー)」はすでに佳境に入っているといっても言い過ぎではないだろう。民主党の場合、「影の予備選」の段階、つまり有権者の審判を受けない段階で、資金不足や支持率低迷で、おそらく半分以上は脱落していくとみられる。

 第2段階の本選挙は11月の「第1月曜日の翌日」に決められている(2020年選挙の場合には11月3日)。こちらは各州の「選挙人(エレクター)」を獲得する競争で、全538の過半数を超える270の選挙人をとった候補が勝利となる。1票でも他候補を上回った候補者がその州の選挙人を総取りする仕組みになっている州が大多数であり、両党の候補者陣営は州ごとの戦略を立てて、戦っていくこととなる。党派性が明確でない、フロリダ州やオハイオ州などの5から10ほどの激戦州を奪いあう陣取りゲームが本選挙の最大のポイントとなっており、両党の候補者は選挙運動に投じる予算や時間をできるかぎり激戦州に重点的に配分している。

 本選挙では有権者は選挙人ではなく、候補者に投票するため、有権者が大統領を直接選んでいるのと同じである。しかし、形式上、間接選挙となっており、選挙人は「12月の第2水曜日の次の月曜日」に再度各州の州都で投票して大統領を選んでいる(2020年の場合は12月14日)。間接選挙にしたのは、民主主義の気まぐれな性質を抑えようという憲法の起草者たちの工夫の一つといえる。ただ、この制度が形骸化しているのは事実で、選挙人の投票結果は全くといっていいほど注目されない。

(2)前倒し(フロント・ローディング)現象

 予備選段階のうち、真っ先に行われるのが、アイオワ州党員集会、ニューハンプシャー予備選と民主・共和両党の規則で決まっている。1970年代までのアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー予備選は、立候補者がどんな人物か簡単に見極める場に過ぎなかった。そして、両州での戦いの後、ほとんどの立候補者はかなり長い間、脱落せず、選挙戦を続けた。当時、候補者決定の決め手となるのはカリフォルニア、ニューヨークなどの人口が多く、党大会への代議員が多い州の予備選であり、これらの州の代議員選出は予備選の比較的最終段階に行われていた。また、当時は夏の全国党大会で、逆転の可能性もあったため、全国党大会の役割も大きかった。

 しかし、過去40年間でこの状況は大きく変化した。この変化とは、予備選段階の最初に予備選・党員集会が集中し、大統領選挙の実質の候補者の決定時期が毎回の選挙ごとに早くなっているフロント・ローディング現象にほかならない。フロント・ローディングとは、「前倒し」の意味であり、大統領選挙の予備選段階が予備選期間の前半部分に集中し、事実上の党候補者の決定もきわめて早くなるという現象である。フロント・ローディング現象の結果、本来なら全ての州の予備選・党員集会が終わった後の夏の全国党大会で正式決定するはずの共和・民主両党の大統領候補は3月や4月の段階に実質的に決まるようになっている。全国党大会は戦いの場ではなく、指名候補が本選挙に向けての自己PRの場に変わってしまった。

 ただ、注意したいのは、候補者にとって実際はフロント・ローディング現象のために、「短距離走」になったのではなく、フライングで実質的な選挙運動がどんどん前倒しになってしまったという事実であろう。予備選段階が始まる半年以上前から、選挙運動がスタートするのが一般的になっており「影の予備選」の期間が非常に長くなっている。冒頭でふれたように2020年選挙の場合、トランプ大統領が2019年6月18日に再選出馬表明を行ったのに続き、同月26日には民主党予備選候補の討論会が早くも開始された。2016年選挙の共和党予備選は前年の8月から始まったことを考えると、2カ月早い。

2日間にかけて戦われた民主党候補のTV討論会(写真:ロイター/アフロ)
2日間にかけて戦われた民主党候補のTV討論会(写真:ロイター/アフロ)

 

(3)「影の予備選」を長引かせている要因

 では、そもそも、なぜ「影の予備選」がこんなに長くなったのか。今年の場合には、20人以上いる民主党候補者たちを絞り込むにはこんなにも早いスタートが必要となっているものの、理由は絞り込みにあるのではない。

 「影の予備選」の長期化には複合的な要因が影響している。まず、背景として、1970年代に「代議員」の選出を開かれたものにしようとする政党側の改革があり、この改革をきっかけに、党のリーダーのお気に入りの候補でなくても、自由に立候補できるようになったことが大きい。「党員集会」ばかり、しかも実際には党幹部だけの参加で一般の支持者には公開されていないことも多かった予備選段階が大きく変わり、通常の選挙である「予備選」が次々に導入されていった。立候補の条件も緩和された。つまり、全く全米的には無名の候補を含め、誰にもチャンスがあるため、できるだけ早めに選挙戦を開始しなければ負けてしまう。この思いから選挙戦が構造的にどんどん前倒しになっており、支持率だけを争う「影の予備選」が選挙開始の1年以上前から白熱する。

 さらに、一般の有権者に情報を与えるメディアの役割が重要になった。ただ、メディアとしては、「ニュースバリューがある」のはどうしても「初物」であり、予備選段階前半の特定州に報道が集中することになる。予備選段階の報道の約半分がアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選の2つの州の報道に費やされたという研究もある。有権者の注目も予備選段階の前半に集まることになる。

 実際、人口的には極めて小さなはずのアイオワ州向けの政策(例えば同州特産のトウモロコシを使ったエタノールへの政府助成など)も各候補者が大きな争点として取り上げるようになっていった。この状況を見ていた他の州は、大統領候補選出における自分たちの影響力を失いたくないため、選挙日程をどんどん前倒ししていった。このことによって、選挙戦の重点がさらに予備選の前半部分に偏ることになり、メディアの報道もさらに前半部分に集中することになっていった。

 前倒しされる予備選日程の中、「遅れてはならない」というのが候補者陣営の心理である。予備選段階の最初に開かれる党員集会や予備選挙で健闘すれば、全く無名の候補でも一気に知名度は一気に高くなる。そのため、選挙運動の方もどんどん前倒しされていった。「影の予備選」が過熱する背景にある候補者陣営の心理や焦りもある。

 選挙運動の期間が長くなれば、その選挙CMが膨大になってしまうのはいうまでもない。メディアを通じて政敵に対する批判を継続的に繰り返し、イメージダウンを狙う戦略であるネガティブ・キャンペーンが広く導入されてきたのも、ライバルたちを追い落とす作戦である。表現の自由を重視するアメリカでは選挙CMの内容に対する規制が緩やかであるほか、近年のインターネットやソーシャルメディア上の爆発的な利用で、ライバル候補に対するネガティブ・キャンペーンをさらに加速させてきた。

 公的な発言だけでなく、立候補者の様々な言動が24時間ニュース専門局や新聞に報じられ、衆人環視の中におかれる。一挙手一投足がメディアイベントとなる。肯定的に見れば、その中で大統領としての資質を磨いていくわけだが、プライバシーがない過酷な日々となる。

 選挙戦が長くなることは、候補者にとっては費用がかさむことになる。実際、「影の予備選」が長引くようになってから、大統領選挙にかかる費用は増え続けている。過熱する「影の予備選」は、政治参加の機会が増えることではあるが、金権政治を生むという批判もあり、大きな曲がり角に立っている。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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