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トランプ政権発足100日:“破天荒なアマチュア政治”の今後

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
退役軍人のための法案に署名したトランプ大統領(2017年4月19日)(写真:ロイター/アフロ)

アメリカのトランプ政権は4月末で政権発足から100日を迎える。この間、派手な大統領令の連発から始まったものの、主要な政策はほとんど動いていない。外交については、軍出身者を政策運営の中心に置くことでなんとなく既存の外交政策に回帰する様子がうかがえるが、アメリカ国民によってより関心が高いはずの内政はいまだに不透明なままだ。トランプ大統領の“破天荒なアマチュア政治”はどこにいくのだろうか。

(1)ほとんど何もできなかった100日間

アメリカの大統領にとって「最初の100日」には特別な意味がある。というのも、就任直後の100日間くらいは、世論も大統領を支持し、議会も大統領が進めたい政策案に耳を貸そうとするためだ。その100日の“新婚”(「ハネムーン」)期間を過ぎると、大統領への支持は徐々に停滞していく。大統領にとっては、この100日間でどれだけ斬新な政策を打ち出し、議会で立法化できるかが、政権4年間を大きく左右する。つまり、大統領の評価を決める大きな試金石がこの最初の100日である。

オバマ前大統領なら政権発足後1カ月に満たない2009年2月半ば、総額7870億ドルの大型景気刺激策を議会に認めさせている。その後、最初の2年間で立法化された医療保険改革(オバマケア、2010年3月)やウォール街規制強化(ドッド・フランク法、2010年7月)などの目玉政策の議論も、2009年1月28日のオバマ大統領の議会演説を皮切りに、政権側がかなり積極的に働きかけ、議題設定をしていった。その前のG・W・ブッシュ大統領の場合も2001年7月に立法化された大型減税(ブッシュ減税)や、2002年1月の教育改革などの議論は、最初の100日間の間にかなり本格化していた。

オバマ大統領の場合、その後、民主党と共和党との党派対立でその後はなかなか自分の思うような政策を打ち出せなかった。ブッシュ政権は2001年9月の同時多発テロ以降は、外交・安全保障が政策の中心となり、政権後期にはイラク戦争の泥沼化が大きく足を引っ張った。いずれにしろ、両政権の顔となるような目玉政策は比較的早期に実現している。

それに比べると、トランプ政権の場合、「ほとんど何もできなかった100日間」といっても言い過ぎとはいえないだろう。国民世論が大きく割れる中、トランプ政権の支持率は共和党支持層からは8割を超えているが、全体としては40%を切るような調査結果もある。例外的に極めて低く上述の“新婚”(「ハネムーン」)期間は最初から存在せず、トランプ政権の主張する政策の議会での立法化が大きく遅れている。

(2)“張り子の虎”

ただ、トランプ政権といえば、政権発足直後から次々に大統領令を大々的に発していた印象が鮮烈だ。数々の大統領令はトランプ政権の代名詞といえるようなものとなったが、しかし、大統領令の中で重要度が高いものほど、この100日間でまともに実現したものはない。これまでの大統領令は勇ましいが、神通力はなく、“張り子の虎”のようなものだ。

大統領令はあくまでも大統領の行政命令であり、議会の予算措置や立法などがなければほとんどが小手先の指示に過ぎない。「メキシコ国境の壁建設」に代表されるように、トランプ政権の場合、何といっても、政策そのものがこれまでとは大きく異なる“破天荒”なものが中心であるため、議会での審議がなかなか進まない。

トランプ政権の最初の大統領令であり、目玉中の目玉だったオバマケアの廃止と新制度設立については、議会で取り上げられたものの、身内である共和党の下院の自由議連が反対し、採決にすら持ち込めなかった。トランプ大統領自らの自由議連所属議員らに面会し、説得をしたが、基本的にはライアン下院議長に丸投げした形となっており、自由議連はなびかなかった。共和党内から足をすくわれてしまった形となり、トランプ政権の議会対策でのアマチュアさが一気に露呈した。

イスラム教徒が多い「特定国(当初は7、その後は6か国)からの入国禁止」は司法に停められた。議会に回す前に大統領自らが決めることができたTPP離脱は例外中の例外で、議会の予算措置などを通さないといけないタイプの大統領令はことごとく動いていない。

大統領令以外でもインフラ投資や法人税減税、所得税減税など、トランプ政権は日本を含め、世界の景気にも直結するような経済関連の選挙公約を行ったが、いずれも実現には程遠い。

政策の実現に困難が伴うのには、上述の世論の支持以上の理由がある。というのも、議会の上院の場合、アメリカ政治特有の少数派の意見を尊重するフィリバスター(合法的議事妨害)という制度があるためだ。上院の共和党の議席は52であり、民主党側のフィリバスターを止めることができる安定多数の60議席には達していないため、民主党側がまとまればいつでも共和党側が推進する法案を止めることができる状況が続いている。現在は大統領と議会上下両院の多数派がいずれも共和党であり、久しぶりの「統一政府(unified government)」ではあるが、実質的には、ねじれ状態である「分割政府(divided government)」のようなものだ。

(3)アマチュアリズムの限界

昨年の選挙中からトランプ氏は、反ワシントンを掲げ、アウトサイダーであることをPRしてきた。対抗馬だった民主党のクリントン氏は、ファーストレディから始まり、上院議員、国務長官を務め、ずっとワシントンの「究極のインサイダー」だった。既成の政治家への反感や変化に対する期待感も、トランプ支持の追い風となり、「何かを変えてくれそう」という期待が集まった。

しかし、実際に政権を運営する段階になると、やはり政治のアマチュアであることがアキレス腱となっている。「チームトランプ」の陣容が固まらないことも大きな問題である。そもそも「反ワシントン」の掲げる政権の中で、バノン首席戦略官は官僚機構を大幅縮小することを目標としていたこともあり、実務を担う官僚レベルがまだ十分な数の政治任命が終わっていない。これも政策そのものを詰められないという問題につながっている。

(4)王様になれない大統領

大統領は王様や絶対君主にはなれないということをトランプ氏は今、実感しているのではないか。大統領の脆さは、なんといっても大統領が望むルールが成立しにくい構造があることが大きい。大統領の憲法上の主な役割は、行政府の長であり、「執行長官」である。簡単に言えば、議会が作ったルール(法律)を自分なりに政策に落としていく責任者が大統領である。大統領自身が法案そのものを提出することはできず、法案提出も審議も議会の役割である。

大統領は教書のような形で、法案を議会に「提案」することはできるが、実際の審議は議会の手に任せられており、立法化の過程で大統領の本来の意図とは大きく異なる法案になってしまう。法案は大統領が署名しないと成立しないが、上述のオバマケア廃止と新制度設立の法案が頓挫したように、政党内の法案拘束も弱く、自分の政党の議員たちに寝首を掻かれることもある。日本では行政権がある内閣が提出する(実際は官僚が作成する)「閣法」が立法化される法案の9割を占めている。

(5)既存の外交・安全保障への回帰?

いうまでもないが、内政と異なり、外交・安全保障では、大統領の権限は大きい。大統領は「国家元首(ヘッド・オブ・ステート)」であり、「主席外交官(チーフ・ディプロマット)」として外交の最高責任者であるほか、「三軍の司令官(コマンダー・イン・チーフ)」として、軍事上の最高者も兼ねている。諸外国との関係の中では、臨機応援に対応する役割が必要であり、その権限が大統領に与えられている。国を代表した瞬時の判断が必要であり、大統領の外交上の権限が大きいのは、あくまでも与えられたルールの中での政策運営の一環であると考えればいいのかもしれない。

その外交・安全保障外交の方は、トランプ政権発足前後はあまりにも言葉が軽く、大きな混乱が続いていた。だが、日米関係に始まり、NATOとの関係、米中関係、パレスチナ問題など、これまでのアメリカの政権とほぼ同じ立ち位置に戻りつつある。

さらに外交・安全保障外交の政策形成過程もやや落ち着きつつあるようにもみえる。経験豊かなマティス国防長官や、マクマスター安全保障担当補佐官らがトランプ外交の主軸になったためである。ロシアとの密接な関係が疑われているフリン前安全保障担当補佐官が2月に辞任したほか、偏った発言が目立っていたバノン首席戦略官が国家安全保障会議(NSC)の常任委員から4月上旬に外れたのが大きいかもしれない。ただ、娘婿のクシュナー上級顧問が中東だけでなく、対中国や官僚制度改革など外交から内政の多くを担当する家族重視のホワイトハウスは極めて異例であり、当面はこの状況が続きそうだ。

NSC再編直後に起こったシリア攻撃では、アメリカ第一主義を掲げてきたトランプ政権の外交が共和党の既存の外交政策に回帰しつつあるようにもみえる。「世界の警察官」を放棄するはずだったトランプ政権が、自国民を毒ガスで苦しめるシリア政権に対し、人道目的で介入する事態は100日前には想像できなかった。

トランプ大統領には世論とも議会とも100日間のハネムーンが全くなかった。ただ、分極化を体現する分、今後の支持率低下も緩やかになるかもしれない。そうなったらこれも異例だ。

“破天荒なアマチュア政治”が今後どのように変わっていくのか。100日たっても、まだ、かなり不透明なのもトランプ政権ならでは、かもしれない。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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