~工場編(19)

受刑135/384日目

刑務所でも防災訓練

 この日は9月8日で「防災週間」の最終日だったので、刑務所でも防災訓練が行われた。午前9時に地震が発生したという想定に基づき、各工場ごとに隊列を組んで運動場まで移動し、避難経路を確認するといったものだ。

 図書計算工場でも、所内放送に合わせ、工場に備え付けられているヘルメットを一斉にかぶり、事務机の下に潜り込んで身を守るといった訓練を行った。

 周知のとおり、9月1日が「防災の日」とされ、以後の1週間が防災意識を高めるための「防災週間」とされているのは、1923年9月1日に発生した関東大震災に由来する。

 このときは、当時「監獄」と呼ばれていた刑務所も甚大な被害を受けた。中でも横浜刑務所は周囲を取り囲む高い塀が完全に崩壊し、舎房の鉄扉も折れ曲がるなど、壊滅状態となった。受刑者1131人のうち48人死亡、50人重傷、職員も3人死亡、21人が負傷した。

 敷地は火の海となり、別の刑務所に移送する時間的な余裕もなかったことから、トップの判断で受刑者934人が一時的に解き放たれたという。当時の監獄法に基づく緊急避難的な措置であり、24時間以内に必ず自ら戻ってこなければならないという制限付きのものなので、法的には「釈放」ではなく、「解放」と呼ばれるものだ。

 ところが、時間内に戻ってきたのは565人だけだった。遅れて戻ってきたり、別の刑務所に出頭した者も多かったが、中には東京都内で強盗や恐喝、詐欺、住居侵入などの再犯に及び、逮捕されて新聞沙汰になった者もいた。