刑法で最高刑が懲役2年と定められている事件に対し、東京地裁がこれを超える懲役2年6ヶ月の違法な判決を言い渡した。地検の求刑と同じであり、これに引きずられた形だ。その理由や問題の所在は――。

どのような事案?

 報道によれば、次のような事案だ。

「わいせつ電磁的記録所持罪に問われた男2人の裁判で、東京地裁(井下田英樹裁判官)が法定刑の上限を6月超える違法な判決を言い渡したことが9日、分かった。東京地検が誤って求刑し、2人の弁護人も気付かなかった。地検は判決を是正するため、同日控訴した。弁護側も控訴している」

「同罪の最高刑は懲役2年、罰金250万円」「検察側は1月21日の初公判で2人に懲役2年6月、罰金100万円を求刑。弁護側は執行猶予付きの判決を求め、即日結審」「地裁は同28日、それぞれ懲役2年6月、執行猶予4年、罰金80万円と、懲役2年6月、執行猶予5年、罰金50万円の判決」

「地検によると、判決言い渡し後に公判部の職員が確認作業をする中でミスが判明。2人には弁護人を通じ、誤った求刑をしたと謝罪」「地裁は地検からの連絡受けて把握した。裁判官の法定刑の確認不足が原因」

2021年2月9日・日経新聞/共同通信社配信

「裁判を担当した検察官が、複数人の確認を経て決定した求刑とは違う求刑を、誤って法廷で読み上げた」

2021年2月9日・日テレNEWS24

 判決後、検察庁では、その確定や執行に備え、事務方が必ず判決書を丹念にチェックしている。ここで初めてミスに気づいたということになる。

 法廷で求刑を述べた公判部の検察官、判決を言い渡した裁判官、これを聞いていた弁護人や書記官の誰もがミスに気づいていなかったわけで、相当深刻な話だ。

なぜミスをした?

 ミスの原因は実にシンプルだ。所持1件だと法定刑が懲役2年の事件について、公判を担当する検察官が懲役2年6ヶ月を求刑してしまい、裁判官も執行猶予付きとはいえ懲役刑についてその数字どおりの判決を言い渡したというものだ。

 あまりにも酷いミスの連鎖だ。法律家でありながら、検察官、裁判官、弁護人の誰も六法全書で条文を確認していなかったことになるからだ。

 まずは、公判部の検察官がパソコンのワープロソフトで論告を作成する際、求刑の記載を間違えた上で、法廷でそのまま読み上げてしまったことが原因だ。

 その背景だが、例えば、わいせつDVDの所持罪と頒布罪で起訴されていた別の事件の論告をコピーした上で貼り付けて作成した結果、求刑がその事件における懲役2年6ヶ月のままになっており、修正し忘れたといったことが考えられる。

 公判部の検察官の手もとには、供述調書や捜査報告書といった証拠書類とは別に、刑事部から引き継がれた「検察票」と呼ばれる書類一式がある。起訴状のコピーや捜査を担当した刑事部の検察官による決裁資料のほか、決裁官の決裁印が押された求刑欄のある書類などがつづられているものだ。そこには、具体的な求刑も記されている。

 公判部の検察官は、論告を作成したり、法廷で読み上げる前に、この求刑欄をきちんと確認していなかったということになる。そればかりか、裁判官までもがその求刑を鵜呑みにし、判決に先立って条文を確認していなかったというわけだ。

 この件の一報に接した際、まさかそうした初歩的なミスがあるとは思えず、「罪数論」と呼ばれる専門性の高い領域に関する判断の間違いではないかとも考えた。

 本来は販売目的の所持1罪だが、複数のわいせつDVDを所持していたということでその数だけ所持罪が成立すると誤解してしまうと、最高刑が法定刑である懲役2年の1.5倍、すなわち懲役3年まで加重でき、懲役2年6ヶ月の求刑も可能となるからだ。

 ところが、蓋を開けてみたら、ごくごく単純な凡ミスにほかならなかった。

何が問題に?

 このミスは、刑事司法の大原則である「罪刑法定主義」に反する由々しき事態にほかならない。

 しかも、求刑は検察官の意見にすぎず、法的な拘束力などないので、裁判官が唯々諾々とこれに従う必要はない。検察官も悪いが、裁判官にこそ最も重い責任がある。

 懲役刑は実刑事案だと検察官の求刑の7~8割程度、執行猶予事案だと求刑どおりといった判決を書く裁判官が多いのも事実だ。そうしておけば、自分で量刑資料などを調べる手間も省ける。

 令状審査でも「自動発券機」と揶揄(やゆ)されて問題視されているとおり、裁判所における検察追従の姿勢が改めて浮き彫りになったといえるのではないか。

 問題はそれにとどまらない。違法求刑に基づく違法判決だから、このまま確定させてはならず、検察官が是正のために控訴しなければならない。現に控訴に至っているが、それにより被告人を不当に裁判手続に縛り続けることになる。

 1月21日の初公判で即日結審し、判決が1週間後の28日だったことからすると、被告人は起訴された事実を全く争っておらず、明らかな執行猶予事案だったのではないか。

 検察官の控訴など、被告人にとって不利益極まりない。判決の確定や刑の執行開始が先送りになるからだ。

 執行猶予事案である以上、その分だけ猶予あけの時期が遅れるし、社会的に不安定な立場が続くことになる。たとえこれが実刑事案でも、服役の開始や社会復帰の時期が遅れてしまう。

 しかも、本来は検察にとって必要のない控訴手続であり、税金の浪費にほかならない。当然ながら、検察内では「過誤事案」ということで、関係者が処分を受けることになる。

よくある話なの?

 ただ、こうした違法判決は、レアではあるものの、たまに起こる。法曹とはいえ、機械ではなく人間だからだ。

 例えば、覚醒剤を所持した事件だと、必ず押収した覚醒剤の没収を言い渡さなければならないし、罰金刑を科す場合でも、支払えない場合を想定し、労役場留置という処分について触れなければならない。これらをうっかり忘れるといったことは現にある。

 実刑判決を受けた被告人が勾留されていると、判決の中でその日数の相当部分を刑期から差し引くことができるが、裁判官が計算を間違え、実際の日数以上に差し引いてしまったといったケースもある。

 そうした場合、法廷で判決言渡し手続が終わるまでの間に検察官が立ち上がり、ミスを指摘し、その場で正してもらう必要がある。もし間違ったまま裁判官が退廷してしまえば、控訴するしか是正の手段がなくなるからだ。

 今回は検察官の求刑にミスがあったことから、当然ながら裁判官による判決のミスにも気づかず、そのまま閉廷してしまったというわけだ。

弁護人の「だんまり」は?

 最後に弁護人の対応についてだが、執行猶予事案である以上、控訴により判決の確定などが先送りになるから、弁護人がミスに気づかず、あるいは気づいた上で「だんまり」を決め込むことは、被告人にとって不利益になる。

 たとえ実刑だったとしても、在宅のまま起訴され、勾留されていなければ、やはり弁護人が何も指摘しなかったことは被告人にとってデメリットになるだろう。

 もちろん、執行猶予が付いた上で法定刑のとおり懲役2年だったり、懲役1年6ヶ月程度の実刑だった場合でも、量刑が重すぎると考えれば被告人と相談の上で控訴できる。現に弁護側も控訴しているが、今回はそれらのケースとは前提が異なっている。

 ただ、もし勾留されており、実刑判決を受け、一審判決後もその勾留が続くという事案であれば、たとえミスに気づいたとしても、あえて法廷で指摘せずに黙っておき、裁判官が退廷するまで待ち、閉廷後に違法判決だと主張する「高等戦術」もあり得る。

 必ず検察官が控訴するし、高裁も一審判決を破棄することになるが、その場合、被告人の負担を考慮し、控訴審判決では控訴後の勾留日数分が全て刑期から差し引かれる決まりとなっているからだ。

 その分だけ、実際に刑務所で服役する期間が短くなるというわけだ。(了)