「なんで今さら」と驚愕したゴーン夫人に逮捕状 特捜部の狙いと今後の展開は?

(写真:ロイター/アフロ)

 東京地検特捜部は、カルロス・ゴーン氏の夫人であるキャロル・ナハス氏に対する逮捕状を取った。2019年4月に東京地裁で実施された証人尋問の際、虚偽の証言をしたとされる偽証の容疑だ。

意外な罪名

 ゴーン氏にとっての最大の弱みが夫人の存在だったことから、特捜部が夫人をターゲットにして何らかの動きを見せることまでは予想通りだったが、偽証罪という罪名は意外だった。

 本丸は密出国罪の共犯やゴーン氏を逃亡させた犯人隠避罪にほかならないからだ。現時点では、それらの容疑について夫人の関与を断定できるだけの証拠がないということだろう。

 しかも、「なんで今さら?」と驚愕するほど、後手に回った感が明らかだ。というのも、夫人に対する具体的な容疑は、証人尋問で関係を尋ねられた「オマーンルート」に関する重要人物について、実際には会ったり多数のメッセージのやりとりをするなど口裏合わせと見られる行動があったにもかかわらず、「その人物を知らない」「やり取りをしたかどうか記憶にない」と虚偽の証言をしたというものだ。

 もし特捜部が本気で夫人を立件するつもりだったのであれば、それこそゴーン氏に対する捜査の真っ只中だった証人尋問直後の2019年4月に即座に逮捕状を取り、逮捕しているはずだ。国外におり、来日など期待し難い現状で、特捜部が夫人をこの逮捕状で逮捕できるはずもない。

まずは「赤手配」へ

 では、特捜部の狙いはどこにあるのか。まずはゴーン氏と同じく、国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)を介し、194の加盟各国に逃亡者の探索などを要請する「国際手配」を行うことだ。しかも、身柄の確保を求める「赤手配」になるだろう。

 これにより、犯罪人引渡条約を締結しているアメリカや韓国に夫人が入国した場合、現地の当局によって身柄を拘束してもらい、日本に引き渡してもらうことが期待できる。夫人はアメリカやレバノンといった複数の国籍を有しているという話だが、この条約は自国民の引き渡しをも認めているから、アメリカとも折衝次第だ。

 夫人がこれ以外の国に入国した場合でも、外交交渉により身柄の引き渡しを求めることが可能だ。どれだけ日本のために本気になってくれるのかなど、さまざまな事情に左右されるとはいえ、逮捕状がなければ交渉の土俵にすら上がれない。

 もちろん、レバノン政府が自国民である夫人の身柄を日本に引き渡すことなど考えられない。ゴーン氏も同様だ。それでも、彼らをレバノン以外の国に行き来させるよりは、レバノン国内に足止めさせたほうが何かとやりやすい。トルコやアメリカなど諸外国の協力を得たうえで、「レバノン悪し」という流れを作り、包囲網を縮めることができるからだ。

正当化のアピール

 特捜部の狙いはこれだけでないだろう。ゴーン氏側が記者会見で日本の刑事司法におけるさまざまな問題点を指摘し、国外逃亡は正当だったと主張することが予想されるからだ。特に夫人との面会を禁止していた点についてだ。

 わが国は政府を挙げてその正当性を主張しているが、夫人が事件の鍵を握る重要人物との間で口裏合わせと見られるやり取りをしており、しかもその点に関して法廷で偽証したということであれば、その正当性に厚みを増すし、アピール材料にもなる。

 しかも、ゴーン夫婦は他国でも司法妨害に当たるような重罪の容疑がかけられている人物だということになれば、これを庇おうというレバノンへの圧力にもつながる。

 現に特捜部は、今回の逮捕状取得に際し、異例の記者会見まで行っている。

逆効果では

 もちろん、こうした乱暴なやり方が正しいとは言わない。まさしく「人質司法」を地で行く野蛮な国だということで、内外から厳しい批判にさらされることが予想される。

 それでも、特捜部は大きく舵を切った。もともとゴーン氏をめぐる一連の疑惑は、一大グローバル企業に関する話だけに大騒ぎこそされたものの、特捜部が取り扱う事件の中では政治家案件と比べて一段落ちる単なる内輪もめの経済事件にすぎなかった。

 しかし、国家レベルの背後関係までうかがわれる今回の逃亡劇により、日本の国家主権がないがしろにされたということで、むしろ外事・公安事件の様相を呈してきている。現にゴーン氏や関係者に対する捜査は、検察単独ではなく、警察と共同で実施されている状況だ。

 すでにトルコ当局は、ゴーン氏の逃亡劇に関与したとされる複数の関係者を逮捕している。間違いなく日本の内外に相当数の協力者がおり、ゴーン氏と彼らとの間で事前に綿密な計画が立てられていたはずだ。

 トルコ当局による捜査で判明した事実や証拠は、捜査共助によって特捜部にも提供されるだろう。今後、国内で逃亡劇に関与した関係者の逮捕を含め、わが国の捜査が大きく進展することも考えられる。背に腹はかえられないということで、警察や検察がもっと荒っぽい手に出るかもしれない。

 一方、今回の逃亡劇を受けても、グレッグ・ケリー氏や日産自動車に対する裁判そのものは粛々と進められることだろう。そうなると、もはや情報戦だ。検察は、単にゴーン氏が有罪避けがたしと確信したからこそ、実刑を免れるために逃亡に走ったにすぎないという事実を示そうとするはずだ。

 例えば、ゴーン氏にマイナスとなるメールなどの証拠、特に逃亡を画策するようになった時期に弁護団に開示された重要証拠の具体的内容を日産などに対する裁判の中で数多く明らかにしようとするのではなかろうか。(了)

(参考)

 拙稿「ゴーン夫人に対して行われる公判期日前の証人尋問って、どんなもの?

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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