ゴーン夫人に対して行われる公判期日前の証人尋問って、どんなもの?

(写真:つのだよしお/アフロ)

 4月11日、東京地裁でカルロス・ゴーン氏の夫人に対する証人尋問が実施されるという。まだ再逮捕事件について捜査中で、公判はおろか追起訴すらも行われていない段階であり、特別な手続だ。

 すなわち、検察官が捜査のために目撃者や関係者など誰かから「参考人」として事情を聞きたいと考えた場合、まずは検察庁での取調べを検討し、出頭を求めるし、出頭後は供述を求める。

 しかし、出頭や供述を拒否されたらどうするか。もちろん、粘り強く説得するが、犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者に断固拒否されると、捜査が前に進まなくなる。

 そこで、刑事訴訟法は、そうした場合、たとえ公判前の段階であっても、検察官が裁判官に対してその者の証人尋問を請求できるとしている。採用されれば、法廷で証人尋問が実施される。

 特捜部では、2007年に朝鮮総連中央本部の土地建物をめぐる詐欺事件で元公安調査庁長官らを逮捕した際にも、出頭を拒否した関係者を拘束し、公判前の証人尋問を実施した前例がある。検察でも、機会があれば積極的に活用すべきだと言われてきた。

【偽証罪の制裁も】

 証人尋問と聞くと、裁判官や検察官、弁護人、被告人が居並び、傍聴席に傍聴人がいる公開の法廷で行われるものをイメージするかもしれない。しかし、今回は「第1回公判期日前の証人尋問」と呼ばれる手続だ。公判期日前なので、非公開で行われ、傍聴できない。

 また、再逮捕事件の捜査中であり、罪証隠滅の危険性などを考慮すると証拠の具体的な中身をオープンにすることなどできない段階だ。裁判官が捜査に支障を生ずるおそれがあると認めれば、ゴーン氏やその弁護人を夫人の証人尋問に立ち会わせず、反対尋問の機会を与えないこともできる。

 それでも、証人尋問であることは変わりがない。検察官による通常の取調べと違い、正当な理由がないのに裁判所に出頭しなければ、たとえ参考人であっても、身柄を拘束して強制的に出頭させることができる。

 また、宣誓を要し、真実の証言が義務付けられる。記憶に反する虚偽証言をしたら、偽証罪に問われる。裁判官に対する証言を記録した証人尋問調書の証拠能力も、検察官が取調べの中で作成する供述調書よりも高い。

【証言拒絶権と刑事免責】

 具体的な証人尋問の流れだが、請求時に検察側が尋問を要する事項を書面に記載し、裁判所に提出しているので、まずは裁判官からいくつか簡単な質問が行われる。

 しかし、捜査を行っている当事者ではないし、ポイントを把握しきれていないので、大部分は検察官が尋問を引き取り、詳細に尋ねる。もし弁護人の出席が認められていれば、弁護人からも尋問を行う。

 ただし、夫人は、その証言で本人やゴーン氏が起訴されたり有罪判決を受けるおそれがあれば、証言を拒むことができる。「証言拒絶権」と呼ばれるものだ。「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という憲法38条の趣旨に基づく。

 それでも、もし夫人本人だけの問題であれば、検察側が刑事免責制度を使って対抗することが考えられる。夫人に対する関係ではその証言を証拠として使わないといった交換条件をつけ、証言を強制するわけだ。なおも証言を拒絶すれば、証言拒絶罪で処罰される。真実をありのままに証言すれば何ら問題がなく、これにより真相解明を図るのが狙いだ。

 しかし、夫人が夫に対する刑事訴追のおそれなどを理由として証言拒絶権を使うことになれば、この刑事免責は使えない。あくまで本人に対する関係で免責できるにとどまり、夫人の証言をゴーン氏の証拠として使わないといったことはできない制度だからだ。

【早期実現の背景】

 4月4日の再逮捕後、夫人は5日に出国した。夫人やゴーン氏の弁護団からすると、逃げたわけではないと言いたいところだろう。しかし、間違いなく特捜部は逃げたと見るし、いずれゴーン氏も逃げるのではと考える。そこで、いつわが国に戻ってくるかが注目されていた。

 ゴーン氏の勾留期限は4月14日であり、特捜部はさらに10日間の延長を請求するはずだ。ゴーン氏の弁護団としては、まずは裁判所による勾留決定を覆したいところだし、勾留延長をも阻止しなければならない。また、追起訴で捜査終結となると、再び保釈を請求することになるわけで、許可を得たいところだ。

 しかし、夫人が海外にいて証人尋問に応じなければ、いずれもゴーン氏に対してマイナスに働くだろう。ゴーン氏の弁護団としては、できるだけ早く、とりわけ4月14日の前に裁判所に出頭させ、証人尋問に応じさせる必要があった。

 10日に再来日したという夫人は、法廷で何を語るのか。証言拒絶権を行使することも考えられるが、これもまたゴーン氏にマイナスに働くことだろう。一方、資金の流れや認識、出国後の行動などに関して具体的な証言をし、特捜部の捜査で虚偽だとされると、それはそれでリスキーだし、特捜部がゴーン氏を追い込む材料にもなり得る。

 特捜部は、夫人の会社のみならず息子の会社にも資金が流れたと見て、息子の取調べに関する捜査共助を米国当局に要請し、検事も派遣したという。夫人に対する証人尋問と合わせ、捜査は重要な局面を迎えている。(了)

【参考】

拙稿「刑事免責を初適用 司法取引との違いは

拙稿「佐川氏に「刑事訴追を受けるおそれ」がなくなったから再喚問で証言義務あり? 本当か

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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