「ほぼ事実」に衝撃　振り込め詐欺と国際犯罪を暴く『声／姿なき犯罪者』キム・ヒウォンインタビュー

ライター・翻訳家

2022/10/23(日) 15:00

恐怖映画よりも、リアルに身に迫る恐怖を描くサスペンス。映画『声／姿なき犯罪者』は、日常に潜む振り込め詐欺とその背後にある国際犯罪を大きなスケールで描く作品だ。

本作のひとつの鍵を握る人物が、犯罪組織と対峙する捜査隊のチーム長、ギュホだ。演じるのは、キム・ヒウォン。映画『アジョシ』（2010）の麻薬売買の元締めや、ドラマ『ミセン-未生-』（2014）の意地悪な上司役など、光る悪役でおなじみの俳優だ。

役者生活は30年以上という長いキャリアにおいて、日本でのインタビューは本作が初めてというキム・ヒウォンに聞いた、役者としての信念や知られざる過去。素顔に迫るやりとりを、まるごとお届けしよう。

――キム・ヒウォンさんは、シーンスティラー（主演ではないけれど個性で作品を圧倒する人）として知られています。キム・ヒウォンさんが出演すると作品に深みが出る。名前を見ると、期待するファンもいる。今日は知られざる素顔に迫ってみたいと思います。

はい。ちょっと緊張しますが……正直にお答えします（笑）。

――いま少しお話ししただけでも、映画とは異なる優しい感じの方で、驚いています。

映画のキャラクターそのままだったら、大変です（笑）。

――では、さっそく映画のお話を始めたいと思います。『声／姿なき犯罪者』はすごく怖かった。モンスターやゾンビが出る映画よりも、むしろリアルで怖かったです。

おっしゃる通りです。なぜなら、こうしてインタビューを受けている間にも、一本の電話から犯罪が始まる可能性があるからです。ゾンビやモンスターは、特別なシチュエーションのなかで発生する恐怖ですが、本作で描かれているのは、食事をしているような状況でも起きる犯罪。日常に存在する、振り込め詐欺は、むしろすごく怖いと思います。

――たくさん作品のオファーが来るなか、『声／姿なき犯罪者』に出演を決めた一番大きな理由を教えてください。

作品を選ぶときにチェックする、自分なりの基準があります。ひとつめは、心が動くかどうか。シナリオを読んで笑ったり、怒りを感じたりするか。それが一番重要です。次は、完成度の高い作品になる要素が含まれているか。『声／姿なき犯罪者』はあらゆる面を鑑みても「ああ、これはすべての人の記憶に残る作品になるはずだ」と感じたのです。シナリオを読んで、強い怒りを感じ、心が動いた。だから、出演を決めました。

――具体的に、本作のどんな点に怒りを感じたのでしょうか。

被害者たちが加害者ではなく自分を責めるという点です。一般的に、被害者は加害者を責めるものですが、本作では、被害者が自責の念を抱きます。その理不尽さに怒りを感じました。

――その怒りは、キム・ヒウォンさんの実体験から生まれたものでしょうか。

振り込め詐欺の被害に遭ったたことはありませんが、だまされそうになったことはあります。警察庁を名乗る電話を受けたんです。警察庁のホームページを調べたり、電話を折り返したりしてやっと、お金をだまし取る詐欺だと気づいたのですが、最初は本物の警察庁かと思いましたね。もし被害に遭ったら、自分を恥ずかしく思い、自責の念に駆られたと思います。

本作では、自分が刑事だったら振り込め詐欺犯罪をどんなふうに捜査するかなど悩み、役づくりに集中しました。最初にシナリオを読んだ時から、どんなふうにすれば振り込め詐欺をなくすことができるか考えました。

――日常に存在するタイプの犯罪を追うイ・ギュホ刑事をリアルに演じるうえで、準備したこと、心がけたこととは。

監督にお会いして、最初にこう尋ねました。「これは事実ですか」と。振り込め詐欺の電話の裏に大きな組織集団が存在するというストーリーは、映画のために大げさに描いたものではないかと思ったからです。監督は「ほぼ事実です」と答えました。すごく衝撃を受けました。　

もちろん、振り込め詐欺を取り締まる本物の刑事たちにもお会いして話も伺いました。それは、どの作品でも毎回役作りのためにやっていることです。

演じる際に心がけているのは、「人間に迫り、人間的に表現すること」。刑事も犯罪者も同じ人間です。犯罪者を人間的に演じれば、より怖い人物になる。刑事役も人間的に演じれば、観る人が「自分のすぐそばにいる人が問題を解決してくれる」と信頼するのです。

大事なのは、人間らしく演じること。そして、演じる職業の人へのインタビューを通してディテールを加えています。

――『声／姿なき犯罪者』は韓国で公開初週の興行成績でマーベル作品『シャン・チー／テン・リングスの伝説』を抜いて1位になるなど、好評を博しました。

映画を観た方たちは、みな同じことを言いました。韓国の人はほとんどすべて振り込め詐欺の電話を受けたことがあるため、「『もしかしたら、自分も本作の登場人物と同じような被害に遭っていたかもしれない』と、切実な思いがこみ上げた」と。作品にも描かれているような国際的な組織が背後にあるケースも、しばしばニュースで報じられています。「身近なところに犯罪が存在していることに気づき、注意深く行動しようと思った」という声を多く聞きました。

――ピョン・ヨハンさんと共演して気づいた、彼の俳優としての魅力とは。

ピョン・ヨハンさんは、エネルギーに満ちています。疲れを見せず夢中で演じ、一緒に仕事をする人たちにもパワーを与えてくれます。自分のことを言うのはちょっと気が引けますが、あえて語ると、わたしはコミュニケーションをたくさん取るタイプです。いつも演じる時に念頭においているのは「自分は間違っている可能性がある」ということ。他の人の言葉に耳を傾け、「自分よりもあの人が言っていることのほうが正しいかもしれない」と考えるようにしています。ピョン・ヨハンさんともコミュニケーションを取り、エネルギーを交わしながら、よい作品に仕上げることができました。

映画『茲山魚譜チャサンオボ』やドラマ『六龍が飛ぶ』などで唯一無二の演技力を見せるピョン・ヨハン。本作では振り込め詐欺の本拠地に潜入する元刑事ソジュンに扮する

――キム・ヒウォンさんの俳優としての原点についてお伺いしたいと思います。キャリアが30年以上。韓国で過去に行われたインタビューでは、俳優になった理由として、「それまで演劇を観たこともなかったが、高卒でもできる仕事が俳優だったから」と語っています。

高校卒業後は、会社に就職しようと考えていたんです。でも、新聞の求人広告は、「専門大学卒以上」「四年制大学卒以上」というものばかり。でも、演劇俳優の募集には学歴の記載がなかった。だから、応募したんです。「演劇は芸術だから」ではなく、お金を稼ぐために俳優という職業に就いたのです。

かつては、…いまもそうですが、演劇はそれほどお金がもらえる仕事ではありません。それにもかかわらず、わたしがなぜ俳優を30年以上続けてきたのか。自分でもよくわかりません。見えざる力に導かれてここまで来たような気もします。

俳優は、誰かがキャスティングしてくれてこそ仕事ができるのです。俳優という仕事を続けることができた背景には、たくさんの人の存在があり、すごくありがたく思っています。

――韓国でのインタビューで、人生を変えた作品として『アジョシ』を挙げています。シナリオを見た瞬間、「俳優人生を変えてくれる作品だ」と確信すると同時に、「詐欺ではないか」と疑ったというエピソードが興味深かったです。確信した理由、詐欺ではないかと疑った理由とは。

『アジョシ』のシナリオを見た瞬間、人生を変えると思った理由はふたつあります。まず、なんといっても内容がおもしろかった。もうひとつは、ビッグスターのウォンビンさんが主人公だったからです。ビッグスターのウォンビンさんと肩を並べる2番目に重要な役とは…信じられませんでした（笑）。当時、そんなに大きな役のオファーが来るなんて、ありえないと思っていたんです。途中で役を降ろされるのではないかと、ハラハラしましたね（笑）

――悪役を演じることが多いですが、「悪」を演じるおもしろさとは？

悪役を演じる時は、「悪」を意識しません。演技の楽しさ、おもしろさを念頭において演じます。演技というのは、いつも新しいもの。キャラクターがある状況に置かれたときに、どのように反応するのか。それは毎回異なります。こうした新しい人物や反応を演じることは、わたしの単調な日々に刺激を与えてくれるのです。それが演技の魅力だと思います。

――最新作の映画『ジャンルだけロマンス』は平凡ではないロマンスでつながった人々を描くラブコメディで、これまでの作品とは異なる印象です。新しいジャンルにあえて挑戦してみたいと思った理由とは。

『ジャンルだけロマンス』には恋愛要素があります。恋愛を演じてみたかったんです（笑）。韓国では最近は残忍で暴力性が強い作品が多いので『ジャンルだけロマンス』のような映画が必要だと思い選びました。

――ご自身の中で、「仕事をするうえでこれだけは必ず守りたい」という信条のようなものはありますか。

みっつあります。ひとつは、「演技は価値観だ」ということ。人生では、さまざまな選択をしますよね。生きるうえでの価値観が、演技ににじみ出るのだと思います。「いつも人間的であるべきだ、良心に背いてはいけない。それでこそ良い演技ができる」。そう信じているんです。ふたつめは、「喜怒哀楽に正直であるべきだ」ということ。もうひとつは、「観る人に楽しみを与えたい」。たとえ自分が泣くシーンであっても、観客には共感し、楽しんでもらいたいと思っています。

――今後やってみたい作品とは。

作品は、わたしが選ぶものではない。俳優はオファーを受けて出演するのです。もし、機会をいただけるとすれば、ホームレスや自分だけの世界に価値をもつ人が希望を抱いて生きる姿を演じてみたいですね。最近は、自分が幸せだと思っている人も多いように思います。でも、本当に幸せなのか。そう問いかけてみたいです。