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なぜイ・ジョンソク×チャウヌは名優なのか 映画『デシベル』監督が単独インタビューで明かした撮影秘話

桑畑優香ライター・翻訳家

韓国・釜山のスタジアムやウォーターパークに仕掛けられた〝騒音反応型爆弾〟。連続爆弾テロ事件の背景にあったのは、海軍で起きた悲しい事件だった――。

爆弾魔と元海軍副長の攻防を描く韓国映画『デシベル』。圧倒的なスケールのパニックアクションである本作を 極上の人間ドラマに仕上げたのは、ドラマ「ビッグマウス」「ピノキオ」などさまざまなジャンルを縦横無尽に活躍する実力派のイ・ジョンソク、K-POPボーイズグループASTROのメンバーで圧倒的なビジュアルでも人気のチャウヌ、そして映画『江南ブルース』などで知られるベテランのキム・レウォンという、ゴージャスな布陣だ。

本記事では、ファン・イノ監督に単独インタビュー。作品について、そして撮影に挑むなかで目撃した難役をこなす俳優たちの素顔について語ってもらった。

――ある一定のデシベルを超えると爆発までの時間が半減して爆発するという、類を見ない時限爆弾をベースにした作品です。着想を得たきっかけを教えてください。

当初、制作会社は爆弾テロをテーマにした作品を想定していたのですが、わたしはたんなる時限爆弾ではなくて制御不能な爆弾をベースにした作品を作ってみたいと考えました。そんななか、「音に反応する爆弾」というアイデアが出ました。音の大きさをコントロールできない場所、たとえばプールや子どもの遊び場、サッカー場に設置されていたら、その爆弾を防ぐことができない。

そして「なぜ悪役は、制御不能な条件で主人公を追いこんで苦しめるのか」という視点から、悪役と主人公のストーリーを組み立てていきました。悪役の目的は主人公に害を与えることや無実の人々を傷つけることではなく、主人公をおもちゃのように操ること。そんな極限状態に置かれた人物の奮闘を描いてみたいと思いました。

――悪役であるテロリストを演じたのは、イ・ジョンソクさんです。俳優 として、どんな点に惹かれてキャスティングしたのでしょうか。

テロリスト役には、純粋さと冷酷な狂気という二面性を表現できる人が必要でした。善良で優れた人物が、ある事件によって1年後には最悪のテロリストになってしまう物語ですが、変貌する過程は劇中には描かれません。そのため、前半と後半で人物の変化をはっきり見せられる俳優が求められます。

イ・ジョンソクさんをキャスティングした決め手は、初めて会ったときに、肌がとても白くて、まるで白紙のキャンバスのような印象を受けたからです。ピュアな雰囲気が、この複雑なキャラクターにぴったりだと思いました。

――善良な人物からテロリストへ変化する役に説得力を持たせるために、イ・ジョンソクさんとどのような話をしましたか。

シナリオには書かれていない1年間にテロリストに何があったのか。空白を想像するために作成したのが、わたしがジャーナリストの立場で逮捕されたテロリストに問いかける、架空のインタビューをまとめた文章です。「なぜ主人公カン・ドヨンを執拗に苦しめたのか」「なぜ爆弾をウォーターパークや公園に仕掛けたのか」。テロリストの答えを約10ページにわたって記し、イ・ジョンソクさんに見せました。テロリストの気持ちを理解し、演技を組み立てていきました。

――架空のインタビューで役作りをするという手法は、初めて聞きました。

そうですね、わたしにとっても特別なアプローチです。テロリストが特殊で難しい役なので、キャラクターにたいする理解を共有し納得してもらうためにやってみたところ、大成功でした(笑)。

――本作が韓国で公開した時のインタビューで、イ・ジョンソクさんが「アクションが苦手」と明かしていたのが意外でした。

謙遜されているのだと思います。撮影現場ではすごく一生懸命で、アクションもうまくこなしていました。運動神経も良いし、身体のキレもいいんです。

――イ・ジョンソクさんは、韓国でもトップクラスの俳優さんで、『デシベル』のように重厚かつ繊細な役からラブコメディまで幅広い役を演じています。撮影現場で監督が見た、イ・ジョンソクさんの俳優としての特別な魅力とは

たとえば、俳優のなかにはリハーサルと本番でだいたい似た演技をする人が多い。でも、彼はカメラが回るまで本領を隠していて、どんな演技をするかわかりません。この役だからなおさらそうだったのかもしれませんが、エネルギーをぎゅっとため込んで、本番の撮影と同時に爆発させるんです。

だから、彼が登場するシーンを撮影する時は、わたしも緊張しました。どんな演技を見せてくれるか期待しているので。直感で演じるというよりも完全に計算し、完璧に準備して現場に臨むことで、強烈なエネルギーを発するんです。本当に驚きました。

――撮影現場では、穏やかな方なのでしょうか。

そうですね。あまり口数は多いほうではなく、穏やかです。オーラがあって、カッコいい俳優です。

――海軍の下士官チョン・テリョン役のチャウヌさんは、本作が初の映画出演。これまで主演したドラマ「女神降臨」のようなラブコメディとは異なる雰囲気を見せています。

チャウヌさんは潜水艦の中だけで展開されるシーンが多く、とても難しい役でした。恐怖を感じながらも表には出さないシーン、先輩兵士の前で感情を吐露するシーン…。中でもわたしが一番気に入っているのは、敬礼をして去る時に、「我々が崩れれば、残った者たちがもっと苦労する」という強烈なセリフを放つシーンです。そのセリフがとても上手で、わたしの想像を超える深さを作品に与えてくれました。

チャウヌさんが現場入りしたのは、少し撮影が進んだタイミングでした。最初はちょっと緊張していたようですが、イ・ジョンソクさんやキム・レウォンさんが「ヒョン(兄さん)って呼んで」と話しかけたり冗談を言ったりして、すぐに溶けこんでいました。感情的な演技をするシーンの前にチャウヌさんが現場の隅でひとりでいると、イ・ジョンソクさんが歩み寄って肩をたたき、励ましていました。本当の兄弟のようでしたね。

――監督が現場で見たチャウヌさんの素顔とは。

本当に素晴らしい俳優です。トップクラスのアイドルは、ちょっと近づきがたい感じがするものですが、チャウヌさんは親しみやすい。だからイ・ジョンソクさんやキム・レウォンさんも励ましたりアドバイスしたりしたのでしょう。謙虚で人間味があって魅力的です。

―――チャウヌさんは、圧倒的なビジュアルで「顔の天才」とも呼ばれています。ところが監督は、韓国メディアのインタビューでチャウヌさんについて「個人的に、顔のせいですごく損をする俳優だと思う」と話していたのが気になりました。

この世のものとは思えないぐらい美しいので……(笑)、映画業界にいるわたしの立場からすると、与えられる役が限られてしまうように思えるのです。実際、ラブコメディでカッコイイ役を多く演じてきました。

その点で、むしろ損をしているとわたしは考えています。演技にたいする情熱や、「もっと荒々しいキャラクターも演じたい」という気持ちを内に秘めていると感じたし、感情表現の幅も広い。隣で見守りながら、ハンサムなルックスを超えた深さを感じました。もし、わたしが再びタッグを組む機会があれば、強烈な悪役や、たとえば日本の漫画「闇金ウシジマくん」のダークヒーローのように、個性が際立つキャラクターを任せてみたいですね。

――魅力的な俳優が一堂に会すなか、現場でリーダー役だったのが元海軍副長カン・ドヨンを演じたキム・レウォンさんだったそうですね。最初にキャスティングを決めたひとりがキム・レウォンさんということからも、監督の信頼が伝わってきます。

とても頼りになる俳優です。映画やドラマでの経験はわたしよりも、ずっと豊富。若い時からトップを走り続けている彼は、撮影の時も大きな役割を果たしました。エキストラもたくさん登場する現場では混乱が生じるおそれがあるのですが、リーダーシップを発揮してうまくまとめてくれました。

わたしは、カン・ドヨンというキャラクターを通じて、白い制服が似合う英雄がだんだん崩れ落ちていく姿を描きたかった。深く繊細な演技をするキム・レウォンさんが適役だと思ったんです。実際、とてもうまく演じてくれました。

演技にたいするこだわりが強く、60回以上も撮影するうちに、どんどんキャラクターに没入していく。彼自身も、役に深く入り込んでいるので「撮影中はしんどい」とよく話していました。

アクションシーンも「スタントや代役の力を借りずに演じたい」と自ら提案してきました。危険な場合はストップをかけるのですが、危険が生じないぎりぎりの範囲でその意向を尊重しました。とてもうまくこなしてくれて、感謝しています。

――監督自身も、爆破シーンでは実際に爆弾を使って撮影したと伺いました。CGも多く使われる時代に、真剣勝負といえる撮影に挑んだ理由を教えてください。

リアルであるべきだと思ったんです。ホテルで爆破が起きるシーンでは、スタントマンたちが体全体で爆風を受けて倒れたりもしました。もちろん安全には最大限配慮しつつですが、 すべてのシーンで実際に爆発させ、CGは編集で修正を加えるときに少し活用する程度にとどめました。それがこの映画の方向性に合っていると考えたのです。

――ラストがとても衝撃的でした。そこには、人生の重さを示唆するメッセージが含まれているように思えます。監督が本作で最も伝えたかったこととは。

『デシベル』は、あるジレンマに陥ったひとりの男の物語です。ジレンマとは、いかなる方向に進んでも困難が生じる状況に直面すること。そんななか、決断を下し、決断に対する責任を負わねばならない。わたしは、難しい決断をしたひとりの男を描きたかった。自分の妻と娘を命をかけて救ったにもかかわらず、入院している家族の病室に入らず立ち去るシーンがあります。その場面を、人生の重さを背負って生きざるを得ない、堕ちた英雄の象徴として描きました。そこにわたしが伝えたかったことが凝縮されています。

映画『デシベル』

https://klockworx-asia.com/decibel/

新宿バルト9ほか全国公開中

配給:クロックワークス

写真クレジット: (c) 2022 BY4M STUDIO, EASTDREAM SYNOPEX CO., LTD, MINDMARK Inc. ALL RIGHTS RESERVED.2

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります】

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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