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祝『イカゲーム』エミー賞受賞! 監督が前作『天命の城』で明かしていた「どん底にある人を描く理由」

桑畑優香ライター・翻訳家
エミー賞授賞式に登壇したファン・ドンヒョク監督(写真:ロイター/アフロ)

韓国ドラマの歴史を変えた監督、ファン・ドンヒョク――。

アメリカの放送界で最高権威とされるエミー賞で、韓国ドラマ『イカゲーム』が6冠に輝いた。外国語作品として、初の快挙だ。監督賞を受賞したファン・ドンヒョクは、もともと映画出身。福祉施設での児童への性的虐待の実話に切り込む『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)や青春を取りもどす70歳の女性を描く『怪しい彼女』(2014)など、バラエティに富むジャンルで大ヒットを飛ばしてきた。

そんなファン・ドンヒョク監督の作品には、一貫したテーマが見える。それは、どん底にある人物や、ぎりぎりの状況を生きる人を描いていること。メインキャラクターのみならず複数の人物にスポットライトを当てるのも、監督ならではの手法だ。

『イカゲーム』の前作『天命の城』(2017)も、またしかり。舞台は1636年、朝鮮史上もっとも熾烈な戦いといわれる、丙子の役。清の軍勢12万人にたいし、わずか1万人あまりの朝鮮。交渉か、死を覚悟して戦に挑むのか。ファン・ドンヒョク監督が単独インタビューで語った、二分した臣下と王の決断をモチーフに伝えたかったこととは。

イ・ビョンホン扮するチェ・ミョンギル。清との対話で和平を試みる。
イ・ビョンホン扮するチェ・ミョンギル。清との対話で和平を試みる。

「悪習を断つ」という言葉に重ねたメッセージ

――コミカルなタッチの『怪しい彼女』とは一転して、『天命の城』という時代劇を撮ろうと思った理由を教えてください。

私は一つの作品を終えると、そのジャンルに対する好奇心が消えてしまうのです。繰り返したいと思わない。これまでやらなかったことに興味が湧いてくるんですね。これからも、ずっとそういうスタイルなんだと思います。全部やったら一周して、また『怪しい彼女』に戻ってくるかもしれません(笑)

――ジャンルが異なれどテーマに共通点があるような気がします。本作は制作サイドから提案を受けたそうですが、やってみようと思った理由は?

作品には“人間”が見えなければならないと考えています。“真実を伝えるキャラクター”という意味です。どん底にあっても人間としての美しさを忘れないキャラクターがいる作品をやってみたいと思いますし、私自身、そんな人物像を生み出そうとしているんです。『トガニ』も『怪しい彼女』も、そして時代劇である『天命の城』も、ヒューマニティを描いている作品です。

――『天命の城』には吏曹大臣チェ・ミョンギル(イ・ビョンホン)、礼曹大臣キム・サンホン(キム・ユンソク)、そして仁祖(パク・ヘイル)と、中心人物が3人いますが、監督が最もフォーカスしたのは誰でしょうか。

実は一人だけには焦点を当てられない作品です。それぞれの人を丁寧に描いてこそ完璧な絵が出来上がると考え、一人一人のキャラクターが主人公になるシーンを作りました。チェ・ミョンギルやキム・サンホンはもちろん仁祖がメインになる場面もあるし、他の登場人物が主人公になる時もあります。

――約10年前に書かれた原作小説を今映画化した理由とは?

監督のオファーを受けたのが最近だったので(笑)。実は映画の製作を担当したのは、原作小説を書いた作家の娘さんなんです。長い間映画にすることを願っていて、何人もの監督が試みたと聞いています。最終的に私がオファーを受けたのは、2015年でした。その後韓国社会が変化し、政治や外交が原作に近い状態に変わっていったんです。まるで今の時代に合わせて映画を作ったようだという人もいますが、私も驚いています。

――社会が変わる中、実際の状況に合わせて脚色を加えていった個所もありますか。

付け加えたセリフがいくつかあります。サンホンとミョンギルが最後に会う場面は、原作小説にはありません。そのシーンには、朴槿恵政権が末期に向かっていた韓国について、私が感じたことが表現されています。「百姓が生きていく道は何か」という問答があるのですが、答えとなるセリフに「悪習を断ち、新たな出発をすべきだ」という私が伝えたいメッセージを込めました。韓国社会が映画に出てくる南漢山城のようにならないように、という思いを込めて。

――観客の反応はいかがでしたか?

「厳しい社会状況の中、深く考えされる映画だ」「今の時代に合った映画を作ってくれてありがとうございます」という人もいました。

――南北関係や日韓関係にも重なるような気がしました。

そうですね。北朝鮮の状況をほうふつさせるかもしれません。また、映画に描かれる朝鮮と清の関係がTHAADミサイル問題に揺れる韓国と中国にも似ているという声も多くありました。北朝鮮の核問題を想起させるという見方をする人もいましたね。

キム・ユンソクが演じるキム・サンホン。死を覚悟して清と戦うべきだと主張する。
キム・ユンソクが演じるキム・サンホン。死を覚悟して清と戦うべきだと主張する。

――イ・ビョンホン、キム・ユンソク、パク・ヘイルという名優たちがそろい踏みしています。パク・ヘイルさんから最初出演を断られたそうですね。

2回断られました。会って話しても「できない」と言われ、シナリオを書き直して説得しても、しばらく悩んだ末に「できません」と。でも私はパク・ヘイルさん以外にこの役ができる人はいないと感じ、すがりついてでも口説きたいと思っていました。パク・ヘイルはお酒が好きなんです。「一杯やろう。今日は映画の話はやめておこう」と。午後6時に会って、翌朝4時まで2人だけで10時間も飲みました。男とサシで飲んだのは初めてです(笑)。映画の話はせず、個人的な人生の話を分かち合いました。昔つらかった時期のこと、心の傷……。共感や信頼が生まれたような気がします。その数日後に「やります」と連絡が来ました。

――なぜ2回も断ったのでしょうか。

仁祖は歴史的に悪い評価もあり、人物像が朴槿恵大統領の状況と重なってしまうのが気がかりだったのではないでしょうか。さらに、イ・ビョンホンとキム・ユンソクという個性の強い先輩俳優2人を相手に受け身の演技をしなければならない。ややもすれば自身の役者としてのキャリアに傷がつきかねない、難しい役なんです。みんなが避けたがるタイプの役ですよね。不安になるのもわかります。しかし私は、単に悪い王としてではなく、仁祖の人間としての根源、そして彼が変わらざるを得なかった過程を表現してほしかった。結果的に、パク・ヘイルは上手にカッコよく演じ切ってくれました。

――イ・ビョンホンさんとキム・ユンソクさんのキャスティングは最初から念頭に置いていたと伺っていますが、2人は出演オファーを快諾したのでしょうか。

いや、2人とも難色を示しました。難しいセリフがたくさん出てくるし、主人公は英雄ではない。派手な殺陣シーンもない。だから、尻込みしたのだと思います。会って話し、シナリオを修正したところ、すぐに「やります」という返事が返ってきました。正直、なぜ突然快諾したのかわかりません(笑)。同時に断ったと思ったら、同時にOKしてくれました(笑)

――2人とも韓国を代表する名優ですが、監督から見た魅力とは?

イ・ビョンホンさんは、賢く才能にあふれた方です。引き出す感性とそれをコントロールする理性まで、すごくバランスの取れた俳優ですね。彼が現場にいれば、何の心配する必要がありません。自分の姿を自在に変えることができる「水」のような存在。対してキム・ユンソクさんは「火」のような役者です。いつもエネルギーと情熱で満ちていて、予想を裏切る演技をします。本能的なタイプ。そんな2人がぶつかり合うのを見るのは、すごく面白かったですね。

美しいショットに込めた皮肉

――論争をする言葉で魅せるシーンは、映像的には抑えた表現でありながら、まるで演劇の舞台を見ているように力強い迫力がありました。

吐息を重要視しました。「監督は演技が良くても吐息が見えないとNGをだす」と俳優たちがジョークを飛ばしていたほどです(笑)。イ・ビョンホンさんのシーンで、白い吐息が見えなかったのでNGを出し、2か月後すごく寒い日を選んで撮り直したことがありました。目で見て寒さや苦しみが感じられてこそ言葉がより鋭くなると考えたからです。論争の場面は役者が集中できるようにカメラの台数を減らしてクローズアップで撮りました。一方、屋外のシーンは遠くからのロングショットを多用し、悲惨な状況とは対照的な美しい景色を、皮肉を込めて映し出しました。

――ファーストシーンとラストシーンでイ・ビョンホンさんの背中が映し出されます。背中に込めた思いとは?

後ろ姿は多くの想像をかきたてます。最初のシーンの後ろ姿は、まだ誰かわからない人が一人で立っているのを見せることで、観客に好奇心と緊張感を与えるためのものでした。最後のシーンは、もう誰の背中かみんな知っていますよね。彼が背負っている重荷、つまり王と崩壊した国をしょっていかねばならない重圧を表現したかったのです。彼が様々な出来事を経て最初と最後で変化した対比を、後ろ姿で描きました。

――監督がデビューして10年目の作品です。映画を作る情熱の原点はどこにあるのでしょうか。

実は、映画を一つ作ると、エネルギーを使い果たし、やりたくないと思うんです。でも、ある話に出会うと突然作りたくなる。『天命の城』もそうでした。いまは、やりたくないモードなのですが、また運命的な力を与えてくれる作品に出会うかもしれません。

――では、いまは出会いを待っているところですね?

待ってません(笑)。だから最近は演出オファーが来ても脚本を読まないんです。いい出会いがあったら、休めなくなるから。もう少し休みたいからね(笑)

『天命の城』撮影時のファン・ドンヒョク監督。左はイ・ビョンホン。
『天命の城』撮影時のファン・ドンヒョク監督。左はイ・ビョンホン。

『天命の城』

配給:ツイン

提供:ツイン、Hulu

写真クレジット: 2017 CJ E&M CORPORATION, SIREN PICTURES ALL RIGHTS RESERVED

(「韓流旋風」2018年7月号の記事に加筆修正しました)

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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