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「勝てば正義は怖い言葉」『キングメーカー』で金大中元大統領役に挑む名優ソル・ギョングインタビュー

桑畑優香ライター・翻訳家
「元大統領を完全に真似するのではなく実在の人物と自分の中間地点で演じた」と明かす

韓国に骨太なポリティカル・サスペンスがまたひとつ誕生した。

拉致事件やノーベル平和賞受賞で知られる金大中元大統領をモデルに、ひとりの政治家が国会議員に当選し野党の大統領候補にのぼりつめる裏側を描いた『キングメーカー 大統領を作った男』。主役のキム・ウンボムに扮するのは、一作ごとに異なる顔を見せ、「カメレオン俳優」と称される名優、ソル・ギョングだ。

「自分には無理だと思った」と自ら明かす難役に、なぜ挑んだのか。本作で韓国エンタメ界の権威あるアワード、百想芸術大賞・最優秀男性演技賞に輝いたソル・ギョングにインタビュー。淡々と紡ぐ言葉の中に、演じることへの揺るぎない信念が見えてきた。

「自分のペースを一貫して保つウンボムは難しい役だが、ソル・ギョングのエネルギー、演技力のおかげでキャラクタ―がより生き生きした」とピョン・ソンヒョン監督は評す。
「自分のペースを一貫して保つウンボムは難しい役だが、ソル・ギョングのエネルギー、演技力のおかげでキャラクタ―がより生き生きした」とピョン・ソンヒョン監督は評す。

――ウンボム役のオファーを、一度は断ったそうですね。

実は、『名もなき野良犬の輪舞』(2017)でビョン・ソンヒョン監督とご一緒した時に、すでに『キングメーカー』の脚本ももらっていたんです。「両方の作品に参加してほしい」と。まずは『名もなき野良犬の輪舞』からやることになり、撮影が終わりに近づいたころ、『キングメーカー』の脚本を読みました。「この役は僕には無理だ」と思いましたね。韓国の現代史に大きな影響を与えた実在の大統領をモデルにしているから、プレッシャーが大きいと感じたんです。キム・ウンボムのモデルとなった金大中大統領のことは、韓国人であれば誰でも知っている。どう演じたら良いのか、自分の中で答えを見つけられない。「ウンボム役はできません」と答えたところ、監督は、何が何でも私が演じなければならないと言って…。「すごく難しい役だけど、監督がそこまで言うのならやってみよう」と思いました。

――監督に対する信頼が大きかったのが決め手だったと。

その通りです。

――ウンボムという役を、どのように解釈しながら演じたのでしょうか。

政治家という肩書からは意外に感じるかもしれませんが、ウンボムは、大きな岩のようにどっしり動かずに周りに任せる人物です。そんな彼の受動的なリアクションをどう演じるか、すごく悩みました。

一方、ウンボムという人物の能動的な面をもっとも浮き彫りにするのが演説シーンでした。これがまた難しかったですね。普段とは異なり、自己を主張する彼の姿をどう表現するべきか。演説は大衆の心をつかまなければいけません。説得力をもって人の心を動かし、一票を投じたくなるような演説。それを上手く表現できないと作品が台無しになってしまうので、一番プレッシャーを感じました。

劇中に、議事妨害のためにわざと長い演説するエピソードが出てきます。金大中元大統領が行った実際の演説は5時間ですが、映画では数秒で見せ、音声もありません。つまり、別の言葉を演説風にしゃべって撮影することも可能というわけです。でも、人間の表情は話の内容によって変わりますよね。映画では一瞬のシーンだとしても、違う内容を話すと、表情が噓になる。だから、実際に金大中氏が行った5時間分の演説を、すべて暗記して撮影に臨みました。監督は「なんでそこまでするのか」と、びっくりしていましたね(笑)。

もうひとりの主役が、ウンボムの選挙戦略を練る天才参謀のソ・チャンデだ。モデルは金大中の選挙参謀だった実在の人物、厳昌録。独裁政権を打倒して世の中を変えたいという同じ思いを抱きながも、表に立つウンボムと裏で策を講じるチャンデは、いわば光と影の関係だ。影は光を愛するが、光が強くなれば影は濃くなるという逆説的なふたりの関係は、ある事件を機に壊れはじめる。

チャンデを演じるのは、米アカデミー賞で4部門を獲得した『パラサイト 半地下の家族』や「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」でおなじみの、イ・ソンギュン。実は、イ・ソンギュンのキャスティングを監督に提案したのは、ソル・ギョングだったという。

イ・ソンギュンさんにオファーを受けてもらったときは、うれしかったですね。彼は幅広い人たちに愛されている、バランス感覚に優れた方です。人物として安定していてこそ映画をひっぱっていけると信じているので、イ・ソンギュンさんが浮かびました。撮影中もずっと明るく快活なんです。

劇中にも彼の存在感は見事に表れています。現代に続く歴史を描くのは、たやすいことではありません。作品の背景は1960年~70年代。私は当時のことを覚えていますが、イ・ソンギュンさんにとっては生まれる前の出来事です。それにもかかわらず、イ・ソンギュンさんは時代背景を深く理解していました。プレッシャーも大きかったと思いますが、監督とも何度も話しながら粘り強く役作りをしていて、それが作品にもにじみ出ていると思います。

天才選挙参謀ソ・チャンデ役のイ・ソンギュン(右)。目的のためなら手段と方法を問わないチャンデは、ウンボムに「光が強くなれば、影もまた濃くなるもの。それでも私は先生に輝いてほしい」と語る
天才選挙参謀ソ・チャンデ役のイ・ソンギュン(右)。目的のためなら手段と方法を問わないチャンデは、ウンボムに「光が強くなれば、影もまた濃くなるもの。それでも私は先生に輝いてほしい」と語る

――ソル・ギョングさんもイ・ソンギュンさんにアドバイスをしたりしたのでしょうか。

私はもともと後輩にアドバイスするタイプではないんです。役に立つか害になるかわからないから。演技とは、その人自身が考えて作り上げていくべきだと考えているんです。

――この作品は政治におけるリーダーシップや人々の信頼を得ることについても問いかけています。俳優も信頼を得るのが大事な職業だと思いますが、ソル・ギョングさんが心がけていることは。

俳優が扮する役にたいして観客が期待するものがあり、それと違うものを演じると作品が台無しになってしまいます。信頼が崩れてしまうから。観る人を裏切らないように、演じる際は模索しながら自分の中にあるものを最大限引き出せるようにしています。

信頼は、演技のみならず日常生活でも、仕事でもとても大切だと思います。それがなくなるとすべてが失われてしまいます。

――信頼と言えば、冒頭でおっしゃっていたようにビョン・ソンヒョン監督とソル・ギョングさんの間には、強い絆が感じられます。『名もなき野良犬の輪舞』『キングメーカー』に続き、現在準備中の映画『キル・ボクスン(原題)』でも監督ともう一度タッグを組むことになりました。

監督は映画を作る過程がすごく果敢で面白いんです。毎回、前作のイメージから脱して、異なるイメージを生み出そうとする。成長させてくれるんです。私のことをよくわかっているので、信じています。『キングメーカー』は、撮影監督や美術監督も『名もなき野良犬の輪舞』と同じチームで、その人たちと一緒に仕事をするのもすごく楽しかったですね。私が監督を選ぶのではなく、選んでいただく立場なので、とても感謝しています。

――『キル・ボクスン』はNetflixで配信される予定です。韓国のコンテンツは世界で人気ですが、その理由は何だと思いますか。

私の作品にはそんなに人気があるものはないのですが(笑)、やはり『パラサイト 半地下の家族』と「イカゲーム」の成功が大きかったと思います。もちろん、韓国の映画すべてが高い評価を受けているわけではなく、傑作とはいえないものもあります。本当にいい作品を作るためには、試行錯誤しながら挑戦しなければなりません。長いスパンで良い作品を作れるように、現状に満足せず努力を続けることが大事だと感じています。

――最後に、『キングメーカー』でソル・ギョングさんが一番好きな台詞を教えてください。

共和党のイ・ジンピョ室長のセリフで、「(ソ・チャンデがキム・ウンボムの大義を信じるように)私は閣下の大義を信じるし、それが私の正義です」という言葉があります。すごく好きですね。政治は自分の論理や倫理を表すもので、それぞれの人に大義というものがあります。自分の大義を信じ、相手の大義を認めながらぶつかり合う。私は政治に関心はありませんが、それがもっとも理想的なありかたではないでしょうか。

もうひとつ覚えているのは、同じくジンピョの「正義とは勝者の言葉です。勝てばクーデターも革命になる」というセリフ。「勝ったからこそ正義になった」と。これは、すごく怖い言葉として心に焼き付いています。

ソル・ギョング

1968年5月生まれ。『ペパーミント・キャンディー』(2000)、『オアシス』(2002)、『シルミド』(2003)、『監視者たち』(2013)、『1987、ある闘いの真実』(2017)、『君の誕生日』(2019)など、さまざまなジャンルの作品でずば抜けた演技力を見せてきた韓国を代表する俳優。2021年の『茲山魚譜 チャサンオボ』では、韓国の主な映画賞で主演男優賞を受賞した。

『キングメーカー 大統領を作った男』

1961年.韓国東北部の江原道で小さな薬局を営むソ・チャンデ(イ・ソンギュン)は、独裁政権を打倒して世の中を変えたいという思いから、野党の親民党に所属するキム・ウンボム(ソル・ギョング)に肩入れしていた。チャンデはウンボムの選挙事務所をたずね、「1票を得るより相手の10票を減らす」戦略を提案する。理想家肌のウンボムにとって賛成できない策だったが、チャンデに興味を抱いて選挙チームに迎え入れることにする。

監督:ビョン・ソンヒョン『名もなき野良犬の輪舞』

出演:ソル・ギョング『茲山魚譜 チャサンオボ』 イ・ソンギュン『パラサイト 半地下の家族』ユ・ジェミョン「梨泰院クラス」チョ・ウジン『SEOBOK/ソボク』

2021年/韓国/123分/5.1ch/ビスタ/原題:킹메이커/字幕翻訳:小寺由香/提供:ツイン、Hulu/配給:ツイン

kingmaker-movie.com

8月12日(金)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー

*写真クレジットはすべて(c)2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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