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静かなファイト! が未来を変える『サムジンカンパニー1995』監督インタビュー

桑畑優香ライター・翻訳家

「1995年はグローバル元年にしましょう」。冒頭に流れる金泳三大統領(当時)の肉声が象徴的だ。エンタメや家電などで世界を席巻する韓国。大統領が「世界化」を唱えてグローバル経済に対応した国際競争力を強める戦略に本格的に乗り出したのは、今から26年前のことだった。

現在公開中の映画『サムジンカンパニー1995』が光を当てるのは、経済発展に沸いていた90年代半ばに社会の片隅で働く人たちの物語。幼いころの夢はキャリアウーマンだったのに、大企業に就職したら仕事はコーヒーを淹れたり、コピーを取ったり。そんな高卒女性社員が力を合わせて会社の不正に立ち向かう爽快で痛快なブラックコメディ―だ。

実在の事件(1991年に起きた「斗山電子フェノール流出事件」)をベースにした本作には、ヒロインに投影したある人物がいるという。イ・ジョンピル監督に作品への思いをたずねた。

――監督は本作の脚色も手掛けています。初稿の段階でシナリオを受け取ったそうですが、本作をやってみたいと思った決め手を教えてください。

実は、初稿はエンディングがセクハラで会社を辞めるという重い内容だったんです。私は前向きになれる作品を撮りたかったので、監督を引き受けるか悩みました。そんなある日、「ごはんでも食べようか」と家でお米の入れ物を取り出そうとしたら、落として床にこぼれてしまったのです。いつもなら「ああ、また失敗した」と自分を責めたりイライラしたりするのですが、なぜかその日に限って、しゃがみ込んで一粒ずつ拾い始めたんです。「自分らしくないな。どうしてこんなことをしているのだろう」と客観的に考えながら「ああ、あのシナリオを読んだからだ」と気づきました。シチュエーションは異なりますが、映画に登場する人たちは人生の壁にぶつかったとき、あきらめたり逃げ出したりせずに立ち向かう。静かに湧きあがる「ファイト」を描いてみたいと思いました。

――3人の個性的な主人公がとても生き生きとしています。

周りにいる女性たちにこの映画の企画について話すと、みんな同じ反応でした。「すごく貴重なストーリーだから、いい作品にしてほしい」と。どう組み立てていったらよいのか、実際に働く女性たちが見たいと思う映画とは何か。何度も何度も質問しました。でも、彼女たちの返事は、「わからない」(笑)。悩みましたね。

自分が女性だったらもっと撮りやすかったかもと少し思ったりもしましたが、あえてジェンダーの枠を超えてみようと決めました。登場人物が男性だから、女性だからと、「だから」という言葉でくくること自体が人を区別することになる。「この人だったらどうするだろうか」とアプローチすることにしたんです。

一方で、人間関係のディテールを描く時には、俳優たちのアイディアを大いに参考にしました。男性の友情は血よりも濃いといいますが、実際は女性の友情のほうが厚いこともあります。ユナ(イ・ソム)がボラム(パク・ヘス)に泣きながら話をしているところにジャヨン(コ・アソン)がやってきたとき、「この話は私とあなた2人だけの秘密」というセリフ。これは、イ・ソムさんが提案したことです。意見を取り入れ、話し合いを重ねて作っていきました。

入社8年目の高卒同期社員のユナ、ジャヨン、ボラムは、「TOEICで600点取れば『代理』に昇格させる」いう社内の発表に、英語教室に通い始める
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――1995年を舞台にした理由を教えてください。映画『はちどり』やドラマ「応答せよ1994」も90年代半ばを描いていますが、共通点は何だと思いますか。

本作の場合、スタートの段階で一番重要なキーワードは「グローバル化」でした。その元年が1995年だったので、必然的に1995年になりました。おっしゃる通り「応答せよ1994」も同時期で、本作を作っているときに『はちどり』も公開されました。90年代半ばの有名な曲があるんです。マロニエの「カクテルの恋」。この曲を使おうと思ったけれど、『はちどり』で流れたので諦めました(笑)。

「応答せよ1994」は時代のロマンを感じます。『はちどり』は、当時の暴力的な面を描いているとわたしは感じました。『サムジンカンパニー1995』は2つの作品の中間にあるといえるでしょう。一見いい時期のようで、実は矛盾もある時代だった。でも、当時を生きる人々は熱い気持ちを抱いていたのではないか。そんな思いでこの時期にフォーカスを当てました。

――監督は韓国メディアとのインタビューで、ジャヨンのモデルは大手製パン会社「パリバケット」のイム・ジョンリン支会長がモデルだと語っています。この人をモデルにした理由とは? 個性あふれる他の登場人物にもモチーフとなった人物はいますか。

イム・ジョンリンさんはアルバイトから支会長に上りつめた方ですが、最初から彼女をモデルに据えて描いたわけではありません。想像しながらキャラクターを組み立て、似たような人がいるのではないかと調べる過程でイム・ジョンリンさんのエピソードを読みました。社会問題を解決するときに、みんなが想像するのは、正義感に燃える人、使命感に燃えて闘う人です。でも、イム・ジョンリンさんは「なぜこんなことが起きたのか」と怒りをぶつけるのでなく、自分がやるべきことにもくもくと取り組む姿勢の人であるところに惹かれました。

実は登場人物には、特定のひとりではなく、いろいろな人を投影しています。それは、高卒で大企業に勤めた無名の多くの人々。その人たちが書いた文章を読みました。気づいたのは、掃除やコーヒーを淹れることが嫌だったと記す人はいないけれど、「10年近く仕事を続けても会議に参加させてもらえないのが、つらかった」という人がたくさんいたことでした。

これは、1968年頃に生まれの人たちのストーリーです。主人公たちが実在したら、いまどんなふうに生きているだろうかと銀行や区役所を訪れ、働いている様子を遠くから見つめてみました。様々な人の姿が映画に散りばめられています。

コーヒーを淹れる女性社員や社内での朝の体操など、当時の会社文化を忠実に再現した
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ーー『サムジンカンパニー1995』に描かれる時代に比べると、いまの韓国は経済的にも豊かになり、女性の生き方も変わったように思えます。韓国での観客の反応はいかがでしたか。

世代によって受け止め方が異なりました。映画と同じ時代を経験した人は、懐かしさとつらさが入り混じる感情がこみ上げ、「これは私の物語」と自分の娘に話したそうです。一方、若い観客からは「力が湧いてくる」という感想が多かったですね。韓国社会は一見すごく変わり、何か違うと思うと声をあげるようになりました。でも、実際には女性たちが連帯して勝利する機会はまだ多くない。だからこそ、この映画の主人公に自分を重ねて、憤り、応援し、爽快な気分になるのかもしれません。

■映画『サムジンカンパニー1995

★配給:

ツイン

★スタッフ・キャスト:

脚色/監督イ・ジョンピル

出演:コ・アソン、イ・ソム、パク・ヘス、デヴィッド・マクイニス、キム・ウォネ、チョ・ヒョンチョル、ぺ・へソン、キム・ジョンス、ペク・ヒョンジン、パク・クニョン、イ・ソンオク、イ・ボンリョン、タイラー・ラッシュ

脚本:ホン・スヨン ソンミ

★フィルムデータ

2020年/韓国/カラー/110分

原題:삼진그룹 영어토익반 (SAMJIN COMPANY ENGLISH CLASS)

レイティング:G

写真クレジット: 2021 LOTTE ENTERTAINMENT & THE LAMP All Rights Reserved.

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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