遺族の痛みに向き合う セウォル号事故描いた『君の誕生日』監督が伝えたかったこと

家族のささやかな幸せは2014年4月16日、セウォル号沈没事故で一変する

もしかして、監督はこの映画を悩みながら撮ったのではないか。映画『君の誕生日』を観終えた瞬間、そんな気持ちがよぎった。「遺された人々」の現実をあまりにも真っすぐに描いていたからだ。

2014年4月、韓国社会は大きな衝撃に包まれた。全羅南道・珍島沖で、旅客船セウォル号が転覆。沈みゆく船の様子が刻々と報道された末、乗員・乗客229名が死亡、5人が行方不明に。犠牲者の多くが修学旅行で船に乗った高校生だった。

私たちの社会は、なぜこのような事態を引き起こしてしまったのか――。以後、真相究明を求めるドキュメンタリーや事故を彷彿とさせる映画が次々と生まれるなか、『君の誕生日』は、劇映画として初めてセウォル号の遺族を正面から描いた作品だ。

「遺された人」を映像に出すのは、時に静かに暮らそうとする人たちを望まずにして世にさらし、さらに傷つけることになるのではないか。それは、私自身がかつて報道番組のテレビディレクターとして遺族を取材しながら、自問自答していたことでもある。

本作が長編デビュー作であるイ・ジョンオン監督に「遺された人々」にカメラを向けた理由を尋ねた。

イ・チャンドン監督作品の演出部で経験を積んだイ・ジョンオン監督。短編作品に『春』(2002)、『セルフカメラ』(2014)など。
イ・チャンドン監督作品の演出部で経験を積んだイ・ジョンオン監督。短編作品に『春』(2002)、『セルフカメラ』(2014)など。

――シナリオに3年、撮影に1年。遺族の話を描くのは、簡単ではなかったと察します。

映画を作るのはすべてチャレンジだと思いますが、やはり難しかったです。『君の誕生日』を撮ろうと思ったのは、遺族の痛みに共感し、私たちがこの事件を忘れないようにしたかったから。当事者だけでなく一般の人たちも心に傷を負った事故のため、「傷ついた心を癒す」という意図からスタートしたのですが、映画にしたら、むしろもう一度不必要な傷を負うことになるのではないか。そんな悩みが大きかったです。

――高校生だった息子をセウォル号の事故で失った夫婦を中心に据えたストーリーはとてもリアルで、ドキュメンタリーのようにも見えます。そもそも作ったきっかけを教えていただけますか。

遺族がたくさん住んでいる京畿道・安山という地域でサポートを必要としていると聞いて、掃除や皿洗いをするボランティアをすることになりました。そんななか、遺族の方々と近くで接する機会があり、話を聞くようになり、遺族の気持ちや周りの人々の話を映画にしてみたいと思うようになりました。

最初は、心に傷を負った当事者である遺族に近づくのは、難しかったです。たやすく近づくことができない。でも、時間が経つにつれ、そんな気持ちはなくなりました。

近くにいるうちに話をするようになりますよね。ある母親が、いなくなった子どもについてお話しされるんです。じっと耳を傾けて家に帰り、次の日またボランティアに行くと、またそのお母さんにお会いすることになります。会うたびに、同じ話を繰り返すのです。いつの間にか私も話を暗記してしまいます。もう私は全部覚えているのに、それでも母親はずっと同じ話をするのです。何度も、何度も。そういうことを経験しながら、映画を作ることを考え始めました。

――「亡くなった方の誕生会」はこの映画で初めて見ました。

韓国でも一般的に行われていることではありません。もちろん、祭祀(日本の法事)で亡くなった方を思い出しながら食事をする文化はありますが、誕生日に集まって、その人について語り合う習慣はありません。

私が訪れていた団体の名前は「イウシ(隣人)」といいます。設立した人は精神科医で、遺族が休むことができる空間を作ろうと考えたそうです。その場所に集まる遺族の中には、亡くなった子供の誕生日が来るたびにつらい気持ちになる人がたくさんいまいた。誕生日が近づくと、一カ月前ぐらいから外出できなくなり、ご飯もあまり食べられなくなって……。「だったら誕生日を一緒に過ごそう」と、誕生会を開くようになったのです。

『君の誕生日』は、私が遺族に出会い、一緒に誕生会を準備する間に経験したことを映画にしました。心に傷を負った人たちが集まって語り合い、笑ったり泣いたりするうちに、少しずつ癒されるようになる。ごく小さな瞬間かもしれませんが、特別な経験です。セウォル号の事故で韓国人のほぼすべてが同じように心に傷を負ったと思います。本作が、みんなが「誕生会」を少しでもともに経験できる時間になればと考えました。

――実話を劇映画として脚色するなかで、実在の人やエピソードをどのように構築していったのでしょうか。

多くの遺族の声に耳を傾け、それをベースにしました。父親が空港に行ってパスポートにスタンプがほしいと言ったシーンは、ある父親から聞いた話です。また、ある母親は一カ月ぐらいずっと一日中台所にこもっていたそうです。その姿は、劇中の母親役に投影されています。

チョン・ドヨン扮する母親には、事故を目の当たりにした当事者の姿が重ねられている
チョン・ドヨン扮する母親には、事故を目の当たりにした当事者の姿が重ねられている

――母親のスンナム役には、『シークレット・サンシャイン』(2005)でカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞したチョン・ドヨン、父親のジョンイル役には『ペパーミント・キャンディー』(2000)や『1987、ある闘いの真実』(2017)などで知られるソル・ギョングと、名優を配しました。チョン・ドヨンさんは、当初出演を断ったと聞いています。

私とプロデューサーで説得しました。チョン・ドヨンさんがスンナムに適役だと思っていたので。「つらいストーリーではあるけれど、遺族の痛みを無視することができない」。そんな気持ちで引き受けたと打ち明けてくれました。

――一方ソル・ギョングさんは、快諾したそうですね。

ぜひ受けていただけるといいなと願いながら声をかけました。すぐにお返事をもらえたので、感謝しています。

初めて会ったときのソル・ギョングさんの言葉が心に残っています。私が「ジョンイルは、事故が起きた当時、家族を守ることができなかったそんな罪責感を持った人物であり、犠牲者を守ることができなかった韓国の大人たちが持っている罪責感も抱えている人物として書きました。観客が当時のことを思い出しながらこの映画を観るでしょう」と話すと、ソル・ギョングさんが「僕もそのように感じた」と言ったんです。撮影中も一貫した態度で、ずっと悩みながら演じていました。そんな姿を見て、信頼できる人だと思いました。

ソル・ギョング演じる父親に投影されているのは、事故に距離を置いた一般の人の姿
ソル・ギョング演じる父親に投影されているのは、事故に距離を置いた一般の人の姿

――撮影で難しかった点は。

遺族が登場するすべてのシーン、すべての瞬間が難しかったです。例えば、子を失った母親たちの食事会で、立場の違いから生じるざわざわとした空気。当事者が見たら、違和感があるかもしれない。そんなふうに悩みました。答えがない場面の数々、すべての瞬間を悩みながら撮りました。

――特に30分間のロングテイクで捉えた誕生会のシーンが圧巻でした。リアリティ溢れるシーンのために、なにか監督のほうで仕掛けたことは? 

ひとつだけ私の役割があったとすれば、選択だったと思います。つまり、私はそのシーンをワンテイクで撮りたかったんです。

実は撮影前は、途中で失敗して、きっとカメラを止めることになると思いました。でも、挑戦してみようと。撮影前にカメラを3台準備し、一日前にリハーサルをしました。ひとつの空間に集まるキャストは50人ぐらいになります。「リハーサルを一度だけします。カメラは止めません」と。そうしたら、30分失敗することなく、すごく密度の高い撮影になりました。みんな心から涙を流しました。これはワンテイクでいけると確信し、「本番もこのままでいこう」と決心しました。

誕生日シーンの撮影を前に、50人のキャストに語りかける監督
誕生日シーンの撮影を前に、50人のキャストに語りかける監督

――映画を観た実際の遺族の方々は、どのような感想を抱いたのでしょうか。

映画が完成したら、最初に遺族の方々に見せようと決めていました。試写が終わった後、「ドキュメンタリーよりもドキュメンタリーのようだ。なぜ私たちの心の中がわかるのですか」と。その言葉に、力と勇気を得ました。

――韓国での原題は『誕生日』。このタイトルに込めた意味とは。

この映画は、亡くなった子の誕生日に集まる人々の話であると同時に、日々を生きる私たちのストーリー。それぞれが抱く痛みを分かち合い再生していければ。そんな願いを込めました。

君の誕生日

11月27日(金) シネマート新宿ほか全国ロードショー

配給:クロックワークス

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