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「彼らは火と水」 映画『世宗大王』名匠ホ・ジノ監督が明かす名優2人の意外な関係

桑畑優香ライター・翻訳家
『シュリ』以来の共演となるハン・ソッキュ(左)とチェ・ミンシク

韓国を代表する2人の俳優が、20年ぶりにタッグを組んだ。

ハングルを創った朝鮮王朝第4大王・世宗と、奴婢の身分から武官に登用された科学者のチャン・ヨンシル。韓国の時代劇にたびたび登場する2人の関係を、新たな解釈で撮り下ろした映画『世宗大王 星を追う者たち』が公開中だ。メガホンを取ったのは、『八月のクリスマス』(1998)、『四月の雪』(2005)など、抒情的なタッチで知られる名匠ホ・ジノ監督だ。

主役は、『シュリ』(1999)で以来20年ぶりの共演となるハン・ソッキュとチェ・ミンシク。特別な関係の2人を配し、監督が描きたかったこととは。インタビューでホ・ジノ監督に聞いた。

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──これまでの作品では監督と脚本を兼ねることがほとんどでした。今回、監督に専念された理由にとは。

『世宗大王 星を追う者たち』は、前作『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』の制作会社が手がけています。10年ぐらい前にこの作品のシナリオの初稿をプロデューサーから受け取り、とても興味深く読みました。

当時は、すでに他の作品を作る準備をしていて、私が合流したときにはシナリオのほとんどが完成されている状態だったのです。

――本作は史実をベースにしたフィクションですが、世宗(ハン・ソッキュ)とチャン・ヨンシル(チェ・ミンシク)の2人の絆を描いた物語だと思います。創作する上で大切にされた点を教えてください。

冒頭に出てくる輿(こし)の事件が起きたことによって、世宗はヨンシルを追放しようとします。輿の事件によって、なぜそのような結果に至ったのか思いを巡らせたとき、裏側には何か違う物語があったのではないかと考えました。それがこの映画の出発点です。

ただ、受け取ったシナリオの初稿では歴史的なミステリーのような展開でしたが、私は2人の友情が軸となる物語だと感じました。

歴史的には世宗に比べるとヨンシルの記録はあまり多く残されていませんが、「世宗実録」には世宗がヨンシルを内官のように身近に置いて、いろいろ話をしていたと記されています。2人はとても近い関係だったのではないでしょうか。

映画の冒頭は、1442年。世宗を載せた輿(こし)の車輪が大破し、世宗の命が危険にさらされる事故が起きたというエピソードから始まる。そこから遡ること20年。王位について4年目の世宗がヨンシルの豊かな科学の知識や発想を見抜いたことから、ストーリーが動き出す。

ーー単なる男同士の友情物語とは趣が違うところがあったと思いますが、描いていく上でこだわったのは?

ハン・ソッキュさん、チェ・ミンシクさんとご一緒できると決まったあと、撮影前に本当に長い時間をかけてシナリオについて2人と話しました。その時、「王はとても孤独だっただろうと思う。自分の理解者、そして夢を共に実現できる相手。そんな人物が現れた時に、きっとそこには友情が芽生えただろう」というハン・ソッキュさんの言葉を聞き、「ああ、これは王と家臣の関係を超えた同志、友人という関係なのではないか」と気づいたのです。

この関係をハン・ソッキュさんは、映画の中で「ポッ(韓国語で「友」)」という言葉で表現しています。ご自身がセリフを作ったのですが、その単語がまさに王と家臣の関係を超えて本当の友になりうる関係だったことを表しています。私自身も、それを映画の中で表現したいと思いました。

丁寧に再現された天文観測機器も見どころのひとつ。専門家のアドバイスを仰ぎ時間をかけて製作された
丁寧に再現された天文観測機器も見どころのひとつ。専門家のアドバイスを仰ぎ時間をかけて製作された

――特に、世宗の部屋でヨンシルが星空を創り出すシーンが印象的でした。

王が望めば星すらも取りに行ってしまう忠実なヨンシルの天才的な面を描くと同時に、ヨンシルと世宗が距離を縮めていく、そんな場面にしたいと思いました。

あの瞬間、2人は同じ夢を成し遂げることができるという思いを抱くようになったのだと考えています。

ハン・ソッキュとチェ・ミンシクは、2人とも東国大学演劇映画科の卒業生だ。1982年に入学したチェ・ミンシクが、ハン・ソッキュの1年先輩で、一緒に映画を見に行ったこともあるという。ドラマ「ソウルの月」(1994)、アクション・ムービー『ナンバー・スリー』(1997)、『シュリ』で共演。以後、長く交流の機会がなかったが、「『世宗大王』で再会した瞬間、一瞬にして大学時代に戻ったような錯覚に陥った」と、韓国での完成披露試写会で語っている。

2人は真逆の性格です。チェ・ミンシクさんは、撮影前に自分のエネルギーをずっと吐き出して、たくさん話をしたり、スタッフにジョークを言ったりするタイプ。一方、ハン・ソッキュさんはエネルギーをため込んで、演技するときに出す。いわば、チェ・ミンシクさんは火、ハン・ソッキュさんは水のような俳優です。

それぞれ演じた役と似ているところもあったと思います。撮影現場でチェ・ミンシクさんを観察していると、かわいい部分があった。だから、ヨンシルをかわいらしく演じてみたら、と提案したこともありました。たいして、ハン・ソッキュさんが持っている冷徹さは、映画の中の冷静沈着な姿に映し出されています。

――2人の演技対決で、一番の見どころと感じているシーンは。

ヨンシルが初めて王と一対一で会い、意見を交わす場面です。もともとセリフがあったにもかかわらず、ハン・ソッキュさんとチェ・ミンシクさんでシチュエーションを作り、提案してきました。「一度やってみるから、信じてほしい」と。もともとは泣くシーンではなかったのですが、感情が高まって演技に入り込み、自然と涙があふれていました。ここでハン・ソッキュさんが考えたセリフの「ポッ(友)」という言葉が出てきます。このシーンを見るたびに、私も胸が熱くなります。

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――『八月のクリスマス』、『春の日は過ぎゆく』、『四月の雪』など、監督の作品には、立場が異なる人が疎通して理解し合うという一貫したテーマがあると感じます。

映像で表現したいのは、感情の変化のようなもの。『世宗大王』でも、世宗とヨンシルが出会い、2人が互いを知り、認め合い、信頼する。そんな人と人が出会うときの情緒を描くのが好きなんです。細やかな感情の動きを表現するために、普段から人を観察しています。

『世宗大王 星を追う者たち』全国順次公開中

ホ・ジノ監督

1963年8月8日生まれ。延世大学哲学科を卒業後、韓国映画アカデミーで学ぶ。ハン・ソッキュ主演の長編監督デビュー作『八月のクリスマス』(1998)とイ・ヨンエ主演の『春の日は過ぎゆく』(2001)で多くの映画祭の監督賞を受賞した。代表作にペ・ヨンジュンとソン・イェジン主演の『四月の雪』(2005)、『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』(2016)など。

■写真クレジット

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ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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