「ロックは悪魔の音楽」と言われた国 史上初BTSスタジアム公演がサウジ女子に「革命的」である理由

サウジARMYが寄付を集め、BTSでラッピングした無料シャトルを観客用に運行した

「He is a real human being. I AM DYIINNGG(彼はリアルな人間だったの。私、もう死にそう)」

10月10日、Amjadさんは、号泣する絵文字(12個!)と共に感激の瞬間をツイートした。

サウジアラビアの首都リャドに住む、21歳の女子学生。空港にBTSのお出迎えに行き、推しのメンバー、Vをちらっと目撃した時の興奮を込めたものだ。

BTSは、10月11日午後7時30分(現地時間)、ワールドツアー「LOVE YOURSELF:SPEAK YOURSELF」サウジ公演を開催する。歓迎のプラカードとスマートフォンを手に空港に集まったのは、アバヤと呼ばれる黒い布と、ヒジャブというスカーフに身を包んだアラブのARMY(BTSのファンクラブの名)女子たち。Amjadさんもその一人だ。

黒い布で全身を覆った女性たちという印象が強いサウジアラビア。そのベールの下で今、小さな革命が起きている。

空港には手作りのグッズでお出迎えするアラブ女子も多数(撮影:Amjadさん)
空港には手作りのグッズでお出迎えするアラブ女子も多数(撮影:Amjadさん)

BTSのライブが開催されるのは、キング・ファハド国際スタジアムだ。彼らにとって、初のサウジ公演であるのはもちろんのこと、この国で外国人による初めてのスタジアム規模でのソロコンサートとなる記念すべき日。最大収容人数6万7000人を超える空間に、世界中からARMYが結集する。

実はこのスタジアムは、2年前まで女子が入ることができなかった。イスラム教国のなかでも保守的なサウジでは、公共の場で不特定多数の男女が同席するイベントは避けるべきだとされてきたからだ。

san.さんが撮影したライブ前夜のスタジアム。黒いヒジャブ姿のARMYがたくさん集まっているのが下のほうに見える。「女子を無許可で撮影するのはよくない」という配慮から全身を写すのは控えたという
san.さんが撮影したライブ前夜のスタジアム。黒いヒジャブ姿のARMYがたくさん集まっているのが下のほうに見える。「女子を無許可で撮影するのはよくない」という配慮から全身を写すのは控えたという

そんなサウジのリアルな日常を捉えた例として、2000年代の風景を描いた一本の映画がある。サウジ初の女性監督ハイファ・アル=マンスールによる『少女は自転車にのって』(2012年)だ。

主人公は、自転車(映画が製作された当時、サウジで女子が乗ることはいけないとされていた)に憧れる10歳のワジダ。街では黒い布に身を包むが、靴は学校で禁止のバスケットシューズ。自宅ではジーンズとTシャツ姿で、アメリカのインディー・ロックバンドGROUPLOVEの曲を聴く、イマドキの女の子だ。

ところが、母親の前でロックを流すとこんな言葉で叱られる。

「ラジオを切りなさい! それは悪魔の音楽よ」

また、学校でカバンの中からラブソングのカセットテープが見つかり、先生にこんな風に怒られるシーンも。

「ファンクラブの運営でもやってるの? こういうものは禁止よ。知ってるでしょ?」

(『少女は自転車にのって』のトレーラー。「屋外で男女が一緒に仕事をすべからず」という慣習を守るべく、監督は車にモニターを持ち込み、男性スタッフにトランシーバーで遠隔指示を出しながら撮影した)

2013年に日本公開時、筆者はマンスール監督にインタビューした。サウジにおけるポップカルチャーについてたずねたところ、監督はこう答えた。

「私が育ったころは、国がとても保守的で、音楽を聴くのも許されていませんでした。特に女性にとってはレンタルビデオやCDショップも好ましいと思われず、『女性は禁止』と書かれていて、店内に入ることができなかったんです。ほしいCDのリストを父親や兄弟に渡して、買ってきてもらっていました。いまはだいぶ自由になりました」

社会が少しずつ変わってきたのは、ごく最近のことだ。実権を握ったムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が、石油依存の経済から先端技術と投資の中心地に変革すべく、2016年に経済改革計画「ビジョン2030」を発表。「活力に満ちた社会」の実現を目指すものとして、サッカー競技場への女性の入場や、世界で唯一認められていなかった女性の運転などが可能となった。

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(『少女は自転車にのって』の一場面。映画は、コンピューターゲームでコーランを学ぶ姿や、モダンなショッピングモールで母親が赤いドレスを試着する様子など、サウジの変化も映し出す。「サウジは25歳未満の人口が半数近くを占めるという若い国。スマホを持ちWiFiのアクセスもある。閉ざされた考え方を保つのは、もはや難しいだろう」と取材時に監督は語った)

コンサートでも、男女が席を共にすることが解禁に。昨年末から外国人アーティストが次々と訪れるようになり、マライア・キャリー、ジャネット・ジャクソン、ワン・ダイレクションのリアム・ペインらがサウジのステージに立った。K-POPでは、今年7月にSUPER JUNIORがアジア出身アーティストとして初の単独コンサートを開催し約4000人の観客を集めたほか、Stray Kidsとともに音楽フェスティバル「Jeddah Season Festival」にも参加した。

その一方で、「Jeddah Season Festival」に招待されていたアメリカのラッパー、ニッキー・ミナージュは、サウジ国内の女性と性的少数者の表現の自由に対する懸念を理由に、参加をキャンセル。BTSの公演にも、当初一部のファンや人権団体から「王国の支配者による人権侵害を隠すために利用されているのでは」と反対の声が上がったという。

サウジでは現在も、多くのレストラン、カフェ、学校などでは独身男女を分離させ、女性は教育や就労、旅行や結婚などで男性の保護者の同意が必要だ。世界経済フォーラムがまとめた男女の平等に関する調査(2018年)では、149か国中141位と最下位に近い。

だが、いずれにせよ、サウジの変化は止まることはないだろう。実は、国や皇太子が改革に着手する以前から、女子の間では“革命”の兆しが芽生えていたのだ。

(BTSカラーのパープルにライトアップされたリャドの街。サウジのARMYたちの「ビルを紫色にしてほしい」という呼びかけに、政府の娯楽庁[General Authority for Entertainment]が応える形で実現した。sun.さんのtwitterより)

冒頭のAmjadさんは、筆者とのメールインタビューで、こう明かした。

「BTSを知ったのは、2013年。Twitterで偶然見つけました。親は彼らの音楽をすごくうるさいって言うけれど、私にとっては薬のような存在。看護学校に通っているのですが、勉強や人生がつらく感じる時、彼らの曲を聴くと元気になるんです。歌の力に助けられました。学校を卒業するときは、BTSありがとう!って言いたいです」

もうひとり、インタビューに答えてくれた18歳のsan.さんは、BTSのコンサートに参加すべく、ライブの前日、サウジ国内の別の都市から飛行機に乗って家族と一緒にリャドに降り立った。

「2015年、SNSのアプリでBTSのことを知りました。『DOPE』をリリースした頃です。次々と音楽を聴いて翻訳で歌詞を読み、すぐに彼らはいつか世界を虜にして、たくさんの人を癒すだろうと感じました。典型的な愛と別れの歌ではなく、青春やメンタルヘルス、社会問題について語る深さに惹かれたんです。個人的に苦しいことがあった時期だったけど、何度も彼らの歌に救われました。音楽に偏見がある人もいますが、サウジのARMYは、音楽やBTSのイメージアップのために力を合わせて頑張っています」

(Amjadさんはライブで会うファン仲間のために300枚のカードを何日もかけて作った)

この日のために準備したBTSカラーである紫色のヒジャブをまとい、Amjadさんは今、キング・ファハド国際スタジアムにいる。Amjadさんもsan.さんも、スタジアムでコンサートを体験するのは生まれて初めてだ。

数時間後に幕を開けるBTSのライブについて2人はこう語った。

「まだ、信じられません! 私の人生ではありえないことだと思っていたのに、実現するなんて。その瞬間がとても待ち遠しい。これは夢なのでしょうか?」(Amjadさん)

「大げさではなく、今の私があるのは彼らのおかげ。実際にライブで会えるとは、まったく想像していませんでした。魔法のようなコンサートの空間を私の家族とBTS、ARMYと共有する機会に恵まれたことに、心の底から喜びを感じています」(san.さん)

(開演直前、入場を待つARMYからBTSコールが沸き起こった)

■クレジット

トップ写真(無料シャトルバス)

“Saudi ARMYs fanbase”@SAUDI_ARMYS

『少女は自転車にのって』

(c) 2012, Razor Film Produktion GmbH, High Look Group, Rotana StudiosAll Rights Reserved.