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藤井聡太さん関連商標出願における特許庁の気配りについて

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:アフロ)

商標法4条1項8号(他人の氏名等を含む商標はその他人の承諾がない限り登録しない)に関連して、有名人の氏名(本名)を含む商標登録について調べていたところ、ちょっと興味深い事例を見付けたので、本記事でご紹介します(4条1項8号に関する記事は別途書きます)。

問題の商標は「棋士・藤井聡太の将棋トレーニング」(登録6286656号)と「棋士・藤井聡太の将トレ」(登録6286657号)です。出願人は公益社団法人日本将棋連盟なので、勝手出願ではなく、藤井聡太棋士の承諾のもとに出願されているのは明らかですが、特許庁の審査としては、規定どおりに、他人(藤井聡太棋士)の承諾を示す書類を提出せよとの拒絶理由通知が出されています。この拒絶理由通知に以下のような補足が書かれていました。

【補足】 承諾書を提出する場合に、承諾者の住所は、居所の記載でも認められます。

特許庁に提出した出願関連書類は、原則誰でも閲覧可能な状態に置かれます。ウェブからは見られない情報もありますが、特許庁に閲覧請求を出せば見られます。藤井聡太さんが承諾書に自分の住所を書いて提出してしまうと自宅バレしてしまうので、それを防ぐために、念のために記したものと思います(一般化した運用なのかこの審査官独自の気配りなのかはわかりません)。おそらくは、日本将棋連盟の住所を居所とした承諾書が出されたものと思います。なお、この出願については、特許法人が代理人になっていますので、言われるまでもなく、(超)有名人の自宅バレにつながるようことはやらないと思います。

この誰でも閲覧可能な状態になるというのは、4条1項8号の承諾書に限らず、出願書類一般について言えることなので、個人が特許出願や商標登録出願をする場合の自宅バレが問題になり得ます。以前、出願人住所として私書箱を使えないかと特許庁に質問したことがありますが、「住所」(各人の生活の本拠、生活の事実上の中心点となっている場所、住民登録をしている場所)あるいは「居所」(人が継続的に住んではいるが、住所ほどの結びつきが密接でない場所)のいずれかを記載してくださいという回答でした。現実には、代理人に委任して出願している場合であれば、勤務先等の住所がある人はそこを居所として問題ないのではと思います。

代理人がいる場合には、特許庁からの連絡は原則的にすべて代理人に行きます。特許や商標が登録された後は、厳密に言えば代理人の代理権は切れていますが、第三者から無効審判があった場合等は、特許庁の運用サービスとしてまず出願時の代理人に連絡が行きます。逆に言うと、代理人を使わずに出願し、その後に転職等により居所として使用していた住所が使えなくなった場合、特許庁は連絡を取る手段がなくなるので困ったことになってしまいます。

第三者から権利の買い取り等で連絡があった場合もこれと同様で、通常は、権利者(出願人)本人ではなく、メアドも電話番号も明らかな代理人弁理士にまず連絡が行くでしょう。

また、これと似た話として、芸名やペンネームで活動している個人が、商標登録出願をすると本名バレの問題が生じます。これについては、芸名や偽名で出願するわけにはいかないのでどうしようもありません。マネジメント事務所等の名義で出願するしかないと思います(この場合には、権利者はマネジメント事務所になってしまうので、契約において不利な条件が定められていないかに注意する必要があるでしょう)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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