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歌詞なし音商標の登録のハードルの高さについて(+小ネタ)

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:商標登録6119762号公報

「スーパーでお馴染み"ポポーポポポポ"が音商標に? 出願意図をメーカーに聞いた」という記事を読みました。「スーパーマーケットの店内などで流れる"ポポーポポポポ"のメロディーで知られるBGMが、"音商標"として特許庁に出願された」、このBGMが流れる機器「呼び込み君」を製造しているメーカーが出願したとのことです。

2015年4月に音商標の制度が始まってから結構な数の音商標が登録されています。本記事では、特許庁における音商標の審査運用について解説しましょう。(歌詞等の)言語要素があるものと、言語要素がないものに大きく分かれます。結論から言うと前者の登録は比較的容易ですが、後者の登録はきわめてハードルが高いです。

言語要素があるものは、その言語部分に識別性があれば、識別性があるものとして扱われますので特に問題はありません。たとえば、伊藤園による「おーいお茶」の音商標(登録5805757)は、人が「おーいお茶」と言っているだけですが、「おーいお茶」という言葉自体に識別性があるので、音商標としても識別力があるとして扱われ、問題なく登録されています。「高須クリニック」のサウンドロゴの音商標(登録5836221)等も同様です。

もちろん、別の拒絶理由があれば拒絶されますので、たとえば、伊藤園以外の人が「おーいお茶」の音商標を出願しても他人の先登録商標と類似であることを理由に拒絶になるでしょう。「マツモトキヨシ」の音商標が「人の氏名を含む商標」として拒絶になった件(現在、審決取消訴訟中)についてはちょっと前に書きました

一方、言語要素がない音商標(インスト曲や効果音など)は、原則として、3条1項6号の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを 認識することができない商標」として扱われます。これを覆すには、証拠の提出により「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるに至っていること」(いわゆる、「使用による識別性」「セカンダリミーニング」)を示さなければなりません。

一般にこれは結構大変で、かなり知名度は高いと思われる大幸薬品の正露丸のラッパのメロディもかなりの苦労の後にようやく登録されています(関連過去記事)。すなわち、個人の方がメロディを作って「よーし音商標登録しちゃうぞー」と思っても登録できる可能性はほぼゼロです。

調べてみると本記事執筆時点で歌詞(言語要素)なしで登録された音商標は(音商標登録計314件中)わずか4件しかありません。上述の正露丸ラッパメロディ(登録5985746)、インテルのサウンドロゴ(登録5985747)、三菱UFJフィナンシャル・グループのサウンドロゴ2件(登録6115374、登録6115375)です。

一方、結構著名な「音」、たとえば、ウルトラマンの「シュワッチ」、ノキアの携帯電話呼び出し音、21世紀FOXのファンファーレ等が拒絶になっています。音として有名であるだけで音商標として登録できるわけではないことがわかります(音源はリンク先から聞くことができます)。

最後に、余談として、この記事執筆用に調査した時に見付けた音商標関連の小ネタです。

その1:「バニラカー」のCMソング(というかかけ声)が何件か登録済(第6119762号等)です。言語要素があるので特に問題なく登録されています。出願時に提出された譜面がちょっと笑えます(タイトル画像参照)。

その2:音商標を出願する際には、音源(CD-R/DVD-Rに焼いたもの)を提出しますが、五線譜や文字による説明も求められます。この形式チェックが結構厳しいです。日清食品による「♪すぐおいしい すごくおいしい」のインストバージョン(商願2018-90379)に対して、五線譜(下図参照)の内容に矛盾があるので商標登録を受けようとする音を特定できないという拒絶理由が通知されています。具体的には、2小節目の3拍目と4拍目の和音のコード名がD7なのに9thのテンションであるミの音が入っているので駄目、D7をD9に補正すればOKという指摘です。ずいぶん細かいんだなーと思いました(出願書類作成の際は十分な注意が必要でしょう)。なお、この出願は出願人が拒絶理由通知に応答しなかったので拒絶査定になっています。この拒絶理由通知以外に上記のセカンダリミーニングに関する拒絶理由も通知されており、かつ、歌詞入りバージョンは既に登録されていますので、争うまでもないと思ったのかもしれません。

出典:商願商願2018-90379公報
出典:商願商願2018-90379公報
弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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