特許庁長官が特許を取得することで問題は生じるか?
「特許庁、初めて特許を取得"公正に審査しました"…プログラムできる審査官が発明」というニュースがありました。「特許庁は5月11日、”特許文献検索システム”に関する特許(特許第6691280号)を取得したことを発表した。実は、特許庁による特許取得は初めてのことだという」ということです。
日本の特許法には職務発明規定(35条)があり、従業者が職務上の発明をした時には、特許を受ける権利が使用者(主に法人)に帰属し、使用者が特許出願をし(特許査定を受ければ)特許権者となる規定を設けることができます。通常の企業であればこのような規定があります(業務上行なった発明の特許権が発明者本人に帰属してしまうとややこしいのでこれは当然です)。行政機関であってもこれは同様で今までにも経済産業大臣や総務大臣を権利者とする特許はいくつかありました(法人の場合ですと法人名義の権利者となりますが省庁の場合には大臣名義となります)。いずれも、経済産業省や総務省の職員が職務上の発明をしたので大臣名義で出願・特許登録したということであり、特許庁においても職員(この場合には審査官)が職務上の発明をしたので特許庁長官が権利者になったというだけに過ぎません。つじつまは合っているのですが、今までにないケースであり、おそらく特許法は特許庁長官が出願人になることを想定していないと思われるので、ちょっとややこしさを感じてしまいます。
さて、特許庁長官が出願人となって特許庁長官に願書を提出するという状況で問題は生じないのでしょうか?特許の審査は審査官が行ないます。そして、審査官は「独立した行政機関」として審査を行なう(自分1人の判断で特許査定や拒絶査定を行なえる)ことになっていますので、制度上は問題ありません。忖度はあるのではないかという意見もありそうですが、特許審査の内容は一般に公開されますので明らかに拒絶理由がある特許を無理矢理通すということは考えにくいです。十分に事前調査を行なって特許性があると判断した上で出願したものと思われます。なお、忖度を避けるために出願人を審査官に知らせないようにはできないかと思われるかもしれませんが、多くの場合、審査は出願公開の後に行なわれますし、出願人がわからないと先願の判断ができない(29条の2の出願人同一の判断ができない)のでそれは無理です。
その他、異議申立や無効審判などが行なわれると、特許庁長官が自分の案件を自分で裁く構図になってしまいますが、これも審判部は「独立した行政機関」なので制度上は問題ないものと思われます。また、仮に異議申立で特許が取消になって、その取消訴訟を知財高裁に提起しようとすると原告も被告も特許庁長官になってしまうので、訴えの利益がないとして却下になるでしょう(現実にはあり得ないのであくまでもネタとして考えてみただけです)。
余談ですが、2013年に茂木敏充経済産業相(当時)が、レストランにおける注文用タッチパネルに関する特許(5422775号)を取得したというニュースがありました(参考記事)。こちらは大臣の職務とは関係ない個人としての発明(「自由発明」と呼ばれます)なので、経済産業大臣名義ではなく個人名義になっています。
また、米国特許でUSPTO(United States Patent and Trademark Office)を権利者とするものがないか調べてみましたが、さすがにないようです。(追記:なお、商務省(Deparment Of Commere)名義のものはいくつかありました。)