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「ティラミスヒーロー」事件の追加情報

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:USPTO商標データベース(TESS)

シンガポールのティラミス店”The Tiramisu Hero”の商品コンセプトをパクった日本企業が商標権を先取りしてしまったことで、本家側がブランドを変更せざるを得なくなった事件については、マスメディアも含め既に多くの報道がされています。

もう同じことを書いてもしょうがないので、他のメディアでは触れていない点をいくつか紹介しておきましょう。

1.株式会社gramによる米国商標登録出願

日本で「ティラミスヒーロー」を商標登録した株式会社gramは、昨年の6月に米国でもTIRAMISU HEROを商標登録出願していました(タイトル画像参照)。米国の商標制度では、商標の実際の使用証拠を提出しないと登録されないのでどうなるかはわかりません。勝手出願するだけではなく、本家より積極的にブランド展開してしまうという点で、Supreme Italy(ニューヨークのブランドとはまったく関係ない会社)を思い出してしまいます(関連過去記事「サムスンが中国で"偽Supreme"とのコラボレーションを発表した件の背景情報」)。

また、gram社は他にパンケーキ屋gramのロゴ(こちらも乗っ取り疑惑があります)をマレーシア、米国、カナダにおいて登録しています。日本の「ティラミスヒーロー」運営企業HERO'Sによる海外出願は確認できていません。

2.商標登録無効の可能性

日本の商標法には、日本ではまだ有名ではないが海外では有名な商標を不正の目的で登録されてしまった場合に無効にできる規定(商標法4条1項19号)があることについては既に書いてます(関連過去記事「中国企業が"無印良品"商標にしたことをやり返したらどうなるか」)。今回のケースでもこの規定により「ティラミスヒーロー」の登録を無効にできるかもしれません。

ただ、シンガポール在住者のブログ等を見ると、本家のThe Tirumisu Heroも現地においてめちゃくちゃ有名というほどではなかったようです。さらに、周知性の判断時点は今現在ではなく、当該商標の出願と査定時点であるため、2017年6月と2018年3月時点での周知性を立証しなければならず、なかなかにハードルは高そうです。

【追記】海外で有名な名称を日本で抜け駆け出願したという印象が強かったので、海外での知名度は実はそんなでもなかったのではという話になってしまいましたが、よく考えれば日本での知名度も検討に値します。日付指定してグーグル検索すると2017年3月時点でもネットでの紹介記事は結構な数がヒットしますので、周知性を主張できないというほどではないと思います。なお、周知性は(一般消費者ではなく)「需要者」における周知性なので、(仮に一般消費者全体での認知度が低くても)主な需要者である若い女性での認知度を認めてもらえる可能性はなくはないかと思います。

3.ロゴ商標登録の異議申立

gram社の勝手商標登録には文字商標とロゴ商標があるのですが、ロゴ商標(6073226号)については「使用権をお渡し」する意図の表明がなされています。「使用権をお渡し」は変な言葉遣いで「ライセンス許諾する」という意味なのか「商標権を譲渡する」という意味なのかよくわかりませんが、いずれにせよ、当該登録には異議申立が請求されています。詳細は特許庁の窓口に行って書類を閲覧しないとわからないのですが、ロゴと猫イラストが本家と実質同一で著作権侵害があることは明白なので「公序良俗違反」(商標法4条1項7号)としてほぼ確実に取り消されると思います。gram社側はどうせ勝ち目がないので譲歩したふりをしてみただけという可能性もあるでしょう。

【追記】4.先使用権について

商標を先に使用して周知性を獲得した後に、他人が勝手出願して商標登録してしまっても、オリジナルの使用者は商標の使用を継続できるという先使用の規定(32条)があります。ただし、キリンラーメンの時にも書きましたが、先使用権では商標の継続的使用が求められるところ、今回は、もうティラミスヒーローからティラミススターに店名を変更して対処してしまっていますので、先使用権の主張は困難と思います。なお、仮に主張するということになると、2017年3月時点での日本における周知性の問題が出てきます(なお、判例上、この場合の「周知性」は日本全国でなくてもよいとされています)。また、先使用権は、特許庁が権利を登録するとかそういう話ではなく、侵害訴訟において抗弁として主張できる可能性があるという話なので、あくまでも最後の手段という感じです。

ということで、gram社の道義的問題は否定しがたいわけですが、シンガポール本家側も日本進出時にちゃんと商標登録出願しておけばよかった話なので脇が甘かったと言われてもしょうがないでしょう。高級品を売る店がろくな防犯設備を付けておらず泥棒に入られたとして、確かに悪いのは泥棒なのですが、ちゃんと防犯してなかった店も落ち度なしとは言えません(「レイプ被害者にも落ち度があるということか」というコメントする人が出てきそうなので先に言っておくと、この話は性善説が成り立たないビジネスの世界の話なので、そういう話とは別です)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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