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ラッシュジャパンの経営や組織運営で特徴的なのは、全社員が「倫理観」を尊重しているところです。例えば、ラッシュは動物実験をしていないことを確認できた会社からのみ、原材料や資材を買い付けています。その信念を貫くため、巨大なマーケットであっても、輸入された化粧品の販売に動物実験を義務付けている中国大陸ではビジネスをしないほど、そのブランド哲学が徹底されています。また、経営層はもちろんのこと、一般社員にまで倫理観を基準とした意思決定が浸透しています。ラッシュジャパンはどのようにしてクレドを根付かせていったのでしょうか?

<ポイント>

・ジョンソン・エンド・ジョンソンではクレドに背いたら生きていけない

・正解のない議論をさせる「クレドチャレンジ」

・良好な人間関係をつくるためのトレーニング

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■JJとラッシュの共通点

安田:僕は5社で働いてきましたが、文化と価値観が一貫して際立っているのは2社だけでした。それがラッシュとJJです。他もありましたが、徹底していると言えるのは、この2社だけですね。

倉重:理念に必ず立ち返って考えるということですか?

安田:この2社に共通する事象で言うと、例えばJJなら担当者レベルが普通の仕事の打ち合わせで、「いや、これは世の中的にはありだけれども、クレド的に無理だ」と言うのです

倉重:クレドが浸透していて、会社がどうあるべきかを分かっているわけですね。

安田:ラッシュも同様に、「それはラッシュ的にはなしだよね」という会話を日常的にしています。そこで「ラッシュ的とは何か」「その言い方には具体性がない」と言う人はほとんどいません。

倉重:「ラッシュ的」という言葉に共通のイメージがあるわけですね。

安田:JJも「クレド的にないな」と言いますし、それに対して「抽象的なことを言うな」などとは誰もいません。両社とも「価値観」を維持する努力を徹底的にしています。

倉重:理念の浸透ですか。

安田:はい。その努力の一つは、やはりサーベイです。定点観測をきっちりしています。それはマネジメント、上司、職場の通信簿のようなものです。JJで言えば、「あなたの国は、職場は、上司は、クレドにのっとった経営をしていますか」「このようなコンプライアンス違反をしていませんか」ということをバーッと聞きます。

倉重:上司や経営層も、それで評価されるのですね。

安田:そこがポイントで、ビジネスの実績だけではなく、クレドにそった結果かどうかもきちんと見ます。

倉重:数字を上げていようが、理念に反する行動を取ったらアウトですか。

安田:絶対にアウトです。現在アステラス製薬で人事の責任者をされている杉田さんという方が、当時のジョンソン・エンド・ジョンソンでの僕のハイアリングマネジャーで、今でも鮮明に覚えていますが、面接で「この会社はクレドに背いたら、生きていけないのです」と言われました。僕はそのようなことがあるかと、そのときは半信半疑でした。

倉重:言っても口先だろうと。

安田:それはないでしょうと。「松下幸之助の手帳に書いてあるような話だろう」と本当に思っていました。そうしたら、とんでもないのです。クレドのサーベイで肯定回答率が極端に低い状態が何年か続くと、役職を外されるぐらいのレベルの責任を問われるのです。。

倉重:どのように数字を上げていてもですか。

安田:そうです。理屈としてはそれで数字は上がりません。ジョンソン・エンド・ジョンソンというブランドの成長戦略もあって、そこはうまくできています。とにかくクレドに反することは絶対に許しません。

倉重:その浸透は現場のアルバイトや、非正規も含めて浸透しているのですか?

安田:しています。

倉重:どのようにしているのですか。

安田:今のサーベイもそうですし、評価制度などの文言の中にも、きちんとクレドに反していないかがきちんと書いてあります。僕は価値観や組織文化を浸透させることを評価制度に入れるか入れないかは、実はあまり関連させてはいけないと思っているのです。評価されるからやる、やらないという話ではありません。

倉重:確かに自発的にやらなければ、意味がないですね。

安田:ポイントはそこではなく、共感しているかどうかが大事なのです。これはすごくジョンソン・エンド・ジョンソンでは勉強になったことですが、正解のない議論を意図的にさせていました。例えば「クレドチャレンジミーティング」です。定期的に社内で、「私のクレド体験」を話してもらうのです。「私は最近クレドの下で、このような判断をしました」と。

あとはマネジャーになったときに、クレドをもう一回改めて勉強したり、ケーススタディーをさせたりするのです。例えば「ある部門の現地法人の経営状況が悪化しています。その法人を閉じると、一気にその部門の利益状況は回復します。ジョンソン・エンド・ジョンソンの株価も好転するでしょう。しかし、現地3,500人の雇用を失います。あなたはクレドに基づいて、どちらの判断を取りますか」と質問します。これは正解がありません。こういうことを「自分はこう思う」と延々話させたりするのです。

倉重:それはどのレベルの人までするのですか?

安田:基本的に全員します。

倉重:まさに経営判断のようなことですね。そうなると、当然自分も主体的に考えますね。

安田:あとは「我が信条(クレド)に基づき」という枕詞を、きちんと使います。「今回やろうとしているこの施策は、我が信条にひもづいています」という感じで、常に意思決定や施策の中にクレドが生きていることを、みんなが意識するようにコミュニケーションをしています。

 ラッシュも同様に、先ほどのような正解のない議論をみんなでディスカッションをします。それと、経営判断と価値観である「倫理観」に矛盾を持たせません。利益と倫理的判断だったら、絶対に倫理的判断を取ると言い切っているのです。例えば中国大陸でラッシュは一切ビジネスをしていません。これはなぜかと言うと、中国では、輸入された化粧品の国内販売には動物実験を義務付けているからです。

倉重:そこが理念に反するわけですね。

安田:売上や利益が出ることが分かっていても、絶対にやりません。

倉重:そこは徹底していますね。

安田:経営判断がきちんとそこに重きを置いています。「それはこれ、これはこれ」という考え方はしません。クレドを制度、メカニズムとして細かく取り入れているがJJだとすると、経営や環境を取り巻くあらゆる状況の判断に、「倫理的判断」を精神としてよどみなく入れているのがラッシュです。そのような決定浸透の仕方です。

倉重:よく日本企業からも「うちの企業風土や雰囲気を変えるには、どのようにしたらいいですか」と聞かれるのではないでしょうか。会社を変えたいと思っているときに、どのようにしたらいいですか?

安田:まず、浸透させていくときに、「やらされ感」が出てしまってはいけません。本当にそうだなと思わせなければいけません。これも僕がいろいろなところで言っているエピソードですが、ラッシュは店長の上に上司がいないのです。

倉重:そうらしいですね。

安田:私が勤務していた頃の西友だったら220店舗あって、大体エリアが分かれているわけです。エリアマネジャーがいて、その上に西日本、東日本の販売マネジャーがいます。僕の理解では小売業は、厳格な指示によるオペレーションの一糸乱れぬ統率こそが、1つの利益の重要な要素になります。

倉重:最大限に効率化するのですね。

安田:これがチェーンストアオペレーションの多店舗展開のコアなところです。ラッシュの採用インタビューで「店長の上位組織はどのようになっていますか」と聞いたら、「いや、店長には上司がいません」と言うのです。よく理解できず、「それでうまくいっているのですか?」と聞いたら、まだそうでもない、と。。うまくいっていないのになぜやるのかと尋ねたところ、ラッシュの価値観をお客様にお伝えするには「指示」では駄目なんだ、と。。ラッシュは有料広告を打たないので、働いている人たちが本当の意味で共感を持って、やりたい、伝えたいと思わない限り、お客様にそれは伝わらないのです。

エリアマネジャーなどの指示命令で動く組織にしてしまうと、共感や自主性ではなく、「言われからやる」ということになります。それではお客様や市場にラッシュの信念が伝わらないから、あえて店長の上に上司は置かないのです。変わった会社だなあと思いました。実際、そのような仕組みを動かしていくのは大変ですし、必ずしも営業効率が良くなるわけではありません。でも、店長たちに考えてもらう、それによって自分たちの言葉でお客様にラッシュの「価値」をお伝えするという点においては、間違いなく功を奏しています。

倉重:店舗ごとの店長さんが、オーナーシップを持っているのですか?

安田:そうです。どのようにして浸透するかというと、やはり指示や命令で動くのではなく、本当の意味でラッシュの価値観に共感して、「私たちの仕事でいったらこのようなことだ」と理解・消化できていることがすごく大事です。

■ラッシュのフィードバックカルチャー

倉重:やはり現場が自分の頭で理念との整合性をとって、「このような店舗運営をしていこう」と考えているのですね。そのような中で人事は、どのような役割であるべきなのですか。

安田:人事の仕事は、組織のデザインや信頼関係の構築です。とくに信頼関係を築くのはすごく重要なところになってきます。

「共感する」といえば聞こえはいいのですが、実務のオペレーションが共感だけでは動かないとなると、当然信頼関係がある上でのフィードバックが大切です。「もう少しこのようにしてほしい」「あるいは「そのやり方は合っていないと思う」などのフィードバックで、きちんと組織のガバナンスやモラルを保たないといけません。

倉重:ラッシュでは直接記名式で、率直に意見を言うそうですね。

安田:そうなのです。そこは仕組みやトレーニングが必要です。

倉重:やはり名指しで批判したくない人が、日本企業ではすごく多いのではないかと思うのですが。

安田:そうでしょうね。うちも物議を醸してなかなか難しかったのですが、フィードバックの制度を入れて5年ぐらい経って、だいぶ概念的には理解されるようになりました。

倉重:例えばどのような感じですか。「ちょっと今フィードバックいい?」と声をかけるのでしょうか。

安田:一つは、仕組みとしてフリーコメントを記入してフィードバックする360度フィードバックシステムを運用していること。もう一つは先生がおっしゃったように、「ちょっとフィードバックいい?」「どうだった? フィードバックもらえる?」という感じで習慣づけるところです。

 例えばプレゼンテーションや、大きなミーティングが終わった後には、会話やミーティングなどで習慣化するようにはしています。

倉重:結局それは、より良くなってもらうためにしているわけだから、現状を指摘して何が悪いのだという話ですね。

安田:はい、成長を期待して、敬意を持ってフィードバックをします。職位には全く関係ありません。それを今一生懸命しています。それでも100点はないので、永遠に土壌づくりは続いていくのだと思います。

 先ほどの信頼関係をつくるトレーニングということで言うと、やはり「自分と人は違う」という意識も大切です。多様性の話にも通じますが、「自分はどのような人で、他人をどのように受け入れるか」を相性ではなく、体系的に知り、訓練で身につけていきます。

MBTIの思考法をツールとして使いました。ある種の体系的な思考方法で、「自分は直感的なのだ」「あの人は内省的なのだ」ということを知って、それに適したコミュニケーションスタイルを学んでいます。

 僕はいつも会議でバーッと話しながら周りの反応を見て、何となく自分の言っていることをまとめていくのです。そうすると、2時に言ったことと4時に言ったことが違っていたりします。ところが、じーっとして全然発言しない人もいるではないですか。僕などから見ると「あの人は会議に参加していない、いい加減な人だ」と思います。

倉重:参加する意味があるのかと。

安田:「あの人はなぜ来ているの?」という話になります。ところがそれは思考と意思決定の方法の違いで、黙っている人は、皮膚の下に全ての決定事項があるそうです。いわゆる内省型です。

倉重:ただ黙っているわけではなく、内省しているのですね。

安田:全部自分で吸収して納得してから解を出すという思考のスタイルなのです。その人から見ると僕は、「安田さんは論理矛盾もしていて、最初と最後で言っていることが全然違う。適当なことばかりギャーギャー言って、あの人はいい加減な人だ」という話になります。

 これは単純に思考と意思決定方法の違いなだけなのに、「あの人は真面目だ」「不真面目だ」という話になって感情の話になるのです。

倉重:悪いのではなく違うだけなのですね。

安田:今言ったような思考や意思決定の違いをきちんと学ぶと、「だからあの人は発言しないのか」という話になるのです。

 そのようにお互いの違いを知って、努力して人間関係をつくっていきます。良好な人間関係をつくるのは一つの責任で、相性ではないのだという形でトレーニングしています。

(つづく)

安田 雅彦(やすだ まさひこ)

ラッシュジャパンのPeople(人事)部門の責任者。1989年に南山大学卒業後、西友にて人事採用・教育訓練を担当、子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてHR Business Partnerを務め、組織人事やTalent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカへ転じた後に、2015年よりラッシュジャパンにて現職。