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業務指導とパワハラの境界線~パワハラ法改正を受けて企業・個人の対応は~

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:アフロ)

1 パワハラの定義

 いわゆるパワハラ防止法において(正式には「労働施策総合推進法」)、パワハラとは、「職場」において行われる「優越的な関係」を背景とした言動であって、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」ものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること、と定義されています。

2 各要素の解説

 パワハラ定義の要素について、「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指すとされ、必ずしもオフィスに限られないというのはセクハラの定義と同様です。

 次に、「優越的な関係」とは、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係をいいます。そのため、上司部下のケースはもちろん該当しますが、それ以外にも部下や同僚のケースであってもこれに該当し得ることになります(例えば業務拒否をされると困る関係性など)。

 そして、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」の解釈が、業務指導の延長線で行われるため、その解釈が難しくなる部分です。通達では「社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの」とされています。ここで、「明らかに」と入っているのがポイントで、ちょっとした業務指導や改善指示で「パワハラだ!」と主張されるケースがありますが、社会通念上「明らかに」必要性がないか「明らかに」やり過ぎではないということであればこの定義に該当しないということになります(もちろん、怒鳴って大声で指導するなどは、「やりすぎ」ということになりますのでご注意ください)。

3 パワハラの多様な段階

 パワハラの定義・類型について整理して概観しましたが、それでも現場で起こっている事象について「パワハラか否か」を判定するのは困難な場合が多くみられます。

 これは、パワハラ概念についても多様な意味合いがあり、各自が持っているイメージが異なるという問題にも起因していると思われますので、下の図のようにまずは多様な段階があることを理解するのが良いでしょう。

画像

 すなわち、判例になるのは、不法行為や場合によれば刑法犯ともなるような、殴る・蹴る・タバコの火を押し付ける・「ウジ虫が」・「死ね」などだれが見てもアウトな言動をしている例が多くみられます。これは、統計的にも明らかで、パワハラに関する労働相談は、8万7000件を超えており(「令和元年度個別労働紛争解決制度の施行状況」)8年連続の圧倒的相談件数第1位です。しかし、裁判となると、労働関連訴訟は毎年3000件程度であり、その中でも解雇・雇止めなどの雇用終了、残業代請求が殆どを占めますから、ハラスメントのみで裁判所に訴えるケースはおそらく数百に満たないレベルと、相談件数に比して非常に少ないことが分かります。

 これは、裁判例のイメージが強烈なパワハラ事案しかないことと、費用対効果の観点で割に合わないことに起因すると思われますが、裁判になる事案かどうかは別として、「懲戒対象となる」事案はもう少し広くなります。また、社内調査の結果、「パワハラかどうか明らかではない」として懲戒処分に付されない事案であったとしてもそのような被害相談が連続して上がってくるような管理職であれば、「管理職としては不適切」という人事評価もあり得るところです。

 したがって、パワハラに対処する会社の姿勢としては、それが懲戒処分の対象にならなかったとしても、管理職として不適切か否かという別の判断軸がありますので、広く情報提供を求める、ということが重要になるわけです。

4結局違法なパワハラとは

 では、改めて、裁判において違法となるパワハラとはどのようなものでしょうか。判断基準としては前記の通り、平均的な労働者から見て、「社会通念上」やり過ぎかどうかです。要は、誰が見てもおかしいと思うかどうかという視点で考えたほうが分かりやすいでしょうか。

 その中でも、違法なパワハラにはいくつかのレベルがあると筆者は捉えています。(1)もはや業務指導とは呼べないレベル、(2)業務指導がやりすぎと評価されるレベルの2段階です。

(1) もはや業務指導ではないレベル

 例えば、身体への暴力が違法なのは当然ですし、「お前が生まれてきたのは間違いだ」、「会社に寄生するウジ虫が」などといった人格否定発言・罵倒・恫喝に達するレベルや事実無根の誹謗中傷も業務指導とは呼べません。

また、単なる悪口、差別的発言、およそ合理性のない指示などもそうなのですが、要は、業務上の必要性が全く無い行為については、業務指導の目的から大きく逸脱した単なる個人的嫌がらせですので、その必要性や相当性を考えるまでもなく、違法と評価されるべきでしょう。

(2) 業務指導の延長線と言えるレベル

評価が難しいのはこのレベルになります。とはいえ、業務指導目的が肯定されるようなケースであったとしても、業務指示における差別的取扱いや衆目の面前でどなる、全員ccに入れてメールする(注意指導するときは会議室で、少数で行うべきでしょう)、長時間(立たせて)説教する、怒鳴る、張り紙をする。就業規則の書き写しをさせる(仙台高判秋田支部H4.12.25)など、いかにも「誰が見てもやりすぎ」な行為はパワハラですし、それが組織的、継続的に行われているとすれば違法と評価されやすくなるでしょう。

ただ、一方で、管理職が意識しなければならないことがもう一つあります。それは、

(3)パワハラに留意した上で通常の業務指導を行うべきことはむしろ管理職の責務である

 ということです。

 つまり、管理職自身が、部下から「パワハラだ!」と言われることを恐れて業務指導が萎縮してはならないのです。管理職の責務は適正な業務指導を行うことなのですから。

 そのため、業務指導はパワハラを恐れずに行うべきなのですが、その際は「冷静に」行うのが絶対条件です。アンガーマネジメントなどとも呼ばれますが、指導目的で「怒る」時は、6秒待って、「あれ、自分はなぜイライラしているんだっけ」と自分に問いかけてから行ってください。「イラッ」としたまま声に発すると、自分でも想像していた以上に声が大きくなり、言葉のチョイスも攻撃的になりがちです。アンガーマネジメントは家庭で子供に注意するときも行われますので、私自身も実践していますが効果があると思います。

特に、仕事であれば、家庭とは異なり、あくまで仕事を継続する上での良好な関係性を構築すればよいので、感情をぶつけるのが目的ではなく、業務指導を行うことが目的であると認識し、自分の心を冷静に落ち着けてから、業務指導を行うように心がけましょう。

5 具体的ケース解説

 パワハラの認定は難しいという話は前述の通りですが、少しでも具体的イメージを持つために、具体的ケースを設定して検討してみたいと思います。

【設例】

A部長は成績がよく、経営層からの覚えもめでたく、将来の役員候補である。怒鳴ったり、声を荒げることは無いが、その分理詰めでとことん詰めてくるタイプだが、次の業務指導においてはどうすれば良かったか。

※部下のBさんは確かに業務遂行能力に問題があり、指導内容自体は正しいという前提。

(1) Bさんが作成したプレゼン資料の出来に納得いかなかったA部長は、資料の120カ所に付箋を貼り、ダメな理由を全て説明し、4時間にわたり、面接指導を行った。

(2) Bさん作成の資料に間違いが多かったので「ダメな例」として部内に共有した。

(3) Bさんが何度も同じミスをするので、「こういうミスには気をつけよう」と注意喚起のメールを全社員に送信した。

(4) Bさんは客先訪問の際に忘れ物が多く、繰り返しているので「ADHDではないか?一度産業医に診て貰ったらどうか?」と発言した。

(5) Bさんの業務遂行能力が改善しないので「ウチの会社には向いていないのでは?」と発言した。

 このケースについて皆さんはどのように思うでしょうか。

(1)については「120箇所は多すぎ!」、「4時間は長すぎ!」という意見がありそうです。しかし一方で、実際に社内研修で設例として出してみると、「120箇所も問題点を指摘するなんて根気強い」、「愛がないとそんなにできない」という意見もありました。確かに4時間は長すぎますので分割して行うべきとして、ここまで問題が多いとすると、そもそもの指示や普段からの教育は正しかったのか?という疑問も湧いてくるところです。120箇所の問題点を指摘できるなら、もう少し早い段階で軌道修正を図ることができたのではないか、とも見れるところなので、当初の指示の出し方、途中段階での関わり方から見直すと良いでしょう。また、4時間は長すぎるかもしれませんが、3時間は?2時間は?1時間半は?と考えると難しくなっていきます。要は、指導事項と指導時間のバランスの問題ではありますが、人間の集中力などを考慮して最長でも90分、できれば45分以内と意識していくべきでしょう。

(2)については、「ダメな例」として社内共有することは確かに本人の尊厳を傷つける行為であり、パワハラとなる可能性もあるでしょう。しかし一方で、重大なミスや陥りがちなミスについては、これを共有し、他の部員も含めてこういったミスをしないように注意喚起する必要はあります。ミスの共有というのは大事な視点です。そのため、個人を特定しない形でのミスの共有方法について検討すべきでしょう。

(3)については、(2)で述べたようにミスの共有をするという意味においては指導としてあり得ることです。しかし、「全社員に」共有する必要があるでしょうか。ミスの共有は必要な範囲内にとどめるべきです。なお、裁判例では、メールにおいて、赤字かつ大きなフォントで「意欲がない。やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の業績を挙げていますよ」というメールを、同じ部署の従業員数十名に対しても同じ内容のメールを送信した件につき慰謝料請求を認めたものもあります(東京高判平17.4.20)。

(4)「ADHD」という言葉は近年メジャーになりつつあります。さすがに、「バカ」、「アホ」などというとパワハラになるというのは浸透していると思われますので、別の言い方で言おうとする例が出てきたのではないでしょうか。筆者のところにもこの種の発言をした社員の懲戒相談事例が出てくるようになりました。さて、この発言がパワハラになるかどうかは前後の状況次第と考えます。例えば、本人の具体的兆候から本気で心配していて、産業医にも事前に相談し、本人にも面接を進めたほうが良いと産業医からアドバイスを受けたうえで言っている発言なのか(パワハラか否かとは別に、管理職としては言い方にはもう少し留意する方がよいのは間違いありませんが)、イライラして突発的に出てしまった発言なのかということです。仮に後者だとすれば、それは精神的な攻撃ということにほかなりませんのでパワハラともいえるでしょう。このように同じ言葉遣いだったとしても、パワハラに該当するか否かは状況によって分かれるところがパワハラ認定の難しいところです。

(5)最後に(5)の「ウチの会社には向いていないのでは?」という発言についても、会社として本人のこれまでの業務遂行状況や評価などを検討した上で退職勧奨を行う場面において行われ、むしろ本人のキャリアを考えた発言の流れということであればパワハラとは評価されないでしょう。一方で、本人に対する叱責をするなかで、会社としての意思決定ではなく、一上司の発言として、感情的に行われた場合にはパワハラとなる可能性もあります。このように、パワハラかどうかを最終的に判断するには、前後の文脈、発言の状況、経緯などを合わせ考える必要があるのです。

以上述べてきたように、ハラスメント問題は小手先の対策で解決するものではなく、従業員一人一人の理解促進、対応の改善という具体的ケースを積み上げ、さらに周囲の従業員の意識も変革することにより、結果的にそれが企業風土となり、そのような文化が継続するように取り組む不断の努力が重要になります。

 その意味で、ハラスメント対応に終わり、という概念はなく、常に改善し続けるべき事柄ではありますが、どのような観点からこれをチェックすべきかという視点でチェックリストを作っておきました。特に重要なのは、部員のちょっとした不満を吸収する仕組みの部分です。ハラスメントとして通報されたり、紛争化する事案というのは概ね、最初は単なる愚痴レベルのものであったが、繰り返されたり、企業が対応を放置することにより状況が悪化するケースがみられます。

 企業としては、いかに小さい火種のうちにこれを摘み取るかということが最重要であり、そのためには人事が常に全社員に目を光らせるというよりも、現場の一人一人の従業員の意識が変革し、相互にハラスメントの無い体制を構築してくことがベストと言えます。

 その意味で、意識改革のための研修などについても、一過性のもので終わらせるのではなく、継続的に行い、また管理職だけではなく一般職も含めて、継続的に行うことにより、人事としては従業員一人一人の対応が少しづつ変わり、これが積み重なって、やがて企業風土・文化が改善・定着していくことを企図すべきでしょう。

 最後に、ハラスメント対応チェックリストを載せておきます。一人一人の行動が少しずつ変わることにより、ハラスメントの無い職場により、生産性を向上させ、働く環境の良い会社を作っていきましょう!

最後に、本当項では書ききれなかったハラスメントQ&Aについては当事務所HPにて無料ダウンロード可能ですのでご参考まで。

https://kkmlaw.jp/qa_for_hr/qa_cat/harassment/

【ハラスメント対応チェックリスト】

・ハラスメントを否定する企業としての方針表明ができているか

・ハラスメント相談窓口は設置され、現場まで周知されているか

・事後の迅速かつ適切な対応を取るための管理職教育は行われているか

・管理職は、ハラスメントの法的意味を理解しているか

・管理職と部員のコミュニケーションは十分とれているか

・部員のちょっとした不満を吸収する仕組みはあるか

・相談後の対応は適切に行われているか

(相談した意味が無かったという事例が相次ぐと逆効果)

・再発防止のための対策はとられているか

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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