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【特別企画】法律×経済クロストークvol.4 ~日本経済再興のために必要なこと~

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

労働法の専門家と経済の専門家による「法律×経済クロストーク」、第4回は日本経済再興のために必要なことについて。

過去記事はこちらです。

Vol.1https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180613-00086440/

Vol.2https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180614-00086442/

Vol.3https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180615-00086443/

倉重: これからの日本経済という視点で、法律・経済政策の両面を考えてみたいんですけど、経済政策っていう意味では今までアベノミクスを含めてどういう手があるか、整理いただけますか

唐鎌:お話した通り、アベノミクスは当初、「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」の「3本の矢」からなる包括的なパッケージとして打ち出されました。しかし、経済政策というのは基本、金融政策・財政政策・構造改革の3つを指すことが殆どですから、アベノミクスで主張されていたことはさほど変わったことではなかったと言えます。しかし、見せ方が上手かったと言えるでしょうね。それも大事です。

 これが一つ一つどうなっているのかを見ていきますと、金融政策はこれ以上できないと。もう限界まで振り切ったと私は思っています。実際、官民問わずそのような論調は増えていますし、「過剰な緩和のコスト」に焦点を当てる時期に来ていると思います。例えば金利をマイナスにして、どういう良いことがあったのか?マイナス金利にしたから多くの人が好む円安になったのかというと、むしろどちらかと言えば円高になりました。私は為替市場で働いていますが、相場動向を決めるのは日本の政策運営ではなく米国の通貨・金融政策です。ゆえに、円の金利をマイナスにしても相場の主導権を握ることはできません。

 また、これだけは強調しておきますが、こうしてマイナス金利政策に後ろ向きの評価を口にすると「それは銀行の人間だからそういうふうに思うのだろ」という批判を受けることがあります。もちろん、銀行業がマイナス金利で厳しくなっているのは間違いありません。しかし、純粋にエコノミストとして、マイナス金利にどのようなポジティブな効果があったのか。良く分からない、というのが率直な感想です。素朴な疑問と言っても良いです。

倉重:投資が増えたじゃないかとかそういう議論が無い、ということですよね。

唐鎌:既にお話したように肝心要の賃金については名目ベースでは若干増えたけれども、実質ベースでは停滞しており、しかもマイナス金利以降で円安が加速したわけでもない。まぁ引き起こしたかったかどうかは別として、ですが。一方、銀行を含めて金融システム全般には明らかに負荷がかかっている。それは政府・日銀も認識している節がある。とすると、「この政策は一体何なのですか?」というのが客観的な評価になるように思います。こうして考えると金融政策についてはもう議論は尽きたと思うのです。むしろ、今の金融政策は「良くて現状維持。場合により緩和程度の縮小」が適切な状況ではないかと感じています。緩和の縮小というとアレルギーを示す向きがありますが、微調整といった程度の話です。

 一方で、積極的に打ち込むのであれば財政政策だと思います。これもいろんな考え方があると思いますが、まず財政政策を巡る大事な論点は、もう皆様もご存じの通り、日本は人が減っているので、予算を沢山つけても執行できるのかという今まで我々があまり経験してこなかった問題があります。なので、今までと同じようなやり方で橋を作るとか道路を作るとか箱物を作るとかっていうのは、それはそれで確実に民間企業にお金は落ちるのですけど、本当にそれが執行できるのかどうかという問題があります。財政を100出したらどれくらい効果が波及していくのか、いわゆる教科書的には乗数効果と呼ばれるものが今は大分落ち込んでいるのではないかという議論があります。

 このような状況に鑑みれば、今までと違うやり方にしないといけないでしょう。具体的にはお金の付け方を工夫しないといけないと感じます。そういうのはどこにつけていくのかといったら、やっぱりいま喫緊問題なのは子育てや教育ですよね。保育所問題を含め子育て環境の充実が必要だということは痛切に感じるところです。その結果として、高齢世代を主たる受益者とする社会保障費などにお金が回らないというのは仕方ないよねという世論を形成していかなければいかないかなと思います。

倉重:いま日本経済が将来的に不安になる最大の理由は人口が減っているっていう話だと思います。「働き方改革だ!」なんていうけれども、じゃあいざ育児と仕事両方やろうと思うとこれほんと大変ですよね。やったことがある人であればお分かりだと思いますが、今の世の中で仕事も育児もやられている親御さんは、ほんと大変な苦労をされて、その中で保育園入れませんって言われたらね、それはもうどうしようもないですよね。

唐鎌:そうですね。なのでここに対してお金を充てていくというのは異論が出にくいと思います。

倉重:もう3歳までは義務保育で国が面倒見ますぐらいのね。

唐鎌:ええ。ただ予算は有限ですから、じゃあ誰に我慢してもらうのっていうと、やっぱり比較的裕福な高齢者層への社会保障支出などから削っていくことになってしまうのかなと。今はサラリーマンの高所得層ばかり狙い撃ちされている印象がありますが、働く人の人口が減っている状況に対して、労働者のモチベーションを下げるような政策ばかり取られるのは望ましくないと思います。ある程度は仕方ないとは思うものの。

倉重:現実に高齢者層が投票率持っているわけですからなかなか難しいですね。

唐鎌:そうですね。ここは投票しない若者が悪い、といういつもの議論になるんですけども。

倉重:若い皆さんは投票に行きましょう!

唐鎌:という話になりますよね。

倉重:あとは構造改革という意味では労働法もそうなんだけれども、社会保障っていうのも非常に大きな問題点でしょうね

唐鎌:そうですね。現状、社会保障関係費は毎年1兆円ずつ増えていると言われています。この状態でいくら増税したり歳出削減をしたりしても、穴の開いたバケツに水を汲むようなものだと思いますので、まずは金融政策、財政政策、構造改革に次ぐ4番目の政策の柱として社会保障改革が必要になっている状況だと理解しています。

倉重:年金にせよ、健康保険制度にせよ、いずれもこの設計されたのは高度経済成長の時代で、若者が多い時代の制度ですよね。人口も未来に向かって増えていくという前提の。現役世代、4人・5人で高齢者1人を見るというイメージで設計されていたと思うので、これは今の人口構造で言えば明らかにどこかで無理がくる訳ですよね。

 そうすると制度そのものを変えざるを得ませんね。例えば「若者の車離れ」だ「○○離れ」だって言われますけれども、じゃあどうしろという話ですよね。そもそも若年者にお金が回っていませんよね。

唐鎌:何度も話に出ていますが実質賃金は伸びていない上に、給料から取られる社会保障関係費はしっかり増えていくという状況が続いています。世代間の不公平感を放置したまま、さらに年功序列のシステムを温存するというのはやはり若年層にとっては厳しすぎると思います。こうした状況なわけですから、先ほど話にありましたように、企業の財布は1個しかないことを踏まえ「頑張っていない人」から「頑張っている人」に所得移転を促すような賃金・雇用体系を作るように環境整備していくことが為政者に求められる観点と思います。

倉重:少なくともいまの年金制度とかだと将来十分貰えないんじゃないかと。そういう不安があったらそりゃ貯め込みますよねっていう話ですよね。社会保障費の天引きは毎年増えているのに文句を言う人も少ない印象です。

 あと、構造改革という意味では、働き方改革というものも政府はいま進めて、象徴的には一ヶ月の残業時間を原則として45時間までに規制するなんていうのも入れるわけで、その中で当然残業の総量というのが決められちゃうので、生産性も向上しなければならないという議論がよくなされています。唐鎌さんは生産性について、どう捉えていますか。

唐鎌:労働生産性に関しては色々な計算の仕方があると思いますが、例えば私が携わるマクロ経済分析の世界においては、分子に実質GDP、いわゆるその国が1年で生み出した付加価値を置いて、分母には雇用者数や労働時間もしくはその両方を乗じた労働投入量を置いて計算したりします。日本のように慢性的に長時間労働をしている、もしくは長時間労働が良い事だという評価軸でやっていくと、分母ばかりが膨らんで労働生産性は落ちる結果となります。もちろん、やった分だけ実質GDPが相応に上がれば良いですが、まぁ現実はそうはならないわけです。少なくとも今までは。

倉重:生産性薄まりますよね

唐鎌:もちろんやればやるほどアウトプット、成果があがるならいいですけども、そういう仕事って少ないですよね。

倉重:成果物というよりも「あいつは夜遅くまでよく頑張っている」っていう話ですよね。

唐鎌:そういった「頑張っている風の人」の実情を今までの雇用制度の中では正確に把握しようとしなかったわけです。もちろん沢山残業している人が本当に頑張っている可能性はあるでしょう。しかし、そういった労働時間という「量」ではなく、どれだけ付加価値(利益)を生んでいるかという「質」で評価していかないと生産性を高めようという試みは表面的なもので終わってしまう恐れがあると思います。もっとも、政府・与党の取り組みもあってこの1~2年でだいぶ意識改革は進んでいるように感じますし、生産性というものが日本で再定義される過渡期にあるように思います。

倉重:生産性ってもともと工場とか生産現場の考え方ですよね。ホワイトカラーで言う生産性ってなんなのよと。「生産性を上げろ!」って精神論で言っても仕方がない訳で。

唐鎌:「生産性を上げるための会議」のようなものが始まってはならないと思うのです。しかし、やはり生産性という概念が凄く曖昧なこともあって、どうしてもその種のアプローチから入ってしまう向きも少なくないのだと思います。皆、手探り状態なのでしょう。

倉重:生産性を上げるための「生産性管理シート」を作るために「生産性管理リスト」を作るみたいなね。余計に手間が増えたりして。そういう話じゃないんだと。あとは働き方改革っていう文脈では労働時間が減って、残業代が減るっていう側面があると思います。頑張って働き方改革を達成すると、何が起こるかというと、手取りが減るわけですよね。このへん統計データで言うとどうでしょうね。

唐鎌:厚労省の発表する『毎月勤労統計』を元にしますと、2017年の現金給与総額の約6%ちょっと、正確には6.2%が所定外給与、いわゆる残業代でした。で、2017年の雇用者報酬が大体274兆円でした。この6.2%が残業代だと仮定すると、ざっくりではありますが約17兆円が残業代ということになります。日本政府は今回の残業規制で大体4~5兆円、残業代が減ると試算していると報じられています。つまり、17兆円のうちの4~5兆円ですから、大体3割ぐらいはカットされるという印象です。

 皆様の手取り総額、残業代含めて見た時に、残業代がいまから30%ぐらい減るっていうイメージになるわけです。

この約4~5兆円がどれくらいの規模なのかと言いますと、2014年の消費増税で雇用者報酬がだいたい3.5兆円減ったという内閣府の試算があります。それゆえ、残業規制はそれより大きいという話になります。要するに、真面目に働き方改革やって残業代規制をやって減る手取りというのは、消費増税並という話になります。それだけで終わるとあまりインセンティブないですよね。

倉重:頑張っている人ほど手取り減るわけですね。消費増税並みのインパクトで。

唐鎌:やはり、現在の「残った人が残った分だけお金がもらえる」というシステムでやっている限り、どうしてもこのジレンマから抜けることができないと思うんですよね。必然的に残業代が生活費に組み込まれてしまうので。

(最終回へ続く)

対談協力 唐鎌大輔氏(みずほ銀行国際為替部チーフマーケット・エコノミスト)

1980年東京都出身。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、JETRO入構、貿易投資白書の執筆などを務める。2006年からは日本経済研究センターへ出向し、日本経済の短期予測などを担当。その後、2007年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、年2回公表されるEU経済見通しの作成などに携わった。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)国際為替部。公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査 ファンダメンタルズ分析部門では1位。2013~2016年同調査では2位。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)。連載にロイター外国為替フォーラム、東洋経済オンラインなど。その他メディア出演多数。所属学会:日本EU学会

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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