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新型コロナの「全数把握」ができない現状 「定点把握」に移行するメリット・デメリットとは

倉原優呼吸器内科医
(写真:イメージマート)

現在、新型コロナの診断を受けた患者情報は全例、都道府県・国に報告されています。医療機関や保健所の「全数把握」の業務負担が大きいことから、これを「定点把握」に移行すべきではないかという意見が出ています。そのメリット・デメリットを解説します。

「全数把握」と「定点把握」の違い

現在、医師は診断した新型コロナの患者情報を届け出る必要があります。政府の情報共有システム「HER-SYS(ハーシス)」に入力する運用ですが、印刷して手書きで書いたものを保健所にFAXで送っている医療機関も多く、保健所は代行入力業務に追われています。

「新型インフルエンザ等感染症」に位置付けられている新型コロナだけでなく、一類感染症から四類感染症までの全てと五類感染症の一部は「全数把握対象疾患」になっています(図1)。

図1. 全数把握対象疾患と定点把握対象疾患(筆者作成)
図1. 全数把握対象疾患と定点把握対象疾患(筆者作成)

他方、軽症者が多い感染症では、全数を数えにいくというのは非常に効率が悪いです。五類感染症のうち、季節性インフルエンザや流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)などは、「定点把握対象疾患」です(図1)。これは、医療機関の中から協力してもらえる定点医療機関を設定し、その施設のみの報告にとどめるということです。個人情報は含めず、人数のみを報告します。ゆえに、発生動向の把握が必要な感染症のうち、患者数が多くて全数を把握する必要がないか、把握できないものがこの対象となります。

さて、新型コロナの感染者数が多いことから、物理的に「全数把握」が難しく、「定点把握」に移行せざるを得ないのではという意見があります(図2)。あるいは、一定のリスクや重症度を有する人だけを拾い上げて報告していく「リスク別把握」もありではないかと考えられます。実際に、五類感染症の水痘は、入院例を全数把握する仕組みになっています。

図2. 「全数把握」とそれ以外の案(筆者作成)
図2. 「全数把握」とそれ以外の案(筆者作成)

「定点把握」のメリット

「全数把握」から「定点把握」に移行することで、保健所と医療機関の業務負担が軽くなります。とはいえ、普段から毎日のように発生届を提出している医療機関が定点医療機関になると、何も業務は軽減しません。季節性インフルエンザとは異なり、「どこを定点医療機関にするか」という議論が重要になります。

思うに、この問題の背景にあるのは、「医療のデジタル化がなかなかすすまないこと」にあると個人的に考えます。カルテは電子化がすすみましたが、医療の公的な部分のデジタル化はなかなかすすんでいません。運用がアナログなので、もう少し現場の目線を取り入れていただきたいところです。

「定点把握」のデメリット

「定点把握」に移行すると、発生動向は分かりますが、感染者数の増減が細かく把握できません。ただ、「細かく把握する必要がそもそもあるのか」というところは議論されるべきでしょう。

現在、保健所が主体となって陽性者の入院調整や健康観察をおこなうよう努力されていますが、「定点把握」の移行によりこの恩恵を受けられなくなる患者さんが増えるため、看過される重症例も出てくるかもしれません。

また、現在感染症法に基づいて外出自粛などをお願いできるのですが、この根拠が消失し、感染対策は行政ではなく国民一人ひとりに委ねられます。社会全体で新型コロナを広げないよう頑張ろうというマインドが根付けばよいですが、「季節性インフルエンザと同等」ということで感染をどんどん広げてしまうと、多くの死者数を出すという本末転倒な結果を生む可能性があります。

よい落としどころを

以前「2類 vs 5類の対立構造を煽るのはよくない」といった趣旨の記事を書きましたが(1)、「全数把握 vs 定点把握」も分かりやすい対立構造ではあるものの、二元論に落とし込む必要はありません。

たとえば、新型コロナの感染者数だけを把握したいのであれば、HER-SYSではなく医療機関等情報支援システム(G-MIS)を転用したり、レセプト(診療報酬明細書)を用いたデータの収集も技術的には可能です。ただ、上述したように日本はその仕組みを導入する「制度のデジタル化」が不十分です。

また、感染者数だけ報告して入院を要する例のみを詳細な届け出対象とし、一定範囲を公費負担で守るといった対応もあってもよいかもしれません。多数の死者を出さないために、高齢者施設や医療機関の検査を重点的に強化する制度を同時並行するなどの案も考えられます。

まとめ

重要なポイントは、「国民の生活と経済を維持しつつ新型コロナによる重症者数・死者数を最少化すること」です。

現在両者はトレードオフの関係にあるため、どこかよい落としどころをさぐる必要があるでしょう。

感染拡大期の現在、「全数把握」の緩和は急務ではありつつも、多方面への調整が必要になることから、これが実現可能かどうかというところも議論を難しくしています。

(参考)

(1) 「5類相当」と「5類感染症」の違いとは 議論の混同を避けて(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20220804-00308562

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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