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加熱式たばこにスイッチする人が増加 「紙巻きたばこより体にやさしい」って本当? 呼吸器内科医が解説

倉原優呼吸器内科医
(写真:アフロ)

5月31日は世界保健機関(WHO)が定める世界禁煙デーです。「紙巻きたばこは身体に悪いから」ということで、加熱式たばこにスイッチする人が増えています。加熱式たばこは、本当に体にやさしいのでしょうか?これについて解説します。

若年層で加熱式たばこが普及

年齢別に見ると、20~40代で加熱式たばこのシェアが大きく、約4割を占めます(図1)。昔から喫煙している高齢者では、加熱式たばこの占める割合は低いですが、若い喫煙者は、加熱式たばこを選びがちのようです。

成人の年齢は18歳に引き下げられても、お酒を飲んだりたばこを吸ったりすることができる年齢は、20歳のままなので注意してください。

図1.使用しているたばこの種類:年齢層別(参考資料1より全体を100%として再算出)
図1.使用しているたばこの種類:年齢層別(参考資料1より全体を100%として再算出)

加熱式たばこを使い始める理由としては、「ニオイが少ないから」が63.1%で最多で、続いて「周囲の人への害が少ないから」(50.5%)、「紙巻たばこより害が少ないから」(42.1%)、「煙が少ないから」(41.9%)といった理由が多いです(図2)。

図2. 加熱式たばこを使い始める理由(参考資料2より引用[頻度順に並び替え])
図2. 加熱式たばこを使い始める理由(参考資料2より引用[頻度順に並び替え])

当院にも、「紙巻きたばこから加熱式たばこへスイッチした」と言う患者さんがいますが、確かにニオイは減っている印象です。服などに染み付いたニオイが目立たなくなるからでしょう。

しかし、「周囲の人への害が少ない」と「紙巻きたばこより害が少ない」については、まだよく分かっていません。

「周囲の人への害が少ない」は本当か?

加熱式たばこは、副流煙が少ないことから、受動喫煙の健康被害が少ないと言われてきました。

しかし、東北大学大学院歯学研究科の研究によると、加熱式たばこによる受動喫煙への曝露は急速に増加し、その割合は3年間で約2.5倍になったことが示されています(図3)(3,4)。

図3. 性別ごとの加熱式たばこによる受動喫煙への曝露経験割合の推移(参考資料3より引用)
図3. 性別ごとの加熱式たばこによる受動喫煙への曝露経験割合の推移(参考資料3より引用)

このデータを見て、周囲の人への害が少ないとは言いがたいですね。

「紙巻きたばこより害が少ない」は本当か?

加熱式たばこを吸うと、体や肺の中で炎症が起こります(5,6)。異物が入ってくると、身体もそれを排除しようと頑張るわけですから、当然です。

さらに、加熱式たばこを6か月吸うと、紙巻きたばこと同様に肺胞が壊れて肺気腫になっていく現象が、マウスの研究で示されています(7,8)。

肺気腫というのは、肺胞が壊れてダルンダルンの風船のようになってしまう現象です。これによって発症する病気を慢性閉塞性肺疾患(COPD)といいます。

COPDを発症すると、歩くときに息切れを感じます。壊れた肺を元に戻して根治させることはできないため、息苦しさなどをやわらげる治療法が主体となります。

■参考記事:新型コロナの死亡率を約2倍にする「たばこ病」 コロナ禍こそ禁煙を(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20210531-00239230

紙巻きたばこが複数のがんのリスクであることは、この数十年のデータで分かってきました。もしがんのリスクだと分かっていたら、バブル経済期にあれほどたばこを吸う人はいなかったかもしれません。

加熱式たばこに含まれている化学物質を長期間体内に吸い込む行為が、将来どのような病気を引き起こすのかまだ十分に分かっていません。実は加熱式たばこが「あの病気のリスクだった」と後に判明する可能性もあります。

確かに、加熱式たばこと紙巻きたばこの成分を比較して、加熱式たばこで低減している化学物質があるのも事実です。ただ、それが過大解釈されて、「加熱式たばこのほうがやさしい」という謳い文句で広く喫煙がすすめられることは、リスクコミュニケーションの観点から看過できません

呼吸器内科医からすると、「ケーキを食べると太るから大福にしよう」というダイエットのロジックとあまり変わらず、紙巻きたばこから移行する案には賛成しがたいです。

まとめ

「害の少ないもののほうがまだマシ」というハームリダクションという観点から、加熱式たばこにスイッチする人が多いですが、これについては残念ながらまだ十分なデータがありません。

現時点で言えることは、呼吸器内科医としては、「そもそも余計なものをデリケートな肺に吸わせないでほしい」ということです。

肺は、粘膜むき出しの繊細な臓器なのです。紙巻きたばこであろうと加熱式たばこであろうと、とにかく異物を肺に吸わせないのが正解です。

(参考資料)

(1) 国民健康・栄養調査(URL:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kenkou_eiyou_chousa.html

(2) 厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業) 特別研究報告書. 加熱式たばこ使用者を対象としたインターネット調査(定量調査). (URL:https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2018/182031/201809001A_upload/201809001A0014.pdf

(3) 加熱式たばこによる受動喫煙への曝露が急激に増加 約10%の人がほぼ毎日曝露され、曝露リスクには教育歴による格差が存在(URL:https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/04/press20220414-02-tobacco.html

(4) Tamada Y, et al. Nicotine Tob Res. 2022 Mar 21;ntac074.

(5) Sawa M, et al. Biochem Biophys Res Commun. 2022 Jun 25;610:43-48.

(6) Bhat T, et al. Nicotine Tob Res. 2021 Jun 8;23(7):1160-1167.

(7) 大学院研究について:慢性閉塞性肺疾患(COPD)研究(URL:https://www.juntendo.ac.jp/hospital/clinic/kokyukinaika/guidance/copd.html

(8) Nitta (Arano) N, et al. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2022 May 1;322(5):L699-L711.

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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