ひきこもり経験者に聞いた 自宅から出られない環境での生存戦略

自宅環境が安全であり、関係性に安心できることが必要(写真:アフロ)

多くの人が自宅で過ごす時間が長くなるなかで、さまざまな不安が出てきているころかもしれません。これまで自由に外出ができる環境が一変し、不要不急の用事以外で外出せず、自分や家族、周囲のひとたちを守ろうとしておられるのではないかと思います。

認定NPO法人育て上げネットでは、これまで数か月から数年間自宅や自室から外出することができないでいた若者が、社会参加や働く、働き続けるために支援プログラムを活用しています。

そこに至る背景や経緯はさまざまですが、「自宅から外出したくでもできない」状況に対して自己責任やバッシングは過去からありますが、いまの状況においてはひきこもり経験者の日常生活から私たちが学べることもあるのではないかと思います。

今回は、ひきこもり経験のある育て上げネットの職員に話を聞きました。

過去のひきこもり経験について教えてください。

きっかけは中学3年生のときの転校です。都内の中学から、地方の中学に突然学校が変わりました。生徒数が数倍になり、非行傾向のある生徒が結構いて戸惑いました。

これまでの友だちと卒業するものとばかり思っていたのに、ゼロベースで友だちを作らなければならならず。何とか努力してみたのですが、うまくいきませんでした。両親の再婚も2年前と近く、思春期とあわさって「親の都合でこんな目にあったのに学校なんか行ってられない」と思ったんです。

不登校になってすぐフリースクールに通ってみたものの、結局、すぐに友だちを作れるわけでもなく、ひきこもる生活になりました。

ひきこもっていた環境はどんなものでしたか。

自宅には自分の部屋がありました。両親とも働いていたので、日中は自宅でひとりでしたね。

よく昼夜逆転の話があるのですが、生活の乱れは特になかった。

母親が毎朝起こしに来るんですよ。いつ学校に行けることになるかわからないので、生活サイクルだけは乱さないようにと。朝食と夕食は家族で食べて、昼食も用意してくれていました。朝は両親が仕事に行くのを見送って、そこからはずっと暇でした。

中学3年生という時期、その状況で何を考えていたんですか。

毎日、「今日はこれから何をしようか」と思ってました。そもそも友だちもいないし、当時は携帯電話もなかったので、とにかくひとりぼっちです。

そんな退屈な毎日をどう過ごしていたんでしょうか。

テレビをつけっぱなしにして、漫画を読むか、ゲームをしてました。当時はサクラ大戦やファイナルファンタジーをしていた気がします。ただ、やりたかったというよりも、あまりにやることがない、友だちもいない。コミュニケーションを取りたくても話す相手がいないんです。時間を進めるために手っ取り早い方法がそれだったんです。

そのなかでも特に苦しかったのが親と自分が抱える世間体です。親からは「みんなが学校に行っている時間に、あなたが自宅にいるのが恥ずかしい」と言われました。自分もそれが嫌でした。

そのため、自宅にひとりでいるときはカーテンを閉め、電気もつけないようにしていました。電話にも出ず、宅配便の受け取りもしません。いかに自分がいないか、生存していないことにできるかに必死でした。電気をつけるのはみんなが自宅に明かりを灯し始める19:00くらいにしていました。

中学生だったので考えも浅はかですが、日中は暗くて、夜は電気がつくことで、ここの家の子どもは学校にちゃんと通っているんだなと思ってもらえると思ってました。ずっとつまんなくて、つらかったです。

隠れるような生活のなか、楽しみはまったくなかった。

当時、海外のプロレスにはまっていて、衛星放送で観てました。詳しくは忘れましたけど、確か、月曜日と水曜日に放送があったんですね。それが唯一の楽しみで、放送日に今日が何曜日かを確認するような。土日もほっとしましたね。みんなが自宅にいてもおかしくない日でしたから。

漫画やゲーム以外にもしていたことはありますか。

筋トレしてました。することがないというのもあるんですけど、ずっと自宅にいると運動しないので病気になってしまわないように。お金もないですし、健康維持にできることは筋トくらいかなと。

それと自分がひきこもってからしばらくして、両親が犬を飼い始めたんです。そこで僕が犬の散歩を任されるようになりました。役割ができて、外出する理由ができて、人間よりも犬とかかわっている時間の方が長かった。犬の散歩という定期的な役割はありがたかったです。

中学を卒業した後も自宅から出られなかった。

いえ、高校に進学しました。ちゃんと3年間通って卒業しました。ただ、卒業後にまたひきこもりました。中学の頃と比べて状況は悪くなりました。

悪くなったと言うと。

中学生の頃は、申し訳ない気持ちはあまりなかったんです。そもそも引っ越しは自分で選んだわけではなく、親への反発心もありました。ただ、高校を卒業していると、進学やアルバイトなど選択肢が生まれます。その選択肢がある状態がとても苦しかった。

働くことも、勉強することも許された年齢なのに、自宅からは出られない。前よりももっと存在を消す努力をしていました。極力外出はしない。外出するにしても必要最低限に、誰に見られてもいいように夜間だけ。

家族のことも聞きたいのですけど、両親の理解はあったんですか。

難しいですね。自宅から追い出されることはなかったですし、ご飯も作ってくれていました。ただ、プレッシャーは常にかけられていました。

父親は無口なタイプなんですが、早く動きだせ。働けばいいと都度言われてしまう。求人誌をポンと渡されたりしても、何も言い返すことができないんです。

母親からも、勤め先にはあなたと同じくらいの若い子がアルバイトを頑張っているんだからと。かなりきつかったのは、母親が自分の職場で一緒に働けるようにかけあってあげると言われたときです。働くどころか外出もできないところで、母親と同じ職場で働くなんてできるわけないと。

そういうプレッシャーがあると、食事もひとりで食べるようになりませんか。

ここ(育て上げネット)に来る若者は、家族と食卓を囲むこともなくなっていることが多いですね。でも、僕は家族と食事していました。食事をしているときは、外出や働くことのプレッシャーになるような話は出ませんでした。

両親の配慮なのか、ご飯が美味しくなくなるからなのかはわかりませんが、食卓がノープレッシャーだったのは、唯一のコミュニケーションに近い家族との関係が切れなかったという意味で、いま振り返ると感謝ですね。

高校は通っていたけれど、友だちはできなかったんですか。

高校に友だちはいましたよ。高校卒業してひきこもっている期間は、ときどき、友だちが遊びに誘ってくれたので、行くこともありました。カラオケやボーリングなどしてました。息抜きになりましたね。

ずっと生存していることを隠しているような生活でしたので、酸素を吸いに水面に一瞬顔を出せる感じです。それでも楽しかったわけではありません。みんな進学していたり、アルバイトをしていたりするので、通学する場所、やること、お金を持っている。そのなかの自由な時間に混ぜてもらっている後ろめたさはずっとありました。

それに期末考査があるとか、バイト先の上司がうざいとか、そういう話に入れないんです。だから心から楽しめない。でも、すごくありがたかった。自分からは声をかけられるような環境ではないですから、遊びに行こうと連絡をくれるのは救いでした。

自宅から出られない環境で、生存を隠すように暮らすなかで、大切にしていたことはありますか。

そうですね、大きく四つあります。ひとつは、楽しみの時間を作ること。僕の場合はプロレス番組だったのですが、月曜日と水曜日を楽しみにすることで、精神的な安定の基盤がプロレス番組を軸に作れました。

ふたつめは、生活サイクルを崩さないこと。母親のおかげですが、毎朝決まった時間に起きて食事をする。ゲームや漫画、筋トレなどしかしてませんが、夜はちゃんと寝ることができました。

役割があったというのがみっつめです。僕の場合は犬の散歩ですが、家族の誰かがやらないといけない役割を自分が担っている。それが家族の一員としての意味のようなものでした。

あとひとつ、無害なというか、安全なコミュニケーションが大きかったです。食事のときは、両親からプレッシャーになる言葉はなかったので、ご飯の時間はスムーズに家族と会えました。母親がおしゃべり好きで、ドラマやバラエティーの話、職場の愚痴などを話すんでですけど、自分が直接かかわることじゃないので、安心して話に加われました。

最後に言い残したことはありますか。

実は当時ことはあまり覚えてないんです。毎日時計の針をいかに進めるかを考えていましたし、誰からも何も言われたくないので冠婚葬祭や家族行事は回避していました。夏休みも冬休みもなく、友だちがいないのでイベントもありません。

一日がとても長く、明日も明後日もスケジュールがないつらさは、なかなか言葉にしづらいです。生活サイクルが崩れなかったのはよかったですが、自分でイベントを作ることもできなかったので。

その意味で、いまのような状況でも自分からオンラインで話そうとか、飲み会しようとと声をかけられるひとの存在は大きく、支援者として毎日若者とコミュニケーションをこちらから取るようにしています。つながるとみんな不安とか楽しさとか話してくれますよ。

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自宅で長く過ごす時間が増え、外出も最低限になるなかで、ひきこもり経験者はどのように近い環境下で生活をしていたのか。あくまでも個人のインタビューであるため、誰にでも当てはまる日常の過ごし方にはならないかもしれない。その一方で、経験者の言葉や実践からは学ぶことがあり、引き続き、ひきこもり経験のある若者に話を聞いていきたい。

※本記事は個人の経験談をベースにしてるものです。下記に精神科医の齋藤環先生が、ひきこもりがちな生活における留意点をまとめられていますので、こちらを貼付いたします。