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本気を出すのは若者なの?

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
地域若者サポートステーション

一年が終わろうとするときになって、結構、重い話が現場から挙がってきました。全国160ヶ所に設置されている主に無業の若者を対象にした厚生労働省設置の「地域若者サポートステーション」の新しい広報ツールが配布され、その内容に現場が混乱をしています。

地域若者サポートステーション(愛称:「サポステ」)では、働くことに悩みを抱えている15歳~39歳までの若者に対し、キャリア・コンサルタントなどによる専門的な相談、コミュニケーション訓練などによるステップアップ、協力企業への職場体験などにより、就労に向けた支援を行っています。

出典:厚生労働省

新しい広報ツールの顔は、芸能人でも、俳優・女優でもなく、「大黒シズオさん」です。大黒シズオさんとは、「俺はまだ本気出してないだけ」という漫画の主人公です。先に伝えておきますが、私はこの漫画が大好きで、マンガHONZという漫画のレビューサイトでも過去にレビューをあげ、本当にたくさんの方に読んでいただき、また、購入くださった方々からもポジティブな感想をいただいています。漫画の内容については下記レビューを参考にしていただければと思います。

マンガHONZ

孤立する未婚無業者160万人。中年の止まりかけた時計の針を動かすのはひとのぬくもりだった。『俺はまだ本気出してないだけ』

サポステ全体の広報はコンペで選ばれた広告代理店等が行っており、160ヶ所のサポステ関係者は直接内容や文言にタッチしていないはずです。各箇所はそれぞれにサイトやチラシを制作し、広報に努めています。

今回、漫画の主人公をテーマに作られた広報ツールとして、特設ウェブサイト動画サイト、そしてポスターやシールなどが作られています。

さまざまな困難や課題を抱え、サポステに来る若者に対して、現場の支援者は少しでも貢献できるよう活動をしています。彼らが戸惑ったのは、コンセプトになっている言葉です。

「キミはまだ本気出してないだけ。」

キャッチコピーを考えたひとがどんな気持ちでいたのかはわかりませんが、公設民営の支援機関ですが、来所された若者を”本気度”で見ることはありません。また、このような表現は物事を個人に矮小化し、自己責任論と結びつけられやすく、そのような意図がないとしても、通常は使用しません。ベネフィットが少なく、対象者を傷つけたり、社会全体に誤解を広げるリスクが大きいからです。

本気を出すのは若者なのでしょうか?

一昨日の会議や、昨日の納会で、サポステを含む支援現場のスタッフやマネジメントとさまざまな議論をしました。結論は簡単で、本気を出す主体は私たち若者に関わらせていただく側であり、もっと言えば、社会の側です。日本において、「若者」が政策の対象となったのは2000年に入ってからであり、そもそも若者が困る側、再分配で支える側として認識されてきませんでした。行政の部課局名をみていただければ、その名所に「若者」という言葉が入っているのは稀で、入っていても2000年代以降に新設された数少ない貴重な部課局だと思います。

地域若者サポートステーションでは、多くの志ある支援者が、困難や課題、悩みや不安を抱えた若者のために動きます。至らないことや、ニーズにこらえきれないこともあるかもしれません。それでも、少しでも役に立ちたいと思うからこそ、若者支援というマイナーな分野に身を投じています。また、今回の受託業者のキャッチコピーが現場を戸惑わせていますが、サポステにかかわる行政、NPO、企業等はみな若者の側を向いて活動していますので、ぜひ、お近くのサポステをご利用ください!

ちなみに、当漫画の主人公「大黒シズオさん」は、無意識、無自覚的に多くのひとたちを支えています。自殺未遂をした同級生、更生施設から出て来た青年、実の娘の人生など、”本気を出してない”中年の話として展開されていきますが、ひとの優しさや思いやり、誰かが誰かの役に立つといった、大切なものを考えさせてくれる漫画です。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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