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日銀のフォワードガイダンスの変遷、異常なものからやっと普通のものに

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が第96回アカデミー賞で、長編アニメーション映画賞を受賞した。宮崎駿監督作品のアカデミー賞受賞は、2003年の「千と千尋の神隠し」以来、2度目となる。

 その「千と千尋の神隠し」には「海原電鉄」というどこか懐かしい鉄道が出てくる。千尋はハクを助けるため、釜爺にもらった海原電鉄の切符を使い銭婆の元へ向かうのだが、切符を渡す際に釜爺が「昔は戻りの電車があったが、近頃は行きっぱなしだ」と言っていた。

 鉄道は上下線があるのが当然で、行き先までいったら返ってくるのが普通である。これは中央銀行の金融政策も当然そうである。

 中央銀行の金融政策には緩和だけでなく、引き締めもある。その時々の経済や物価情勢に応じて、金利を引き上げたり引き下げたりして、物価の安定を目指すのが中央銀行の本来の役割であったはずである。

 ところが海原電鉄のごとく、日銀の金融政策は「昔は戻りの電車があったが、近頃は行きっぱなしだ」となってしまっていた。

 今年1月23日の金融政策決定会合の公表文の最後に「必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」とある。

 2015年までの公表文では、「経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行う」とあった。ところが2016年に入り、1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入したときは下記の表現に変わる。

 公表文には、「量」・「質」・「金利」の3つの次元で、追加的な金融緩和措置を講じるとあり、緩和方向にしか向かなくなったような表現となった。

 ただし、同年9月に「金融緩和強化のための新しい枠組み:長短金利操作付き量的・質的金融緩和」、つまりイールドカーブコントロールを決めた際には、「今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う」とあり、中立に戻したのかともみせられる表現にいったん修正された。

 この文面は2019年6月の決定会合まで続いたのだが、7月の会合の公表文から下記に修正された。

 「経済・物価・金融情勢を踏まえ、物価安定の目標に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。特に、海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」

 そして2020年7月からは下記のように変化していた。

 「当面、新型コロナウイルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる。」

 「当面」、「新型コロナウイルス感染症」との単語がはいっていることで、臨時対応かとも思えるものとなり、当時は違和感はなかったように思われた。

 ところが、2023年5月8日に新型コロナウイルスの感染法上の分類が季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げられたことを受け、6月の金融政策決定会合の公表文は下記に修正された。

 「引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる。」

 「当面」、「新型コロナウイルス感染症」という単語がなくなったことで、完全に「行きっぱなし」の金融緩和策となってしまったかのような表現が残ってしまったのである。

 これが異常であることは、すでに2022年4月が全国消費者物価指数(除く生鮮)が前年比で2%を超えていたことからもわかる。

 日銀が物価目標としていた2%を超え続けていたにもかかわらず、「必要があれば躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」という片道切符の表現をそれ以降、あらためてこなかったのである。

 そして、今年の3月19日、日銀はやって正常化に向けて一歩踏み出した。植田総裁は「普通の金融政策」とコメント。その結果、フォワードガイダンスは「短期金利の操作を主たる政策手段として、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営する」という、普通のものとなったのである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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