12日に発表された米国の4月の消費者物価指数は前年同月比4.2%の上昇となり、市場予想の3.6%上昇をも上回り、2008年以来の大幅な伸び率となった。変動の大きい食品とエネルギーを除くコアCPIは前年同月比で3%の上昇に。これを受け、米債は売られ、米10年債利回りは1.7%に接近した。

 昨年4月のコロナ禍による景気落ち込みや原油価格の急落などの反動もあるが、潜在的に物価には上昇圧力が掛かっている。

 原油先物価格は、コロナ禍における原油需要の後退などから昨年4月に一時マイナスとなるなど異常な価格形成となっていたが、その後落ち着きを取り戻してきた。新型コロナウイルスのワクチン接種により、感染拡大にブレーキが掛かり、世界経済の正常化が意識され、原油需要の急激な回復も意識され、一時70ドル近くまで上昇してきた。原油価格は前年比で昨年の水準を上回りつつあり、これは消費者物価指数の前年比での押し上げ要因となる。

 食料品の価格が世界的に上昇してきており、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)からの景気回復期待と極めて緩和的な金融政策を背景に石油や銅、銀、アルミニウム、木材そして穀物などの商品価格も上昇しつつある。半導体の価格なども上昇している。今後は経済の正常化も踏まえ、物価が次第に上昇してくるであろうことは容易に予想できる。

 カナダ銀行(中央銀行)のシェンブリ副総裁は3月11日、国民が新型コロナウイルス流行期間中に増やした貯蓄を使って消費し始めれば、経済成長に「大きく影響」する可能性があると述べた。金利上昇ペースが加速する可能性があることを示唆した(3月12日付ロイター)。つまりコロナ禍後、経済が正常化に向かえば、政府の財政支援策などで個人に向かった資金が、貯蓄から切り崩されて、消費が活性化し、景気に影響することで、物価には上昇要因となる。

 物価上昇による中央銀行の利上げの動きは、新興国ですでに始まっている。ブラジル中央銀行はインフレ率が目標水準を上回っていることから、3月17日に約6年ぶりとなる利上げを決定した。そして、ロシア中央銀行も「需要の急速な回復とインフレ圧力の高まりにより、中立的な金融政策への回帰が求められている」として3月19日に2018年12月以来、2年3か月ぶりの利上げを行った。

 新型コロナウイルスの感染拡大とそれを防止するためのロックダウンや緊急事態宣言による景気への影響を緩和するため、中央銀行はさらなる金融緩和策を講じた。そして、各国政府も大胆な経済対策を講じたことなどから、資金が株式市場だけでなく、ポケモンカードや野球カードなどに向けられていたのである。根拠なき熱狂が資産価格を不当につり上げた。一時、金(ゴールド)の価格が上昇したり、その後、銀や銅の価格が上昇したりしていた。さらに裏付け資産のないピットコインまでもが急騰していた。

 コロナ禍にあって米国の代表的な株価指数であるダウ平均やナスダック、S&P500種は過去最高値を更新し続けた。欧州株式市場でもドイツ株などが過去最高値を更新し、日経平均株価も30年ぶりの水準に戻した。この株の動きは、1980年台後半の日本バブル当時と酷似している。そのバブルがピークとなったのが1989年の年末にかけてであった。

 1980年代後半、円高対応のために利下げを進めた日銀は、景気が回復に転じた後も当日の政策金利である公定歩合を当日の最低水準である2.5%を維持し続けた。これが1980年台後半の地価や株価のバブルを生む大きな要因になった。

 1987年10月19日月曜日にニューヨーク証券取引所が発端の世界的株価大暴落が起きた。いわゆるブラックマンデーである。当時の澄田智日銀総裁は2000年の日経新聞の取材で、これで利上げの機を逃したと認めた。

 「1989年に入り、このような(資産バブルの)状態をこれ以上、放置できないと感じるようになった。三重野副総裁に相談したところ『(金利引き上げを)急ぐべきです』という意見だった」(当日の日銀総裁、澄田智氏の日経新聞「私の履歴書」より)。

 しかし、日銀の利上げはすぐには実現しなかった。1989年4月に消費税が導入されていたためである。消費税導入の効果をもう少し見極めたいとして、利上げをためらった。

 日銀が利上げを決めたのは1989年の5月30日である。この利上げをきっかけに債券市場は下落基調に転じた。10月と12月にも日銀は公定歩合を連続して引き上げ、完全に引き締め基調となっていた。しかし、東京株式市場はそれを無視して年末まで上がり続け、1989年12月の大納会の引け値、38915円が過去最高値として記録され、その後、株価は急落しバブルが崩壊したのである。

 バブル崩壊の事例としては、2000年末あたりからのITバブルの崩壊もある。1995年に米マイクロソフトのウインドウズ95が発売され、ブラウザ・ソフトのネットスケープが新規公開を果たした。このあたりからインターネット株ブームが始まった。1998年から1999年にかけては、ベンチャーの創業資金や株式への投資資金の調達が容易であったことなどを受け、IT関連企業の株価は急速に上昇。その後も過度な投資が行われたことから、IT関連企業の株価は急騰し、バブルへと発展していったのである。

  2000年の春以降、IT関連企業の収益に改善の兆しがみられなかったことなどから、IT関連企業に対する期待は急速に縮小した。1999年6月から2000年5月にかけて、FRBは政策金利を4.75%から 6.5%へと引き上げていた。このFRBの利上げも重なったことから、株価は急速に下落し、ITバブルは崩壊したのである。

 2002年に元FRB議長のグリーンスパン氏は「バブルは崩壊して、初めてバブルと分かる」という言葉を残している。これは2000年における米国のITバブルの崩壊をみてのものであった。

 米国の中央銀行のトップであっても、バブル発生を認識するのは大変難しい。しかも、グリーンスパン元議長は「マエストロ(巨匠)」とも称され、その卓越した政策運営の手腕が高く評価されていた。

 ところが議長として在任中にITバブルが発生した。グリーンスパン氏は1996年の講演で、米国株式の上昇に対し、「根拠なき熱狂が資産価格を不当につり上げている」とリスクを指摘したものの、ITバブル発生を防ぐことはできなかった。 

 今回も当時と同様に米国株式市場では、アマゾンやフェイスブック、アップル、そして電気自動車のテスラなどのなどのIT関連株、ハイテク株が株価を引き上げていた。

 日本の1980年台後半のバブルと米国の1990年台後半のITバブルについては、様相は異なるようにみえながら似ている箇所も多い。

 日本のバブルは株式や不動産、ゴルフの会員権などが買い進まれ、米国のITバブルはインターネット関連株ならば何でも買われ、根拠なき熱狂が資産価格を不当につり上げていた。そして、それぞれのバブルの崩壊のきっかけが金利の上昇であった。

 日本のバブル崩壊と米国のITバブルの崩壊は、中央銀行の利上げがきっかけとなっていた。しかし、両方のバブル期の物価そのものは落ち着いていた。「一般物価はずっと落ちついていた。そういうときに公定歩合を上げて、これは景気に水を差すことになる」と三重野元日銀総裁も回顧録で述べている。

 現在の物価水準も落ち着いている。むしろ、日本では消費者物価指数がマイナスになるなど極めて低い水準にある。

 日銀の黒田総裁は3月5日の衆議院財務金融委員会における説明で、感染症の影響は、経済・物価への下押し圧力として、長期間継続すると予想されると述べた。

 3月11日のECB理事会後の会見でラガルド総裁は物価について、低調な賃金上昇圧力や過去のユーロ高を反映し、(物価上昇の)圧力は総じて抑制されると予想されると述べていた。

 1980年台後半の日本のバブルと2000年の米国のITバブルのそれぞれの膨張は、中央銀行の利上げが遅れたことも一因となった。そしてやや矛盾するようではあるが、その崩壊のきっかけには利上げが影響していた。いまのところ米国などでの利上げ観測が強まっているわけではない。しかし、市場は先を読んで動く。

 米国の物価に連動する国債の取引で市場が予想する今後の物価上昇率が計算できるのだが、それによる米国の予想物価上昇率は5月10日に一時2.7327%と、2008年のピークを上回って2006年以来の高水準を付けた。米長期金利は1.7%台に上昇したあと、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大でいったんピークアウトし1.5%割れとなる場面もあった。しかし、4月の米消費者物価指数を受けてあらためて1.7%に接近した。

 あらためて物価と長期金利の動向に注意を払うべきと思われる。