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欧米の中央銀行の態度が変わった理由とは

久保田博幸金融アナリスト

9月17日から18日にかけて開催されたFOMCでは、予想されたテーパリング(tapering)、つまり量的緩和策の縮小開始を見送った。

5月22日にバーナンキ議長は上下両院合同経済委員会の証言を行ったあとの会見で、「状況改善の継続を確認し、持続可能と確信できれば、今後数回の会合で資産買い入れを縮小することは可能だ」と発言した。この日には4月30日~5月1日に開催されたFOMC議事要旨も発表されたが、複数の議員が、早ければ6月にも資産購入を減額したいとの意向を示していたことが明らかになった。

6月19日のFOMC後の会見で、バーナンキFRB議長は、雇用などの経済情勢が見通しどおりに改善すれば、今年後半に緩和策を縮小するのが適当と見ていると述べ、一定のペースで規模を縮小し、失業率が7%程度に下がっていくことを目安に、来年半ばにかけて緩和策を終了するという見通しを示した。

市場では最近のFRBの政策変更決定は、議長会見があるFOMCにおいて行われている事例から9月のFOMCでのテーパリング開始との見方が次第に強まっていった。しかし、そのテーパリングの開始は9月のFOMCでは見送られたのである。18日のバーナンキ議長の会見では、景気は量的緩和縮小の根拠になるほど強くないことや過去数か月間の金融市場の逼迫が景気拡大を鈍化させるとの懸念とともに、財政問題の悪化が金融市場に打撃を与える可能性が指摘されていた。

ECBのドラギ総裁は7月4日の定例理事会後の記者会見で、「理事会はECBの主要金利が長期間にわたり、現行水準もしくはそれを下回る水準になると予想する」と発言した。これまでECBは、金利に関して予断を持たず、形式上は事前に将来の金融政策についてコミットしないという方針を貫いてきたが、その方針を変更してきた。つまりこちらもフォワード・ガイダンスを取り入れた政策に移行しつつある。

8月7日のインフレ・レポートの公表の際に初めての記者会見に臨んだイングランド銀行のカーニー総裁は、7.8%(6月分)と高止まりしている失業率が7%になるまでは、過去最低の水準である年0.5%の政策金利を維持する方針を示した。イングランド銀行は失業率の見通しについて2016年の後半まで7%を上回ると予想していることから、この予想通りとなれば今回の方針は3年後まで現在の低金利政策を維持することを示唆した格好となる。つまりこれがフォワード・ガイダンス(時間軸政策)の具体的な数値目標となった。

ECBとイングランド銀行のフォワード・ガイダンスの導入は、軸足を量的緩和政策から時間軸政策に移すことで、非伝統的手段から伝統的手段に戻すことが目的とみられる。ただし、非伝統的手段を完全に封じ込めたわけではない。たとえば、カーニー総裁は必要となれば、資産購入プログラムの規模をさらに拡大する準備があると表明し、失業率が数値基準に達するまでMPCは資産購入の規模を縮小しない意向だとも語っている。また、カーニー総裁は日本が過去に早すぎる緩和解除を行った誤りを英国が繰り返さないことが重要だとも指摘していた。

興味深いことに、今年の米国ワイオミング州ジャクソンホールで開催されるカンザスシティ連銀主催のシンポジウムには、バーナンキ議長たけでなく、フォワード・ガイダンスを取り入れたばかりのECBのドラギ総裁もイングランド銀行のカーニー総裁も揃って出席しなかった。

9月15日にはサマーズ元米財務長官がFRB次期議長の指名を辞退した。サマーズ氏はタカ派ともいえることで、次期議長となれば早期の利上げもありうるとの見方も強かった。

19日にセントルイス連銀のブラード総裁は今回の決定が非常に僅差の決断だったことを明らかにし、このため10月にも量的緩和の縮小を始める可能性があるとの認識を示した。カンザスシティー連銀のジョージ総裁はFOMCへの市場の信頼の維持と政策の予測可能性が難しくなったと指摘、ニューヨーク連銀のダドリー総裁は、米経済はなお非常に緩和的な金融政策の支えを必要としていると指摘した。ダラス地区連銀のフィッシャー総裁からは、FRBの信認は著しく傷ついたとの指摘もあった。24日にニューヨーク連銀のダドリー総裁はCNBCのインタビューで、景気動向がFOMCの6月の予想と一致していれば、年内に緩和縮小を開始する可能性は高いと言明。議長は資産購入ペースを9月に緩めるとは一言も言っていなかった。年内のある時期と言っただけだとも発言していた。

さらにECBのドラギ総裁が低金利維持に必要ならば新たな長期リファイナンスオペを検討すると発言。ECB理事会メンバーのノボトニー・オーストリア中銀総裁は新たなLTROが必要かどうかを協議すると発言し、クーレECB理事は、(新たなLTROの)協議の可能性は開かれていると語った。

24日にはイングランド銀行のMPCメンバーであるデービッド・マイルズ委員が、早急な金融引き締めを考えるのは見当違いだと語った。さらに25日にはマイルズ委員も英紙で、早めの利上げが必要だと考えるのは見当違いだと指摘している。ただし、カーニー総裁は27日付の地方紙のインタビュー記事で、債券買い入れの追加実施の必要性は認められないと述べていた。

FRBが、というよりもバーナンキ議長がテーパリング開始を今回決められなかったのは、雇用情勢等の足下の景気動向を確認してのものとの見方がある。それとともにオバマ大統領が、FRB議長の後任に指名しようとしたサマーズ氏が自ら辞退し、シリア問題においても自らの主張を覆せざるを得なくなり、急速に求心力を失いつつあり、このような状況下、新年度入りを前にして予算も成立せず、債務上限の引き上げもかなり困難を極めることも予想され、テーパリングの時期を先延ばしせざるを得なかったのではないかとの見方も出ている。

しかし、FOMCメンバーだけでなく、ECBやBOEの政策決定を行うメンバーからも出口政策を遠ざけようとさせる発言が出てきていることが気になる。バーナンキ議長だけでなく、ドラギ総裁やカーニー総裁は欧州の信用危機が収まりつつあり、異常な金融緩和政策からの脱却、いわば出口を探る方向に舵を取ろうとしたところ、ハト派による抵抗が強まり、いったん舵にかけた手を離したようにみえる。この理由はいったい何なのか。それを探るためには、もう少し関係者のコメントも吟味する必要がある。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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