イングランド銀行のフォワード・ガイダンス
7月1日にイングランド銀行のキング総裁の後任として就任したカナダ人のカーニー総裁は、新総裁就任に尽力した「オズボーン財務相の意向」もあり、フォワード・ガイダンスの導入に向けた動きを示していた。
7月4日のカーニー総裁として初のMPCでは、全員一致で政策の現状維持を決めた。今年に入ってからのMPCでは、キング前総裁が量的緩和の枠拡大を提案するものの、多数派の委員がそれを退けるという状況が続いていたが、この際にはマイルズ委員とフィッシャー委員も前月まで続けた購入枠拡大の主張を取り下げた。さらに7月31日・8月1日に開催される次回会合では、インフレ・レポートと同時に、何らかのフォワード・ガイダンスを導入すると示唆した。
8月7日のインフレ・レポートの公表の際に初めての記者会見に臨んだカーニー総裁は、7.8%(6月分)と高止まりしている失業率が7%になるまでは、過去最低の水準である年0.5%の政策金利を維持する方針を示した。イングランド銀行は失業率の見通しについて2016年の後半まで7%を上回ると予想していることから、この予想通りとなれば今回の方針は3年後まで現在の低金利政策を維持することを示唆した格好となる。つまりこれがフォワード・ガイダンス(時間軸政策)の具体的な数値目標となった。
ただし、これにはいくつかの条件がある。そのひとつはインフレ率が18~24か月以内に2%の目標を0.5ポイント上回りそうだとMPCが判断した場合、ふたつ目は中期的なインフレ期待が「もはや十分に抑制されない」とMPCが見なした場合も三つ目は、現行の政策姿勢が「金融安定に著しい脅威」となるとの判断を英中銀の金融行政委員会(FPC)が下す場合である(ブルームバーグの記事を参考)。
これによりイングランド銀行は軸足を量的緩和政策から時間軸政策に移した格好となり、非伝統的手段から伝統的手段に軸足戻すことで世界的なリスク後退を印象づけた格好となろう。ただし、非伝統的手段を完全に封じ込めたわけではない。カーニー総裁は必要となれば、資産購入プログラムの規模をさらに拡大する準備があると表明し、失業率が数値基準に達するまでMPCは資産購入の規模を縮小しない意向だとも語っている。新たなバズーカ砲はいったん武器庫にしまい、現状の武装のまま前線を長期間維持することを表明した格好か。
また、カーニー総裁は8日に、日本が過去に早すぎる緩和解除を行った誤りを英国が繰り返さないことが重要だ、と指摘した(ロイター)。これは2000年のゼロ金利政策の解除を示すのか、2006年の量的緩和政策の解除を示すのか、それとも両方を示すのかはわからないが、とりかく政策金利の引き上げは急がない姿勢を日銀のことを引き合いに出してアピールした。
イングランド銀行がフォワード・ガイダンスの数値目標を失業率に置いたことで、その政策方針はデュアルマンデードを採用したFRBの政策に歩調を合わせた格好となる。FRBは米失業率が6.5%を上回り、向こう1~2年のインフレ率が2.5%以下にとどまると予想される限り、政策金利を低水準にとどめる、というフォワード・ガイダンスをすでに採用している。ECBもフォワード・ガイダンスに軸足を移しつつあり、これが欧米中銀のスタンダードとなってきている。指摘するまでもなく、日銀はこれらの動きからは完全に取り残されている。