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非正規雇用に「10%以上」の賃上げを! 2024年の春闘は歴史的な大転換へ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 インフレーションが加速する中で、早くも来年の「春闘」に向けて非正規雇用の賃上げが焦点化されつつある。

 今年の春闘は、「30年ぶり高水準」「満額回答続出」などと景気の良い言葉が並んだが、実質賃金は18か月連続マイナスを記録しており、非正規雇用で働く労働者や中小企業で働く労働者の賃上げをどう実現するかが課題として浮かび上がってきている。

 先月6日には、経団連の十倉会長が会見で、来年の春闘では、非正規雇用労働者への賃上げの広がりも重要になるとの認識を示している。経団連の会長が非正規雇用労働者の賃上げに言及するのは異例のことだ。

 さらに、本日4日、非正規春闘実行委員会が、厚生労働省で記者会見を開き、非正規雇用労働者にかかわる2024年の春闘方針を発表した。

非正規春闘実行委員会は、労働組合の全国組織であるナショナルセンター(現在、日本には連合・全労連・全労協の三つがある)の潮流を超えて、非正規労働者を組織する各地のユニオン・労組等(現時点で20団体)が協力して、非正規労働者の賃上げを目指す運動団体だ。物価高騰をうけて、今年の春闘の時期に緊急始動し、24春闘から本格始動するという。

 昨年、同団体の取り組みによって、これまで大手企業の正規雇用労働者に限られてきた「春闘」が、一人でも、どんな企業で働いていても参加できるように間口が広げられた。もちろん、企業別労組が存在する職場であっても、非正規雇用が別途、「非正規春闘実行委員会」の枠組みから交渉を行うこともできる。端的に言って、同春闘には「誰でも」参加できるのだ。

参考:非正規が33社に「一斉に賃上げ」を要求 「非正規春闘」の背景とは?

 同団体の記者会見によると、来年の非正規春闘の要求方針は、「10%以上」の賃上げ(ベースアップ)とし、23年の「一律10%」を上回る水準で決まった。長引く物価高騰による実質賃金の低下や、上場企業等の業績好調を踏まえ、いっそうの賃上げを目指すという。

 また、正規・非正規の均等待遇や全国一律最低賃金1500円の実現も求める方針だ。来年1月に春闘を開始し、1月から2月にかけて経営側に要求書を提出。回答次第では、3月以降、ストライキを構えて賃上げを求める方針だ。

 来年の非正規春闘では、労働組合のない職場(組合があっても機能していない職場も含めて)で働く人にも、春闘交渉への参加が呼びかけられ、今年を上回る規模での開催が見込まれている。

「今の賃金では生活できない」「仕事と賃金が見合っていない」という声

 非正規春闘には、女性、外国人労働者、学生、高齢者、障害者など様々な立場の非正規雇用労働者が参加している。業種をとっても、飲食・小売・コールセンター・私学・学習塾・語学学校・出版・製造・運送・介護など多様だ。非正規春闘実行委員会を構成するユニオンが組織する労働者たちも、「あらゆる業種」の職場に及んでいる

 非正規春闘に参加する動機や理由は、大まかには以下の三つに大別できるという。

  1. 「今の賃金では生活できない」
  2. 「仕事と賃金が見合っていない」
  3. 「賃金が適切に支払われていない」

①「今の賃金では生活できない」というのは、賃金水準の絶対的な低さを示している。たとえば、最低賃金の全国平均は1004円だが、時給1004円ではフルタイムで働いても総支給額で19万円にしかならない。手取りでは15~16万円だ。これでは単身でも生活がままならない。そこにインフレが直撃し、賃上げが切実の要求となっているのだ。

②「仕事と賃金が見合っていない」という相談も多い。サービス業などを中心に、大多数が非正規雇用労働者という職場が増えている。こうした会社では、非正規雇用労働者が職場の中心的な戦力になっている。シフト作成や、新人教育、クレーム対応、在庫管理まで担う職責の重いパート・アルバイト従業員も少なくない。

 重要な職務・職責を担っていたり、経験や技能を要する仕事を担っていたりするのに、時給は最低賃金よりわずかに高い程度では、「仕事と賃金が見合っていない」と感じるのも、もっともだろう。自分たちの仕事・職責に見合った賃金を実現するために非正規春闘に参加している人も多いという

 賃上げの以前に、③「賃金が適切に支払われていない」という非正規雇用労働者も少なくない。着替え時間に賃金が支払われないケースや、賃金が15分単位で切り捨てられている(法律では1分単位で賃金を計算して支払う必要があるとされている)ケース、休憩が取れていないのに取れたものとして1時間分が引かれているなど、法律が定める賃金の全額払いに違反している会社が後を絶たない。

 賃金の全額支払いを求める際に、そもそもの低賃金も改善したいと、賃上げ交渉を始める人もいるという。

 では、非正規雇用労働者による賃上げ交渉はどのような結果となっているのだろうか。

一人が声を上げることで大企業全体の賃上げが実現するケースも

 今年緊急始動した非正規春闘では、36社と交渉して約半数の16社で賃上げが実現したという。残り半数についても、すぐには成果が出なかったものの、24年の春闘に向けて賃上げ交渉の準備をしている。

 賃上げが実現したケースの中には、たった一人や数人が声を上げたことで数千人の単位で非正規労働者の賃上げが実現した例もある。

 その一例としてABCマートでの春闘交渉の経緯と結果について紹介しよう。

 ABCマートにはもともと労働組合はなかった。約5千人いるパート従業員の時給は地域によって異なるが平均すれば1000円程度。非正規春闘に参加したパート従業員Aさん(40代・女性)は千葉県内の店舗で勤務しており、時給は1030円だった。

 Aさんが非正規春闘に参加したきっかけは、時給の引き下げだった。昨年末に時給の査定方法が変更となり、今年1月の賃金から時給が20円下がってしまったのだ。他にも時給が下がってしまったパート従業員が多数いたため、個人加盟できる労働組合・総合サポートユニオン に相談したのだという。相談の中で、物価高騰を踏まえて、賃下げの撤回だけでなく賃上げも求めようという話になり、今年2月にABCマートに賃下げ撤回と10%賃上げを求めて非正規春闘の団体交渉を申し入れた。

 会社側は、申し入れから間もなく賃下げは撤回したものの、賃上げ要求については団体交渉の場で拒否したという。そこで、Aさんはユニオンを通じてストライキを実施したところ、マスコミやSNSなどで情報が広く拡散された。

「非正規春闘実行委員会」提供 街頭宣伝の様子
「非正規春闘実行委員会」提供 街頭宣伝の様子

 すると、その後の団体交渉では会社側から5%賃上げの提示があったという。さらに3回目の団体交渉の直前には再びストライキ予告を行って交渉に臨んだところ、6%賃上げの回答を得て妥結している。

 ABCマートだけではない。総合スーパーのベイシアでは、大学生のアルバイト(20代)が個人でユニオンに加入し交渉して、9千人のアルバイト従業員の5.44%賃上げを勝ち取っている。

 スシローでも、全国4店舗から学生アルバイト、主婦パート、留学生のアルバイトなどが個人加盟労組の「回転寿司ユニオン」に加入し、非正規春闘を展開。都内の店舗では200円の時給アップ(約17%アップ)を勝ち取り、地方でも50円程度の時給アップを実現したという。

誰でも一人でも始められる非正規春闘

 繰り返しになるが、非正規春闘の特徴は、「誰でも一人でも始められる」ことにある。春闘は日本の賃金決定のもっとも重要な仕組みであるが、これまでは、労働組合のない職場で働く人(組合があっても機能していない職場で働く人も含め)には、春闘に参加する回路がなかったのである。

 そのため、日本の労働組合は重要な役割を果たしているにもかかわらず、「大企業正社員クラブ」といった批判を世間から受け続けてきたのだ。

 2024年の非正規春闘によって、地域とナショナルセンターの垣根を越えつつ、労組未加入のすべての人に開かれた春闘が整備されていくとすれば、これは「歴史的な大転換」といっても決して過言ではない。

 非正規春闘実行委員会は、ホームページ上に労働相談フォームを設けて、非正規春闘への参加や労働相談を呼びかけている。相談は全国各地のユニオン(個人加盟できる労働組合)が対応し、賃上げに関する相談や、賃金不払いに関する相談(着替え時間の賃金が支払われていない、賃金が15分単位で切り捨てられているなど)を受け付けている。

 また、12月9日(土)には、「春闘賃上げ相談ホットライン」を開催する予定だという。職場に労働組合のない労働者などを対象に、賃上げや賃金不払いに関する相談を集中的に受け付けるという。

 日本の賃金引き上げは長い間停滞し、日本経済の衰退の要因ともなってきた。特に非正規雇用はデフレ経済の最大の温床とも言ってよい。「春闘」がすべての労働者に開かれることで、社会全体の活力が取り戻されていくことを期待したい。

無料労働相談窓口

春闘賃上げ相談ホットライン

日時:12月9日(土)15時~20時

番号:(主)0120-333-774 (副)03-5395-5359 <相談無料・秘密厳守>

主催:非正規春闘実行委員会

非正規春闘実行委員会の労働相談フォーム

NPO法人POSSE  https://www.npoposse.jp/

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業被害対策弁護団 

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団 

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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