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労災の死傷者数が「過去20年で最多」に 増加の背景と対処法を紹介する

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 5月23日、厚生労働省は2022年1月から12月までの労働災害の発生状況を公表した。この統計は、厚生労働省が毎年今の時期に発表しているものだ。

 これによれば、2022年の労働災害による死亡者数は昨年より4人減ったものの774人だ(新型コロナウイルス感染以外)。1日に2人以上も労働災害で亡くなっている計算になる。また、労働災害による死傷者数(休業4日以上)は、1,769人増の132,355人で、過去20年で最多となった(新型コロナウイルス感染を除く)。

 実は、労働災害による死傷者数の増加は今年に限ったことではなく、2009年から10年以上も続く傾向だ。下記のグラフを見ればわかるように、労災の死傷者数は2009年から2022年までに約2万7千人も増加しており、事態は深刻である。

出所:厚生労働省「2022年 労働災害発生状況」
出所:厚生労働省「2022年 労働災害発生状況」

 この記事ではこうした労働災害が増加の背景を探るとともに、労災への対処法について紹介していきたい。

高齢労働者の労働災害が急増し、全体の約3割に

 労災が過去20年ほどの間に増え続けている大きな要因の一つが、高齢者の労働災害だ。

 総務省が『労働力調査』から作成した次のグラフを見ていただきたい。近年、高齢労働者の就業率が高くなり、現在では60代後半でも半数以上が、70代前半でも3割以上の人が就労していることがわかる。

 また、厚労省が作成した下表では、2022年の段階では60歳以上の高齢者が雇用者全体に占める割合が18.4%であるのに対して、労災による死傷者数(休業4日以上の労働災害にあった人)の28.7%を占めるに至っており、高齢者の労災の急増が、労災全体の増加の原因であることが良くわかる。

出展:厚生労働省「2022年 高齢労働者の労働災害発生状況」
出展:厚生労働省「2022年 高齢労働者の労働災害発生状況」

 さらに、業種別でみていくと、社会福祉施設、小売業、飲食業では、いずれの業種でも3割くらいが転倒による災害となっており、高齢労働者の増加が労災件数の増加につながっていると見られる。特に社会福祉施設は2017年と比較して2022年は46.3%増と著しい。

立場の弱い外国人や派遣社員などの労災の割合が高い

 次に、外国人労働者や派遣労働者の労災の発生率は、全労働者の平均より高いことも注目される。1年間に1000人の労働者当たり死傷災害が何件発生したかを示す割合を「死傷年千人率」といい、今年の全労働者の労災の死傷年千人率は2.32となっている。

 これに対し、2022年の派遣労働者の死傷年千人率は3.70で、外国人労働者では、身分に基づく在留資格(定住者や永住者など)が3.58、技能実習生が3.79、特定活動が3.41となっており、労働災害に遭う確率が高くなっている。

 派遣労働者や外国人労働者の労災発生率が高いのは、企業がこうした立場の労働者の安全を軽視しているからだろう。彼らは「低賃金の労働者」として、企業のコストカットの要員とされることが多い。そのため、安全対策にまで「コストカット」が及んでいる場合が多いことが推察される。

 派遣労働者や外国人労働者は現場主力としての役割を与えられながら、安全教育が不十分にしか行われなかったり、安全を守る法律が守られない環境で働かされる場合(機械など生産用具の安全装置がない、保護具が与えられない)も多いのだ。

労災に遭ってしまったときに心がけるべきこと

 ここまでは、高齢者や派遣労働者、外国人労働者が特に労働災害に注意しなければならない実態を見てきた。ここからは、実際に労働災害にあってしまった場合の対応方法のポイントについて紹介していこう。

ポイント1 企業には労災の損害賠償責任がある

 労働災害が発生した場合、治療費や休業補償、後遺症に対する補償など、労働者が受ける損害に対する賠償責任を企業は負うことになる。治療費や休業補償など損害の一部は労災保険から給付されるが、それでも足りない慰謝料などの損害は企業が労働者に支払わなければならない。

参考:自動車事故に例えて考える「労働災害」

 しかし、企業によっては労災保険の申請を妨害する場合もある(なお、「労災隠し」は犯罪である)。また、労働災害保険でカバーされていない民事上の賠償責任は、労働者側が民事的に訴えを起こさなければ会社側が率先して支払う義務はない。

 会社で立場の弱い立場にある労働者が、労災隠しを行う企業で労災をしたり、本来うけとるべき損害賠償を請求するのは非常に困難だ。しかも、労働災害が多発している高齢者、外国人、派遣労働者は一般の労働者に比べても立場が弱く、ますます労災隠しに遭ったり、損害賠償を請求しずらい現実がある。

ポイント2 労災に遭ったら必ず会社に報告し、病院に行く

 労災保険すら簡単に使わせてくれない会社で労災に遭ったとき、まずすべきことは、労災の事実を会社に報告すること、そして病院に行くことの2つだ。

 労災の事実を会社に報告することが重要なのは、労働災害が実際に職場で起きたことを会社に現認させるためだ。会社に労災について言いにくいから、あるいは一人でいるときに労災が起きてしまったなどの理由で会社に労災の事実を報告していない場合、会社がのちに労災の事実を否定し、労災があったこと証明することができなくなってしまったり、経緯が不明であるとして損害賠償を拒否される場合があるのだ。

 病院にすぐ行った方が良いのも労災の証拠を残すためだ。災害から何日もたった後に病院に行ったのでは、怪我の経緯が記録されず、労災であると認められなくなってしまう場合がある。

ポイント3 すぐに専門家に相談する

 会社が労災保険を使わせてくれない、労災保険は使えたが損害賠償がないなど、困ったことがあった時には、すぐに個人で加入できる労働組合やNPO法人など労働の専門家に相談したほうがよいだろう(末尾も参考に)。

 労働災害はのちに大きな後遺症が残り、一生を左右する事態に発展することも多いので軽く考えないことが重要だ。

ポイント4 労災に遭った友人や同僚のサポートを

 大きな労災事故の場合、災害に遭った本人はショックで動けなかったり、立場の弱さゆえに適切な対処ができないことがある。そのため、労災においては、まわりの人間のサポートが極めて重要になる。

 同僚や友人が労災に遭ってしまったら、証拠を残したり、専門家に相談したりといった手助けをしてあげるとよいだろう。NPO法人POSSEに寄せられた労働相談の事例でも、労災当日の現場の様子をスマホで友人が撮影していたことが決め手になり会社とのトラブルが回避できた例を紹介しておこう。

 金属加工工場で働くAさんは、高熱の溶剤に脚をつけてしまい大やけどを負ってしまった。その時、ちょうど近くにいた同僚がすぐに気が付き救急車を呼び、Aさんは病院に運ばれた。同僚は救急車を呼ぶだけでなく、労働災害直後の写真や現場の様子を写真に残し、後にAさんに渡してくれた。同僚はこの工場で「労災隠し」が起きていることを知っていて、証拠のために残してくれたのだ。

 Aさんは労災問題に取り組む労災ユニオンに相談・加盟し、この写真を証拠に会社に損害賠償と安全対策をとることを求めて会社と交渉を進めている。

ポイント5 経営者の労災対策が急務

 労働安全衛生法は、労働者の安全を守るために様々な危険を回避する措置をとることを事業者に義務付けている。この間の労働災害の増加はその義務が適切に守られていないことの結果であると考えられる。

 たとえば、この間の労災増加の大きな要因となっている高齢者の増加に対する対策をとることは急務である。身体機能の低下に合わせた対策が必要となるのだ。そうした危険回避措置を取らなければ、使用者側の安全配慮義務違反になってしまう。

 実際に、高齢者の加齢に伴う身体的・精神的機能の低下は思っているよりも大きい。下の図は55~59歳と20~24歳ないし最高期を100とした場合どの程度諸機能が低下しているのかを図にしたものだが、「視力」(63)、「聴力」(44)、「平衡機能」(48)、「夜勤後体重回復」(27)などとなっている。

出展:中央労働災害防止協会『高年齢労働者の活躍促進のための安全衛生対策』
出展:中央労働災害防止協会『高年齢労働者の活躍促進のための安全衛生対策』

おわりに

 日本の労働市場においては、非正規労働者、高齢者、外国人労働者が増加し続けている。このまま対策が進まなければ、ますます労働災害が増加することが予測される。労働災害をなくしていくためにも、経営者側の対策の強化が急務である。

 同時に、労働者が適切に権利を行使することで、自らの被害の回復だけではなく、労働災害の防止を使用者に促すことにもつながる。さらに、周囲の同僚の行動も、労災隠しを防ぎ、労災の防止を促進することになるだろう。

 被害に遭った労働者は、ぜひあきらめずに権利行使をしてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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