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年収300万円でも自己破産? 奨学金のベストな対処法を弁護士が解説

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 「非正規雇用なので返還できない。うつになり自殺未遂を繰り返した。」「何度も何度も毎日催促の電話が鳴る。辛い。」「保証人に借金が回るのを避けるには、死んでチャラにするしかない」「『滞納した場合、職場に電話するか直接伺う』と脅された」…

 これらは全て、公的な奨学金制度である日本学生支援機構から奨学金を借りた若者たちの、リアルな叫びである。

 いま、奨学金を苦に自殺を考える若者が急増している。日本学生支援機構の奨学金は、その多くが単なる借金だ。生活費も学費も奨学金によって賄う必要がある場合、借り入れ総額は時に700万円、800万円にのぼる。

 一方で「失われた30年」の間に非正規雇用が増え、近年ではコロナ禍での雇用悪化や物価高が窮状に追い討ちをかけている。それにより、奨学金返済の見通しが立たずに自殺まで考えてしまう20代、30代が増え続けているのだ。

 学びたくて進学した若者が、そのために「自殺」にまで追いやられてしまう。そのような不合理は、一体なぜ起こるのだろうか。そうした状況を改善するには、何が必要なのか。本稿では、奨学金返済に苦しむ若者の深刻な実態を紹介しつつ、「奨学金問題対策全国会議」の岩重弁護士へのインタビューを元に、奨学金が返せなくなったときの対処法について考える。

入口は奨学金、出口は金融

 日本の奨学金制度は、専門家の間でたびたび「入口は奨学金、出口は金融」と形容されてきた。将来のわからない18歳に、ほぼ無条件で多額の奨学金を貸し付けるという意味では「奨学金」の性格を有している。その一方で、返済するという段になると、個々人の事情を考慮せず過酷な取り立てが行われるという意味で、「金融ビジネス」の性格があらわになるというのだ。

 民間の債権回収業者に委託されている取り立ては「奨学金」という福祉的な制度とは思えないほどに厳しい。延滞すると延滞金が発生し、3ヶ月目には信用情報に延滞情報が登録され「ブラックリスト」に載ることになる。そして、滞納が10ヶ月を過ぎると法的措置に移行する。奨学金制度を運営する日本学生支援機構(J A S S O)は近年取り立てを強化しており、05年に454件だった裁判所への申し立て件数は16年には9106件まで増加した。実に1日あたり25人が裁判で訴えられている計算となる。

働いても返済できない若者たち

 低賃金や病気で返済できる見込みはない。自分が使える救済制度もない。2022年にNPO法人POSSEが、奨学金返済中の若者およそ3000人を対象に実施したアンケートからは、そんな悲惨な現実が浮き彫りになった。以下は、実際にアンケートに寄せられた声の抜粋だ(個人情報を守る観点から、一部表現を変更している)。

現在、奨学金の返済金額がまかなえないため、週7で働いており休みがありません。普段の平日の仕事に加えて、土日にバイトや業務委託、個人での仕事などなんでもやっておりますが、休みがないため、家事もまともにできません。身体の疲れもとれません。自分が死んでもほかの誰かに迷惑かからないなら、死んだ方がましかもしれないと思い詰めることもあります。(30代、正社員、年収100〜200万円、借入額500万円台)

借金があるという事実が重荷になり精神的に追い詰められた結果自殺未遂を起こした。(30代、アルバイト、年収0〜100万円、借入額300万円台)

大学卒業後就職し、最初の会社で精神を病んでしまい半年ほどで退職。奨学金の返済が始まっていた為、その後は精神病を抱えながらフリーターを続けるもうまくいかず、数ヶ月の滞納。お金の事で悩み自殺未遂を二度決行、失敗。何とかしてお金を作るために性風俗店へ勤務していた期間もあった。終わりの見えない返済に何のために働き生きているかもわからない。(20代、正社員、年収300〜400万円、借入額400万円台)

 元来、奨学金制度は「大学に就職すれば、正社員として安定した職につける」という前提のもとで成立していた。しかし制度の足元では、非正規雇用や「ブラック企業」の増加により、大卒・専門学校卒であっても安定した職につけない「ワーキングプア」が増えている。彼ら・彼女らの多くは、生活費を賄うのもやっとの低賃金や不安定な労働環境により、容易に返済困難な状況に陥ってしまう。

 それにも関わらず、救済措置は非常に限定的だ。日本学生支援機構は、返済が困難な状況にある者に対して、①返還免除 ②返還猶予 ③減額返還 ④所得連動型返還 という4つの「救済制度」を設けている。しかし返還免除が適用されるのは本人が死亡した時、あるいは労働力を喪失した時のみであり、返還猶予は、通算10年を越えてしまえば、どんなに経済的に返済が困難な状況であっても返還の再開を求められる上に返済額の総額は変わらない。

家族を人質に取られ、「死」を考える

 それに加え、自己破産すれば保証人である家族に請求が行ってしまう…そんな中で、若者たちの頭を「自殺」という選択肢がよぎる。以下のような回答からは、保証人制度が自己破産を難しくさせている実態が明らかになる。

自己破産をすれば連帯保証人や保証人に借金がいくのでできない。自殺を考えた。(30代、正社員、年収200〜300万円、借入額400万円台)

大学在学中からうつ病を患っており、なんとか卒業したものの職にありつけていません。自己破産すべきところなのですが、奨学金の保証人が母と叔母になっており、簡単に自己破産できる状態ではなく、完全に行き詰まっています。もう自殺を考えるレベルまできています。(30代、借入額800万円台)

 奨学金を借りる際は、原則家族の中から保証人を2人立てることが求められる。保証人は保証義務を負っているため、借り手が自己破産をすると保証人に請求がいく。家族を破産に巻き込むのは避けたいと思い詰めてしまい、自殺を考えてしまうのだ。

 いわば、家族を人質に取られたような状態である。返済できる経済的状況にはない。かといって救済制度も使えず、自己破産して家族に債務が回るのも避けたい…八方塞がりに見えるこの状況を打開する手立ては、あるのだろうか。

自己破産とは?

 長年、奨学金返済に困る人の支援を続ける「奨学金問題対策全国会議」事務局長の岩重弁護士は「今ある中でベストに近い救済制度は、自己破産です」と語る。

 自己破産とは、端的に言えば、どうしても返せない債務を抱えている場合に、裁判所の手続きを経て借金を「帳消し」にできる制度だ。

 破産とは、債務者(お金を借りた人)の持っている財産をお金にかえて、債権者(お金を貸した人)に公平に配分し生産する裁判所の手続きのことを指す。個人の自己破産は、その人の収入と資産ですべての債務を返済できない状態が続く「支払不能」の場合に利用することができ、「免債許可決定」を受けると、税金等一定の債務を除き、支払いを免れる。

 よくある誤解で、自己破産すると選挙権を失ってしまう、住民票や戸籍謄本に破産の事実が記載されてしまうといったものがあるが、そのようなことはない。また、99万円以下の現金、生活に欠かせない家財道具、年金など差押えが禁止された財産などは、保有が認められる。法律上は、家族に影響が及ぶこともない。

自己破産は「市民の権利」

 岩重弁護士は、自己破産制度は「市民の権利」だと強調する。

「自己破産をすると大変なことになってしまうという誤った認識を持っている人が多い。自己破産とは、経済生活の再生の機会を確保するための市民の権利です。誰にでも普通に暮らしていける権利があって、そのための手段が自己破産なのです」

 そもそも、自己破産の制度は、サラ金による一家心中や自殺が増大し、自殺者数が戦後最悪を更新した1980年代に、サラ金問題に取り組む弁護士や被害当事者の闘いによって、誰もが使える「権利」として整えられてきたという歴史がある。

 小島庸平『サラ金の歴史」(中公新書)によると、当時自己破産をするという選択肢は一般的でなかったことに加え、破産宣告を受けるには5万円〜50万円の予納金を裁判所に支払う必要があった。当時サラ金問題を最前線で訴えていた「サラ金問題研究会」の弁護士たちは「破産、免責手続きを認めなければ、債務者は自殺か犯罪に走るしかなくなる」との危機感のもと、破産を権利として確立するために、予納金の減額を求める訴訟や『自分でできる破産』という小冊子の作成に奔走した。

 その甲斐あって、「人生の再出発のための手段」として、勇気を持って自己破産に踏み出す債務者が徐々に現れるようになり、破産件数は80年代後半から増加していった。自己破産制度の一般社会への浸透は、このような「サラ金問題」を闘った先人たちの苦闘の結果とも言えるのだ。

「保証人制度」により自己破産を諦める人は

 「自己破産」が新たな人生をスタートさせるための「権利」であると岩重弁護士は語る。とはいえ、上記のアンケートへの解答にもあったように、保証人に債務が移ることを懸念して自己破産を諦めてしまう若者も多い。保証人への影響が理由で自己破産をためらっている人は、どのように債務に対処すれば良いのだろうか。

 岩重弁護士は、「悩んでいても解決できないことなので、早めに自己破産をして、保証人にも直接相談に来てもらうことが、解決の近道」と話す。

「保証人に請求がいくのは、その人が保証人になった以上、もう仕方のないことなんですね。放っておいたら延滞金が増えていくだけだから、とにかく早く対処することが重要です。保証人には支払い困難なのであれば、保証人も自己破産をすればいい。また、延滞金や利息のかからない『長期分割返済』という手段もあります。生活が破綻しないようなやり方はいろいろと用意されています」

 保証人に迷惑をかけられない、と考え、自己破産の選択肢を最初から除外してしまう人が多い。しかし、返済できずに延滞してしまえば、最終的には保証人に請求がいく額は膨れ上がってしまい、迷惑が大きくなってしまう可能性もあるのだという。早めに自己破産するのが、保証人に対する「迷惑」を最小限に留める最善の方法だと割り切ってしまう思い切りが反って重要だということだ。

自己破産しやすい制度作りを

 現時点で、奨学金を返せず自殺を考えるほど悩んでいる人がいれば、自己破産を視野に入れつつ、迷わず弁護士などの専門家に相談してほしい。

 その一方で、保証人に債務が移る今の奨学金制度の上では、保証人制度によって、借り手の自己破産の権利が大きく制限されているのもまた事実だ。

 今後の制度改善の方向性として、岩重弁護士は「保証人制度をなくし機関保証へと一本化し、返せなくなった場合に自己破産をしやすくすることが必要でしょう」と指摘する。

一人で悩まず、専門家に相談を

 本記事では、本来なら若者の学びを支援する制度であるはずの奨学金が、若者の自殺未遂を引き起こしているという深刻な実態と、返せる見込みのない債務への対処法として「自己破産制度」を活用する方法を紹介してきた。

 奨学金返済をめぐっては「自分で借りたのだから、自己責任」「救済は不要」という意見も耳にする。しかし、学ぶために多額の債務を抱え、返済できずに死を考える若者が続出するようなことがあってよいのだろうか。

 1月28日(土)には、長年奨学金問題に取り組んできた弁護士が講師となり、奨学金返済の対処法を考える無料のセミナーが代々木で開催されるという(オンライン配信あり)。セミナーでは、本稿でもインタビューに協力してくれた岩重弁護士が奨学金を返せなくなった時の対処法について詳しく解説することに加え、調査・相談を通じて奨学金制度の改善に取り組む「奨学金帳消しプロジェクト」のメンバーとともに、ワークショップ形式で奨学金制度をどのように改善していけるのか考える場が設けられる。

参考:【1/28(土)14:00-】セミナー「その奨学金、本当に返す必要ありますか? 弁護士が教える減額・猶予・債務整理の方法」を開催します

 また、上記以外にもさまざまな団体が奨学金問題の相談を受け付けている。一人で悩む前に、まずは専門家への相談を検討してほしい。きっと解決の方向性が見えてくるはずだ。

奨学金返済に関する無料相談窓口

NPO法人POSSE

TEL:03-6693-5156(受付時間:火木18:00-21:00 / 土日祝13:00-17:00)

メール相談可

*筆者が代表を務めるNPO法人です。日本学生支援機構の返済猶予手続きの支援や、弁護士と連携した債務整理の支援などを行っています。

奨学金対策全国会議

*奨学金問題に取り組む全国の支援団体のネットワークです。地方各地の相談窓口もHPから探せます。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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