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「まったく同じ職場」でまた過労死 遺族の怒りを招いたNHKの驚くべき対応とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 今年9月上旬、NHKの首都圏放送センターに所属して、東京都庁の取材を担当していた40代の男性管理職が3年前の2019年10月に亡くなり、その後労災と認定されていたことが明らかになった。

 東京オリンピックや参院選などの取材を行っていた男性の亡くなる前5ヶ月間の残業時間は過労死ラインの月80時間を超える月平均92時間だったようだ(毎日新聞9月2日)。そして、男性が労災認定されたことを受けて、NHK経営委員会は執行部に再発防止策に関して報告するよう求めたという(朝日新聞9月14日)。

 報道にもあるように、NHKで過労死だと明らかになっているのは少なくともこれで二度目である。2013年7月に、当時31歳の佐戸未和記者がうっ血性心不全により死亡し、翌2014年5月に労災と認定されている。選挙取材などを担当していた佐戸記者は亡くなる直前一ヶ月に159時間の残業に従事しており、過労死ラインの倍近い時間外労働を強いられた。

 実は、今回明らかになった管理職の男性と佐戸記者はどちらも全く同じ職場で働き過労死に追いやられた。そもそも、NHKは「働き方改革」に取り組み、労働環境が改善しているとアピールしていたが(NHK記者はなぜ過労死したのか 100人以上の証言で問う)、なぜ同じ様に長時間労働が原因で二度も過労死が起こってしまったのだろうか。

 この記事では、佐戸記者のご両親に行ったインタビューを通じて、佐戸記者の事件が起こった後のNHKの対応をクローズアップしながら、過労死が繰り返される原因について考えていきたい。

過労死事件に関する報告書を作成しないNHK

 2017年に「NHKグループ 働き方改革宣言」を発表し、「長時間労働に頼らない組織風土をつくります」などと謳っている。また、当時のNHK会長はこの宣言について「長時間労働を改め、過労による健康被害を起こさないという強い決意のもと」作成し、「佐戸未和記者を失ったことを決して忘れることなく、私を先頭に全員が一丸となって、NHKで働くすべての人の健康を守り、働き方改革をさらに加速させていきたい」と主張している(12月会長定例記者会見要旨)

 これらだけみれば、NHKとしても佐戸記者の過労死を真摯に受け止め、過重労働対策に取り組む姿勢が伺える。しかし、残念ながらその内実は異なっていた。

 そもそも過労死が一件起こっているだけで問題なのは間違いない。厚生労働省によれば月45時間以上の残業で心身に負担がかかる可能性がある。また、国が労災と判断する際の過労死ラインは月80時間の残業と明確な指標が設定されている。これらの時間以上働かせていれば、過労死が起こることは予測できるとされている。

 その中で、佐戸記者の過重労働は明らかであった。2005年からNHKで働き始め、鹿児島放送局を経て、2010年から首都圏放送センターで主に東京都政担当となった佐戸記者は慢性的な長時間労働に従事していた。そして特に亡くなる直前は、遺族の調査によれば残業時間だけで2013年6月に188時間、7月には209時間となっており、休みは二ヶ月間でわずか2日しかなかった。佐戸記者の過労死において、NHKの責任は当然免れない。

 しかし、NHKは「働き方改革宣言」とは裏腹に、佐戸記者の過労死についてその原因などをまともに調査していないと、佐戸記者の父、守さんは話す。佐戸記者の死後、NHKは守さんら遺族に対して何度か説明を行ってきたが、佐戸記者が亡くなる過程やその後の対応について内部報告書を一切残していないというのだ。

 さらに守さんによれば、遺族が佐戸記者の死についてどう考えているのかと問うと、NHK幹部は「今回の過労死は不祥事だとは考えていない」と述べたという。

 守さんら遺族は、佐戸記者の過労死を教訓としてNHK内での労働環境の改善に取り組んでほしいと考えていたが、報告書すら作成しない会社の態度に憤りを感じている。「そもそもNHKの働き方改革が導入される際には、未和の事件は社内で共有すらされていなかった。過労死の原因の徹底的な究明も検証もせずに働き方改革と言っても、それは世間的なPRとしか思えない」と守さんは話す。

労働基準法違反だった可能性が高い状況で起こった過労死

 NHKの対応についてさらに疑問が付されるのは、佐戸記者が「違法」な状況で働かせられていた可能性が高かったにも関わらず、それに対する改善策が見当たらない点である。

 佐戸記者は当時、事業場外みなし労働時間のもとで働いていた。これは、基本的には外回りなど社外で働いており、会社の指揮命令が及ばず労働時間を正確に把握することが困難である場合に、一定時間働いたことにする制度である。

 40年前であれば、外回りの営業担当者がいまどこにいるかを把握することは困難であり、この事業場外みなしも合理性があったかもしれない。しかし、東京労働局が「無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合」(労働局パンフレット)は事業場外みなしを適用できないと言うように、いまではスマホで随時連絡を取ることが可能であり、社外にいるからといって労働時間の算定が困難だとは言えない。

 また、仮に事業場外みなしだったとしても、労働時間を適切に把握することや健康確保を図る責任は企業に生じており、事業場外で残業代を払わないからといって、何時間働いたかを把握することすらやらなくていいわけではない。

 そして、佐戸記者の労災が認められた2014年5月に、NHKは渋谷労働基準監督署から事業場外みなしを記者に適用することを、必要に応じて見直すよう文書指導を受けている。つまり、実態としても事業場外みなしは労働基準法違反であった可能性が高く、国からもそのような指摘をされている。違法の可能性が高い制度を適用させ、労働時間管理や健康管理を適切に行わないなかで過労死が発生してしまったことをNHKは重く受け止めるべきだろう。

 しかし、NHKはこの事業場外みなしに代わって、2017年4月から専門業務型裁量労働制を導入することで対処しているようだ。(第195回国会 参議院 総務委員会 2017年12月7日)専門業務型裁量労働制とは「業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務として…労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使協定であらかじめ定めた時間を労働したものとみなす制度」とされている(厚生労働省「専門業務型裁量労働制の適切な導入のために」)。

 しかし、本当に記者に自分の労働時間を自分で決める裁量があるのだろうか。この制度を記者に適用させること自体は合法かもしれないが、月に200時間も残業を強いられた佐戸記者のケースで裁量労働制になったからといって、担当となる取材や任された業務がある以上、「自分で」残業時間を好き勝手調整できるとは考えにくい。

 長時間労働そのものをなくすためには、労働者に「裁量」を与えるのではなく、そもそもの業務内容の削減や人員の大幅な増加を通じてしか対応できないはずだ。そのためには、佐戸記者に与えられていた業務内容や労働時間把握のあり方、健康管理の不備などが検討されなければならない。それを行わずに適用する制度を変えるだけでは、真摯に過労死対策に向き合っているとは到底言えないだろう。

相次ぐ過労死事件と企業PRとしての「働き方改革」

 NHKのこのような対応はしかし珍しいものではない。複数回過労死が起こっている有名大企業は少なくなく、そのたびに、内実がわからない「改善」が繰り返し報じられている。

 例えば、大手広告代理店の電通では1991年に男性社員が長時間労働やパワハラによって過労死した後に、「フラッパーゲート記録で従業員の入退館時刻を管理し、労働時間短縮・健康管理にとりくんでいる旨をメディアを通じて広報した」が、2015年に当時24歳の高橋まつりさんが同じ様に過労とハラスメントによって過労自死している(連合総研「電通女性過労死事件が提起したもの」)。

 また、二度も過労死が起こっていながら、その責任すら認めようとしない企業もある。鉄道車両や軍事兵器製造などで有名な川崎重工業では、2002年5月に部長級クラスの当時55歳の男性がうつ病を発症し自死に追いやられて労災が認められているが、最近でも、中国の合弁会社に出向中の当時35歳男性が2013年に自死したケースで、2016年に労災と認められ、今年5月に遺族が補償を求めて提訴している。労災が認められたにも関わらず、川崎重工業はメディア取材に対してコメントすらしていないという(川重社員、中国で自殺 出向中に過重業務で 遺族が賠償請求へ「会社のケアなく、追い込まれた」)。

 もちろん、これらは明らかになっている事件に過ぎない。過労死に関するニュースが報じられるのは、大切な人を亡くした遺族が労災を申請したり、民事裁判を通じて会社に責任追及したりする際に、記者会見等を通じて自ら事件を公にすると決めたときだけである。国は「企業経営に支障をきたす」として過労死で労災認定が認められた企業のデータを開示することを拒否し続けており、裁判所も国のその姿勢を追認している。

 これらの背後には、何千、何万と泣き寝入りを強いられた遺族がいると考えられる。企業側のPRとしての「働き方改革」ではなく、実際に、長時間労働やハラスメントをなくしていったり、過労死・過労自死が起こってしまったあとに企業に対して責任追及や改善を求めていくためには、そこで働いている労働者や遺族に対する支援が必要不可欠である。ご自身や周囲にこのようなケースに直面している方がいれば、ぜひ、労働NPOや労働組合、過労死問題に取り組む弁護士などの専門家にご相談いただきたい。

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わかりました。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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