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「死んでチャラにしようと思った」 奨学金3000件調査から見えた「生の声」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:イメージマート)

 「一人で生きていくので精一杯」。「ブラック企業でも奨学金返済のために辞められない」「結婚も子育ても諦めた」。「自分が死ねば借金なくなるかもと考える」。「ダブルワークで休みなく働いて借金返済している」。「普段の仕事では賄えないので、過去に風俗で働かなければならなくなった」。

 これらは「日本学生支援機構(JASSO)の貸与奨学金を現在借りている・借りたことがある方へのアンケート調査」に寄せられた奨学金返済をしている若者たちの「生の声」だ。

 若年世代は、不安定な雇用や上がらない賃金のなかで、子育て、高い教育費や住宅費の負担、親の介護など様々な重荷を背負わされており、経済的に結婚や出産を諦めなければならない状況が広がっている。

 そこに拍車をかけているのが、本来、若者の学ぶ環境を保障するはずの奨学金制度だ。海外では「奨学金」といえば返済の必要がない給付を意味するが、日本ではそのほとんどが借金である。

 昨今、この奨学金制度は社会問題として認知されるようになってきた。自己破産した当事者の連帯保証人・保証人になっていた親や親戚にまで債務が連鎖し、「家族破産」に追い込まれるケースが増えてきているのだ。

 さらに、今年に入ってからは、日本学生支援機構が半額の支払い義務しかない保証人に全額を請求していたことが問題となり、札幌地裁で「過払い分が不当利得と認識しながら支払いを受けた『悪意の受益者』」と指摘されるなど、奨学金のあり方が社会的に問われている。

参考:奨学金の返済が「半額」に? 日本学生支援機構の敗訴で「過払い金」の発生も

 こうした状況のなかで、Z世代の若者たちが、「奨学金帳消しプロジェクト」を立ち上げ、2022年6月から「#奨学金返せない 「奨学金」という名の債務の帳消しを求めます!」とのオンライン署名を開始。すでに31874筆(9月15日現在)が集まっており、返済に苦しむ若者たちの多さを物語っている。

 さらに彼らは、2022年7月9日からは、Google formを用いたオンライン形式で調査を開始。こちらも反響は大きく、回答数は現在までに3121件(2022年9月15日時点)に上っている。冒頭で紹介したのは、調査に回答した若者たちの声だ。

 この調査の特徴は、20代から30代までの「奨学金返済中」の若者たちが多数回答している点だ。これまでは自己破産するほど追い詰められるまで支援団体や弁護士とつながることができず、返済している人たちがどのような困難を抱えているのかは十分に明らかにされてこなかった。寄せられた回答からは、自己破産にまで至らなくとも、奨学金返済がいかに彼ら彼女らの人生の重荷となり、その可能性を剥奪し、社会的排除を生み出しているかが読み取れる。

 本記事では、日本の奨学金制度について改めて解説しつつ、調査をもとに奨学金返済に苦しむ若者たちの実情を明らかにしていきたい。さらに「奨学金帳消しプロジェクト」に参加する若者たちがどのような思いで参加しているのか、その背景も探っていく。

借金としての奨学金制度

 改めて日本の奨学金制度がどのようなものなのかを確認しておこう。日本の多くの学生が利用しているのは、日本学生支援機構(JASSO)の奨学金である。無利子である第一種奨学金と、有利子の第二種奨学金で構成されている。

 利用者は拡大傾向にあり、大学・短大に通う学生のうち奨学金制度を利用しているのは、2004年度の4.3人に1人(23.3%)から2019年度には2.7人に1人(36.5%)まで増加した。

 この背景には、①高卒での就職困難と大卒との学歴格差の拡大を背景にした大学進学率の増加、②高額な学費負担、③平均所得の低下による親世代の教育費負担能力の低下が指摘されている。

 こうした状況に対して、日本学生支援機構は、有利子である第二種奨学金が、無利子である第一種奨学金の貸付額・人員を上回り、「利子付きの借金」を拡大することによって対応してきた。(ただし近年では、第一種奨学金の利用条件が緩和されたことで、第二種奨学金の利用者が減少傾向にはある)。

出典:日本学生支援機構「日本学生支援機構について(令和元事業年度業務実績等)」
出典:日本学生支援機構「日本学生支援機構について(令和元事業年度業務実績等)」

 労働者福祉中央協議会が行った「奨学金や教育費負担に関するアンケート調査」(2019年3月)によると、日本学生支援機構の奨学金利用者の平均借入総額は324万3,000円にもなり、借入総額500万円以上の割合も12.4%に上っている。大学を卒業した時点でこれだけの借金を抱えて社会人としての生活がスタートするのだ。

 返済は、とくに返済猶予などの手続きをしなければ、卒業した年の10月ごろからはじまる。毎月の返済額の平均は16,880円だ。新卒の初任給20万円程度からこの金額の返済はかなりの負担になる。

不十分な救済措置

 日本学生支援機構は、返済が困難な状況にある者に対して、以下の四つの「救済制度」を設けている。しかし、その内容は充実しているとは言えない。

①返還免除。これは、「死亡、精神・身体の障害によって返還ができなった場合」であるなど、適用条件が厳しい。②返還猶予。これは、通算10年を越えてしまえば、どんなに経済的に返済が困難な状況であっても返還を求められる。③減額返還制度。これは、月々の返済額を減らすことができるが、総額は代わらない。④所得連動返還型奨学金制度。これは2017年度以降創設されたものだが、返還月額が卒業後の所得に連動する方式であり、2017年度以降の申込者と第一種奨学金のみに限られている。

厳しい取り立て

 救済策が不十分な一方で、返済の「取り立て」はかなり厳しい。延滞が二ヶ月続くと延滞金が発生し、三ヶ月以上になると信用情報に延滞情報が登録され「ブラックリスト」に載ることになる。一度登録されると借金を返済しても5年間は信用情報に残り、クレジットカードやローンなどの利用が困難になってしまう。

 延滞が九ヶ月以上になると、日本学生支援機構から通知書がきて、返済の意思を示さなければ法的処置に移行していくことになる。2021年度には、JASSOによる支払い督促申し立て予告が13393件、支払い督促申し立てが6297件あった。

 また、延滞が9か月を超えた時点でJASSOは一括返済を請求する。そのため、奨学金に関する自己破産件数は2016年度までの5年間で延べ1万5338人にも上る。このような自己破産件数について、日本学生支援機構はホームページで「奨学金返還者における自己破産の割合は、日本全体における自己破産の発生割合とほぼ同水準であり、特別高いわけではありません」と述べている。

 しかし、そもそも「奨学金」を名乗るにもかかわらず、日本全体における自己破産の発生割合とほぼ同水準でよいのだろうか? さらに、財産等を差し押さえる強制執行の件数も増加している。強制執行は2008年度には13件に過ぎなかったが、2015年度には498件へと増加し、その後も毎年300件程度で推移している。

低賃金・不安定化する労働市場

 なぜこうした状況が広がってきているのだろうか。そもそも18歳の時点で多額の借金を背負わせる奨学金制度は、大学に進学すれば安定した雇用を得られること、要するに「学生の未来を担保」にすることが前提となってきた。しかし、いまや安定した雇用が得られる保証はない。

 たとえ正社員として就職できたとしても、若者を使い潰すいわゆる「ブラック企業」が社会問題化している。過酷な労働環境に耐えられず、非正規雇用になれば低賃金・不安定が常態化し、キャリアアップも困難だ。そこに奨学金返済が重くのしかかってきており、人生設計に大きな影響を与えている。

 こうした高度成長やバブル経済時代を前提とした制度設計の問題は、繰り返し指摘されてきた。しかし、根本的な改革はなされず、今日に至るまで若者を苦しめ続けている。

 ここからは、冒頭で紹介したアンケート調査に寄せられた回答から、奨学金を返済する若者たちが実際にどのような困難を抱えているのかを見ていこう。

低賃金のなかで無理して返済する若者たち

 まず見えてくるのは、低賃金のなかで返済しなければならず、心身を消耗していく若者たちの姿だ。

「新卒で入った会社で手取りが安く(11万くらい)、初めての一人暮らしで返済もあり、食費を削って心身共に壊した。もっと賃金が上がれば良いのだが、その前に身体を壊して働くのもままならない」。

「もともと生活に余裕がない世帯だったため奨学金を利用した。それが就職したところで急に生活に余裕がでるわけがなく、今になっても収入が低いまま返済できずにいる」。

「返済できる年収が20年以上もない状態(バイト、非正規労働しかない)で、取り立ての電話が何度も来て困窮しています。親戚にも同様に書面等が来て困っています。大学卒業前に父が急死して、奨学金なしには規定の課程を終えることができなかったので、借りたことはやむを得なかったと思いますが、返済できないほど年収が少ない生活を何十年も強いられることになるとは想像もしていなかった」。

 「毎月今でも2万弱の返済をしています。昨年コロナで給与が7割まで減った時も大変に返済が厳しい状況でした。本業の他に副業をしないといけない状況でした」。

 「収入が低過ぎて生活が苦しい。夫婦共働きで子供もいるがギリギリの生活が続いている。中小企業で働いているが給料はほとんど上がらないから、余裕がない」。

「現在、奨学金の返済金額がまかなえないため、週7で働いており休みがありません。普段の平日の仕事に加えて、土日にバイトや業務委託、個人での仕事などなんでもやっております」。

「ブラック企業」でも辞められない

 さらに、過酷な労働環境であったとしても、借金返済のために「辞められない」という声は多い。「ブラック企業」でも働き続けることを強いて、精神疾患を発症するまでに追い込んでしまうケースも多々見られる。

「返済に気を遣い精神面が悪化したのとブラック企業をなかなか辞めることが出来なくなった」。「仕事を辞められない、辞めても熟考せずに次の仕事につかざるをえなかった」。

「毎月四万近くの返済額がありますが、社会に出てすぐの頃は満額で払える金額ではありませんでした。返済が可能になった後も毎月四万の返済は、生活の大幅な負担となり、職場がブラックであっても転職の検討を躊躇しています。また、ダブルワークも必須となり休日や時間の圧迫も激しく、結婚・出産は選択できません。結局職場の問題で休職に追い込まれました」。

「とにかく就職しようと思い、賃金が低くても勤めようと思った。最初の数年間は低賃金なので返済を猶予しながら勤務し、資格をとってステップアップする予定で転職したがブラック企業で過労により抑うつ状態となり失職」。

自殺を考えるほど追い込まれてしまうケース

 まともに返せない状況のなかでの返済が、精神的な負担になっており、ついには自殺を考えるほどまで追い詰められている若者たちもいる。

「元々借金がある家庭でその上でさらに借金をしたため、専門学校卒業後は返済に追われいくら働いても手元に何も残らない生活が続き精神的に病み現在も働けていない状態が続いている」。

「奨学金は私が死ねば返済義務は無くなるので、死ねばチャラになるんだなとぼんやり考えることがあります」。「自己破産をすれば連帯保証人や保証人に借金がいくのでできない。自殺を考えた」。

結婚や子育てを諦める

 そして、低賃金・不安定な労働市場が広がるなかでの返済の重さは、結婚や子育てを希望しているにもかかわらず、それを断念せざるをえないという社会的排除を生み出している。

「結婚してからも返済が続き、子供が作れなかった」。「結婚したい相手はいるが、子供は諦めた。この薄給だと奨学金を返すのでいっぱいだし、返しきる頃には適齢期を過ぎている」。「返済金額がまだ残っており将来に希望もなくなる、結婚したかったが諦めている」。

「結婚予定のパートナーがいますが、出産・その後の子育てに耐えうる経済力がないので、子供を持つタイミングを先延ばしにし続けています。身体面でのタイムリミットもあるためなるべく早く決断しないといけないのですが、難しいです。毎月の返済額が重く、貯金に回す余裕が作れない状態です」。

動き出したZ世代

 以上見てきたように、大卒後の「安定した雇用」は失われてきており、奨学金制度は卒業後の若者たちの人生を大きく制限し、「借金地獄」のなかに追いやっている。前提となる労働市場の安定が失われた現在において、奨学金制度や教育費政策のあり方も問い直していかなければならないだろう。

 政府もこのような状況を問題視はしている。岸田政権は「「人への投資」の抜本強化」を掲げ、「出世払い型奨学金」などの新たな政策を検討するようになってきた。だが、返済当事者たちの状況を踏まえた抜本的な対策には程遠い。

 そうしたなかで、先程紹介した「奨学金帳消しプロジェクト」には、当事者を含めた若者たちが集まり、この状況を変えるために動きはじめている。

 プロジェクトに参加しているAさん(20代、女性)は、教員を目指して私立大学に進学するため400万円の借金を抱えることになった。三人の兄弟も同様に奨学金を借りており、四人で一千万円にのぼる。

 彼女は大学を卒業後、希望通り通信制高校の教員になることができた。しかし過酷な労働環境で体調を崩し、退職せざるをえなくなってしまう。退職後は返済に困り、一時は知人に借金をするなどして対応していた。「死んで奨学金をチャラにするしかない」と考えたこともあったという。

 その後は派遣の仕事をしながらなんとか返済を続けていたが、その仕事もコロナの影響で失職。現在は失業給付をもらいながら職業訓練を受けている。少しでも早く返済をしたいと考え、返済猶予は利用せず、減額返還制度を申請した。現在もわずかな収入から返済を続けている。

 彼女は奨学金帳消しプロジェクトにかかわる理由を次のように語る。

「勉強をするために借金をするなんておかしいです。本来、奨学金は家庭環境や親の収入による格差や不平等を無くし、誰もが教育を平等に受けられるようにするものではないでしょうか。今の奨学金はほとんどが貸与型であり、ただの借金でしかありません。さらに、家族から保証人を出せなければ、保証会社を使うことになりさらにお金がかかります。生まれによって罰を課せられたようなものだと思います」。

 プロジェクトには、Aさんのように親の経済的事情から大学進学のために奨学金を借りざるを得なかった若者たちが多数参加している。さらに自身は借りていなくても「友人が多額の借金に苦しんでいてなんとかしたいと思った。不平等を強いる制度はおかしい」と参加する若者も多い。

 今後も奨学金帳消しプロジェクトは、「日本でも、奨学金制度は大きく転換すべき時が来ています。経済成長の時代はとっくに過ぎ去り、今まで「普通」とされていた生き方が成立しなくなった今だからこそ、私たちの世代で、より公正な、誰もが生存可能な社会を作っていきましょう」と呼びかけ、この状況を変えるために様々な取り組みを行なっていく予定だ(下記はプロジェクトの詳細)。

参考:「不合理な奨学金制度を変えたい、と考えている人へ」 

 今後は、アンケート調査の分析や記者会見等での情報発信、政治への働きかけや政策提言など様々な運動を行なっていく予定だという。

おわりに

 アメリカでも学生の多くがローンによって教育費を賄っているが、近年、その借金返済を帳消しにすべきだというムーブメントが広がりをみせており、大統領選において公約にも組み込まれてきた。

 そして8月24日、バイデン大統領は学生ローンを抱える数百万人の借り手に対し、一人あたり1万ドルの返済免除を行うと発表した。学生ローン返済免除措置は最大で4300万人に恩恵をもたらし、約2000万人は債務が全額免除になる見込みだという。

 学費の高騰と教育ローンの拡大、労働市場の不安定化は、決して日本だけの問題ではない。世界的にもこうした傾向は拡大しており、若者たちが不公正な状況を変えようと声をあげ、政治に影響を与えている。日本でもこうした動きが広がれば、状況が変わる可能性は十分にあるだろう。

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soudan@npoposse.jp

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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