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リスクは若者の16倍? 高齢者が労災にあう「原因」を統計から分析

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(提供:イメージマート)

高齢者の労災は15年で約2倍に?

 今年2月、新潟県の製菓会社「三幸製菓」の工場で深夜に火災が発生し、従業員6人が亡くなった。この事件で特に注目されたのは、亡くなったうちの4人が、60〜70代の清掃アルバイトの女性たちだったことだ。

 この事件をはじめ、近年、高齢者の労災が話題になることが増えてきた。

 5月末、厚労省が2021年の労災の統計を公表し、高齢労災の増加が一段と明確になった。15年前の2006年では、60歳以上の労災死傷者は2万人程度(労災全体の約15%)だったところ、2021年においては約3万9000人(25.7%)であり、人数・割合ともに大幅に増加している。

 2021年に起きた65歳以上の高齢者の労災事故を、報道されたものからいくつか見てみよう。

78歳男性が足の切断により亡くなる(2021年4月)

 神奈川県の工事現場で、木材の切断作業中、誤って自らの右大腿動脈を切断し、78歳の男性が失血によって亡くなった。2021年9月、安全用のカバーの付いていない携帯用研削盤を使用させた疑いで、会社が書類送検された。

74歳男性が積み荷の落下により重傷(2021年4月)

 福井県の産業廃棄物処理会社の工場で、天井クレーンの操作中、操作用ケーブルと接触した積み荷が落下し、74歳の男性が重傷を負った。2022年2月、クレーンの運転業務に関する安全教育を実施しなかった疑いで、会社が書類送検された。

78歳男性が埋没し窒息により亡くなる(2021年12月)

 奈良県の生コンクリート製造会社の砕石サイロ内で、タラップ取り付け作業中、78歳の男性が砕石に埋もれて窒息して亡くなった。サイロ内で墜落制止用器具を使用させるなどの措置を講じなかった疑いで、会社が書類送検された。

 これらは被害のごく一部に過ぎない。では、高齢者の労災が増加している背景はなんだろうか。真っ先に挙げられるのが、少子高齢化に加え、年金支給開始年齢の引き上げなどを受けた、高齢労働者の人数自体の増加だろう。総務省の労働力調査によれば、2006年では60歳以上の雇用者は563万人(全体の約10%)だったが、2021年では1089万人(約18%)と、人数・割合ともにほぼ倍に迫る増加をしている。

 しかし、高齢労働者の増加だけでは高齢労災の実態の把握としては不十分だろう。高齢者であるがゆえに多い労災被害もあると考えられる。では、高齢労災はいったい「どこ」で増えているのだろうか。

高齢女性の「転倒」の危険性は、20代のなんと16倍!

 まずは、高齢者のほうが他の世代より被害に遭いやすい労災事故の種類を見てみよう。厚労省は若年層と比較して高齢者の発生の割合が非常に高い労災事故を、男性と女性に分けて紹介している。

 高齢女性で特徴的なのは、「転倒」である。そもそも転倒労災は、2021年の労働者全体で3万3672人にも達し、全ての労災のうち死傷者数がトップである。コロナ感染労災を除いた労災全体の25.7%を占め、実に1/4が転倒なのだ。

 しかも、20代前半では、働いている人のうち転倒労災に遭う割合が0.016%のところ、70代前半では0.26%と、実に高齢者の労災発生が約16倍という桁違いの確率になる。

 一方、高齢男性で特徴的な労災事故の種類は、「墜落・転落」だ。20代後半の男性で0.028%のところ、60代後半の男性では0.1%と約4倍の割合で発生している。高所からの墜落によって致命的な事故となり、刑事事件化するケースも多い。報道から昨年の事例を紹介しよう。

70代男性が建設中の屋根から墜落して重傷(2021年7月)

 埼玉県の木造家屋新築工事現場で、70代の男性が高さ約3.4メートルの家屋屋根の骨組みの上で屋根部材の取り付け作業を行う際、転落して頭などを強く打ち、硬膜下血腫などの重傷を負った。2022年2月、墜落制止用器具を使用させるなどの墜落防止措置を講じなかった疑いで、会社が書類送検された。

70代男性が2階から墜落して亡くなる(2021年12月)

 埼玉県の住宅新築工事現場で、高さ3.65メートルの2階で床材の取り付け作業中、70代の男性が墜落して亡くなった。2022年2月、要求性能墜落制止用器具を使用させるなどの墜落防止措置を講じなかった疑いで、会社が書類送検された。

 建設中の建物からの転落が目立つが、2メートルにも満たない車両の荷台からの転落事故も頻繁に起きている。

 転倒にせよ墜落・転落にせよ、高齢者の体力の衰えによって、つまずいたりバランスを崩したりしやすくなり、とっさに体を支えるなどの対応がしづらくなっていることで、起きやすくなっているのだろう。だが、適切な安全対策を取っていれば防げたケースは少ないはずだ。転倒労災防止については厚労省が特設ページで対策を啓発しているので、参考にしてみてほしい。

製造業の高齢労災は30代の2倍、小売業は3倍

 次に、高齢者の労災が多い業界に着目してみよう。

 65歳以上の高齢者の死傷者数が多い主要な業界は、小売業3426人、ついで製造業3353人、社会福祉施設3033人となる。しかし、死傷者の人数だけで比較すると、高齢労働者の数が多い業界がそのまま反映されているだけの可能性もある。

 そこで、65歳以上の労働者の方が、他の世代よりも労災の「割合」が高い業界を見てみよう。労働力調査の業種別・年齢別労働人口の数値と労災統計から計算した結果、高齢になればなるほど労災の割合が高まっていく業界として、小売業と製造業が浮かび上がった

 小売業では、30代後半の労働者が労災に遭う確率は0.15%であるが、65歳以上だと0.49%となり、約3倍にも跳ね上がる。なお小売業の全年齢層で見ると、一番多い労災の種類は「転倒」(5286人)である。前述のように、小売業で働く高齢女性が、より高い可能性で転倒労災に遭っていることは想像に難くない。

 次に製造業だ。30代後半の労働者が労災に遭う確率は0.23%だが、65歳以上だと0.45%となり、約2倍だ。製造業全体でも、多い労災の種類は2位「転倒」(5332人)、3位「墜落・転落」(2944人)であり、やはり高齢者の身体の衰えの影響が大きいと考えられる。一方で、製造業を全年齢層で見ると、一番多い労災の種類は「はさまれ・巻き込まれ」(6501人)である。

 ここで指摘しておきたいのは、製造業における高齢者の製造業における労災の割合の高さは、身体能力の衰えだけでなく、非正規雇用に対する安全対策の欠如が影響している可能性があるということだ。

 厚労省は統計で正規雇用と非正規雇用の労災の数や割合を公表していないが、労働相談では、非正規の製造業労働者が正社員に比べて安全対策を十分に行われていなかったり、危険な業務を担わされたりするケースがよくみられる

 そして65歳以上の労働者のほとんどは非正規だ。冒頭で言及した三幸製菓の事件でも、非正規労働者を避難訓練に参加させていなかったことが明らかになっている。こうした非正規差別が、製造業における高齢者の高い労災の割合に影響していることは十分考えられるだろう。

泣き寝入りしやすい高齢者を支える必要性

 高齢労災の発生を防ぐためには、身体能力が低下し、労災の危険が高くなる高齢者が、わざわざ働かないでも安心して生活できる社会保障を充実させることが、国に問われていることはいうまでもない。

 一方で、現に多くの高齢者が働かざるを得ない状況にあり、その安全対策の強化は、職場ですぐにでも取り組めるはずだ。本記事で紹介した事例は、報道をベースとしていることもあり、ほとんどが書類送検されているもので、会社の労働安全衛生法違反が疑われたものばかりである。

 墜落制止用器具の装着、安全教育の実施、合図を定めて周知すること、機械の停止の徹底などさえしていれば防げたものだ。また、高齢者にも若年者と同様に過剰な業務量を押し付け、早いペースでの作業をさせていることで、労災が引き起こされやすくなっているというケースも見られる。

 高齢者に集中しやすい職場の危険性に、会社はとりわけ対処すべきだ。しかし、コストカットによる利益追求を目的とする会社に、自発的な改善は期待しづらい。働く労働者自身が、その危険性に事前に気づくことも重要となる。また、万が一事故が起きてしまった場合には、労働者自身が泣き寝入りせずに声を上げることが、再発防止につながる。労災保険の使用に加え、会社に多額の損害賠償を求めることのできるケースも多い。

 しかし、残念ながら労災事故に遭った高齢者の中には、気力も減退してしまい、会社に対して権利を行使しようとせず、被害を訴えようとしない人も非常に多い。とはいえ、高齢者は労災による休業期間が若年労働者より長くなる傾向が強い。ケガの回復に時間がかかるどころか、若年者のようには回復できない場合も多い。老後の生活の足しのために始めた労働で、むしろ動けなくなり、金銭的にもかえって困窮してしまうのだ。

 家族を通じた相談によって、専門家につながることができ、会社に責任追及をした事件は相次いでいる(下記記事参照)。労災に気づいた家族や周りの人が声をかけ、被害者を支えて、労災相談の専門家につなぐことが大事だということも知っておいてもらいたい。

参考:「使い潰される」高齢労働者 多発する労災、人生を変える悲惨な実情

 なお、労災問題に取り組む労災ユニオンでは、7月3日に無料のオンラインセミナー・相談会「職場の同僚や友だち・親族が労災事故に遭ったら?」も予定しているとのことだ。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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