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過労死ラインが20年ぶりの改定! 最新の統計から見る過労死の現状と課題

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:RewSite/イメージマート)

基準改定も「労働時間」は変わらず

 厚労省が9月14日、「過労死ライン」と呼ばれる脳・心臓疾患の労災認定基準の改定を発表し、15日から新基準の適用が開始された。

 「過労死」は、長時間および過重労働によって引き起こされる脳や心臓の疾患に基づくものと、過労やハラスメントなどによって精神疾患を発症するものの2つに大きく分類される。今回の改定は、そのうち脳・心臓疾患を労災と認定するための基準となるもので、2001年から20年ぶりの改訂となる。

 この新しい基準については、筆者もすでに論点を整理している。

参考:「過労死ライン」が20年ぶりに改定も、遺族救済の観点からは程遠い内容に

 現在の過労死ラインでは、脳・心臓疾患を発症する直前の1ヶ月間で100時間、2ヶ月から6ヶ月間で平均80時間の残業という労働時間の認定基準を定めている。今回の改定では、労働時間がその基準に達しなくても、労働時間以外の負荷要因を労災認定の際に考慮することを基準として明確化し、その負荷要因として「休日のない連続勤務」、「勤務間インターバルが短い勤務」などが新たに追加された。だが、労働時間の基準自体は引き下げられなかった。

 今回の過労死認定の基準の改定の影響を考えるには、最近の過労死の労災認定の傾向を知ることが必要だろう。脳・心臓疾患による過労死は、現在どのような現状にあるのだろうか。厚労省は例年、年度ごとの労災請求件数や支給決定件数(認定件数)を報告しているが、この数字をもとに、本記事では業種別の観点から、最近の傾向を確認してみたい。

労災請求の業種別1位は「道路貨物運送業」、一方で減少する「道路旅客運送業」

 はじめに、脳・心臓疾患の労災請求件数を検証してみよう。過去との変化を比較するため、先に10年前の2010年度の請求件数を見ると、1位が「道路貨物運送業」(108件)、2位「総合工事業」(55件)、3位「その他の事業サービス業」(54件)、4位「道路旅客運送業」(47件)と続く。「その他の事業サービス業」はビルメンテナンスやコールセンターなど、「道路旅客運送業」は、主にタクシー業が該当する。

 次に、最新の数字である2020年度の労災認定数を見てみよう。一番多いのは、「道路貨物運送業」(118件)。2位が「その他の事業サービス業」(61件)、3位「総合工事業」(44件)。ここまでは10年前と大差ないと言って良いだろう。特にコロナ禍において、運送業は宅配サービスなどの需要が高く、長時間労働が続いていたと考えられる。

 一方、10年前に4位だった道路旅客業は9位(20件)だ。件数も半分以下に減少している。これは長時間労働対策に成功したというよりは、コロナ禍によって観光や飲食が減少する中で、タクシーの需要が減少したことが原因の一つと考えられる。

介護現場の過労死が増加している可能性

 では、「道路旅客運送業」の代わりに4位になったのは、どの業種だろうか。意外なことに、「社会保険・社会福祉・介護事業」(40件)だ。この項目には医療・看護や保健所は含まれず、主に介護や保育、障害者福祉などが該当する。

 2010年度に「社会保険・社会福祉・介護事業」は11位(19件)だったことを踏まえれば、件数も倍増し、他の業種と比較して、順位も飛躍的に上昇している。これはコロナ禍の影響だけではなく、この10年間、「社会保険・社会福祉・介護事業」の請求件数は着実に増加してきた。実は2019年度にすでに4位(37件)となっている。

 2010年代、介護・保育の従事者数は大幅に増加している。高齢者の増加や待機児童数の高さから、政策的に規制緩和が進められ、大量の施設が作られた。しかし、その背景では、利益追求を最優先し、労働条件やサービスの質に関心を持たない事業者が大量に参入していた。こうした業種で利益を上げるには、できるだけ行政から得た公的資金を人件費や設備に還元しないという手法に頼ることになる。そのため、介護や保育業界では、労働者を低賃金で長時間労働させる労務管理が進んでいるのが実態だ。

 保育も持ち帰り残業を考慮すると残業時間が長時間だが、深夜勤務が多いことを考えれば、長時間労働の傾向がより強いのは介護であると考えられる。このように、厚労省の統計からは、介護現場の過労死が増加していることが浮かび上がってくると言えよう。

5割から1割まで なぜ業種ごとの認定率の差が大きいのか

 しかし、こうした労災請求件数の高い業種が、労災認定件数の高いわけでは決してない。

 2020年度の「道路貨物運送業」の労災認定件数は、55件。請求時期と認定時期にはズレがあるので、単純比較はできないが、118件中55件として考えれば、認定率は46.6%。約半数が過労死として認定されていることになる。この数字は高いのだろうか? 低いのだろうか?

 参考になるのは、業種全体の平均だろう。2020年度の脳・心臓疾患の全業種における労災請求件数は784件、認定件数が194件であり、認定率は29.2%。約3割しか認められていないことを考えれば、「道路貨物運送業」の認定率は相対的に高いほうと言わざるを得ない。

 一方で、「総合工事業」の認定件数は12件。44件中12件とすると、27.2%。平均以下だ。「社会保険・社会福祉・介護事業」の認定件数は6件。40件中6件とすると、認定率15%となる。平均の半分の割合だ。「その他の事業サービス業」は7件。61件中7件とすると、11.5%。ほぼ1割しかない。

 なぜここまで認定率の割合の差が生じるのだろうか。認定率の高い「道路貨物運送業」に注目すると、実際に過労死基準を超える長時間労働のケースが非常に多いことが挙げられよう。運送業は、他の業界(建設業や医師などを除く)で2019年から始まっている長時間残業の規制が、2024年4月まで猶予されている。さらに、タコメーターやGPSなど、労働時間の証拠が明確にあることが多いという点も加えられるのではないだろうか。

 一方で、他の業種は、必ずしも時間外労働が過労死基準に達していないケースが少なくないのではないかと推測される。

 過労死の労災が請求された事件は、いずれも脳・心臓疾患を患っていることが前提のはずだ。しかし、その罹患の事実があったうえで労災請求を行なっても、残業時間が80時間に及ばない場合、あるいはそれを立証する証拠がない場合、労災の認定はとてつもなく厳しくなってしまうのだ。

80時間以下の時間外労働で過労死が認められるのは2.2%

 最新の厚労省統計は、残業時間が過労死基準以下だった場合の労災認定の困難さを突きつけている。2020年度に労災が認定された脳・心臓疾患178件(「異常な業務」「短期間の加重業務」によるものを除く)のうち、月80時間未満の残業という条件で労災が認定されたものは17件にとどまる。過労死認定中、1割以下ということだ。

 さらに、2020年度の脳・心臓疾患の労災請求件数が784件であることから単純計算すると、80時間未満の残業で脳・心臓疾患の労災認定がなされる認定率は、わずか2.2%しかない。

 実際には、連続勤務や、出勤時間と退勤時間の間の短さ、不規則なシフトなど、単に労働時間の長さだけでは被害者の負担を図りきれない過労死の事例は多い。また、80時間以上の残業があったにもかかわらず、証拠の不足から証明できない事例も膨大にある。総合的に負荷要因を判断するだけでなく、やはり残業時間を中心に、過労死基準のいっそうの緩和が必要だろう。

専門家への相談と支援の必要性

 本記事では、過労死の最新の統計を見ながら、今回の過労死認定基準の改定の前提を確認してきた。しかし、労災が認定されるためには、基準の改訂だけではなく、労災を申請する当事者の支援も不可欠だ。

 遺族にとって、大切な人を亡くしたうえに会社と対峙して長時間労働の記録を中心に、負荷要因の証拠を収集するのは容易ではない。そこで、社会的に遺族を支えていくことが重要だ。

 そのために、脳・心臓疾患の当事者や、過労死遺族には、ぜひ労働NPOや個人加盟の労働組合、弁護士など支援団体にご相談いただきたい。また、周囲に突然亡くなった方がおり少しでも仕事が原因の可能性があると考えられれば、ぜひご遺族に支援団体に相談するよう勧めてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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