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保育で政府が「新プラン」 「非正規だけの担任」は何をもたらすのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:アフロ)

 昨年12月21日、政府から待機児童解消のための新たな「プラン」が発表され、新年度から実施される予定だ。

 この「新子育て安心プラン」では、来年度からの4年間で14万人の受け皿を新たに確保することが目標とされているが、保育士不足の中、人材確保のために示された方針は、新たな規制緩和となる内容であった。

 特に下記の、保育士の人員配置の基準の緩和は、更なる保育士の負担増や保育の質の低下をもたらすことが懸念される。後述するように、具体的には非正規雇用にクラス担任を任せることができるようにすることなどが可能になる。

短時間勤務の保育士の活躍促進

待機児童が存在する市町村において各クラスで常勤保育士1名必須との規制をなくし、それに代えて2名の短時間保育士で可とする

(「新子育て安心プラン」より)

 この規制緩和は、いったいどのような問題を保育現場にもたらすのだろうか。今回の記事では、この新プランで示された規制緩和が保育現場にもたらす影響を具体的に考察した上で、保育のビジネス化に歯止めをかけるための方法を考えていきたい。

低賃金はそのままに、責任だけが大きくなる「短時間勤務の保育士の活躍促進」

 まず、新プランで「短時間勤務の保育士の活躍促進」が謳われているが、これはどういうことか。

 短時間勤務保育士とは、「1日6時間未満又は月20日未満勤務」とされているが、事実上パートタイムの保育士のことを指すと考えられる。保育園には、主婦を中心に1日8時間未満の勤務のパートタイム保育士が多い。

 政府の提示した関連資料によれば、保育士が退職した理由(複数回答)は、「仕事量が多い」が27.7%であり、保育士が再就業する場合の希望条件(同)は、勤務時間が76.3%、雇用形態(パート・非常勤採用)が56.%となっており、勤務と家庭の両立が保育士をつなぎとめるための課題であることがわかっている。

 ただし、このように労働時間が問題になる背景には、保育士の賃金が低いため、フルタイム勤務で生活する正社員の保育士が足りていない一方で、配偶者に家計の主たる賃金を依拠しつつ、家計補助的な主婦が多いことが背景にあると思われる。

 このように考えれば、待機児童対策のため保育園を増やすためにすべきことは、保育士の賃金をあげて、フルタイムで勤務でき、責任を持って保育できる保育士を増やすということになるだろう。

 実際に、政府が引用している調査でも、「給料が安い」(27.4%)は「仕事量が多い」(27.7%)とともに、保育士が退職する大きな要因となっている。そして、家計を自立するフルタイム労働者の場合には、高い賃金を求めて他業種へ転職してしまうことが多いのが実情である。

 ところが、今回の新プランで示されたのは正社員の雇用を安定させるのではなく、いまの低賃金をそのままにしながら、パート保育士にフルタイムの正社員保育士並みの重責を担わせることを可能にすることで問題を「解消」しようとしているのである。

断片化される保育、細切れになる子どもとのかかわり

 では、実際に保育現場にどのような影響があるのだろうか?

 まず、一番に考えられるのが、クラスの担任をパート職員のみで行うようになるということである。保育園では、年齢別でクラスを作り、各クラスには担任の保育士がついている。

 現時点での配置基準では、「学級担任は原則常勤専任であること」とされている。短時間勤務の保育士は、クラスに常勤保育士の担任がいるうえで、その補助として入るという位置付けである。

 参考:「公定価格に関するお知らせ事項」の(1)短時間勤務職員の活用について」

 しかし、今回、政府から出された新プランでは、この部分を規制緩和し、常勤保育士を配置できなくても、パート保育士のみの配置でクラスを持てるようにしてしまったのである。

 短時間勤務の保育士のみでクラスを持つと、どうなるのだろうか。

 今回の新プランでの規制緩和が現実になれば、短時間勤務のパート保育士が最低2人で一つのクラスに入ればよいということになるだろう。それは、1日の中でも継続して勤務する担任の保育士がいなくなり、また週5日継続して勤務する担任もいなくなり、複数のパート保育士だけで入れ替わり立ち替わりでクラス担任をすることにもなりかねない。

 もちろん、保育士同士の引き継ぎは行われるはずではあるが、それにも限界がある。子どもとの関わりが細切れの「断片的」なものになり、安定的な子どもとの関係を築けないなど問題が生じることが予想できる。

 また、保護者の視点から見ても、パート保育士のみでクラスを持つようになるということは、日々を通して継続的に子どもの成長を見守ってくれている保育士が誰一人存在しないことになってしまう。

 子どもの大事な成長過程に継続的に関わって、日々の子育てにアドバイスをくれたりする存在が担任の保育士だが、パートのみの複数担任では、やはりそのような役割を果たすことは難しい。

非正規への過剰な責任、正社員にもさらなるしわ寄せ?

 具体的な保育士の業務で問題となる例としては「日報」をあげることができる。日報は、担任がその日の園児たちの様子を報告する業務があるが、パートの場合、1日を通して全ての時間にいるわけではないので、そのような業務を丁寧に行うことは難しいだろう。

 正社員保育士の負担がさらに増えることも想像に難くない。これまでも、ギリギリの人員基準のため、日報などの業務を就業時間内に終えることは難しかった。このため、残業して書類を書く正社員保育士は多い。

 一方、パートの保育士は家庭の事情などを優先するためにパートを選んでいることが多く、残業じたいが難しい。パート保育士だけに担任を任せるのなら、別のクラスの正社員の保育士たちが、余計に残業して、そのクラスの分の日報を書くような事態も十分想像できる。

 そもそも、低賃金で雇われているパートにそこまでの責任を任せていいのか、任せることができるのかという問題もある。職員の中には給与水準から求められる以上の責任感を持って働くパート保育士もいるが、最低賃金ギリギリで働かされ、家計の補助を主要な目的として働いている保育士が、クラス担任をするほどの責任感を持てない保育士がいてもやむを得ないことだ。

 無論、正社員の保育士も低賃金・低待遇である。そもそも正社員保育士が必死になって現場を守ってきているからこそ、ギリギリ保育の質が保たれているという保育園は少なくない。人手が足りず、休憩も取れず、サービス残業が蔓延しているが、それでも子どもの命を守るためにと保育士が限界を超えて、現場を守っているのが現状である。

 その現状を変えるために必要なことは、保育士の待遇改善、手厚い人員配置基準にすることであって、短時間パートに責任を押し付けていく規制緩和ではないはずだ。

保育士の労働運動こそが、保育のビジネス化に歯止めをかける

 では、このような状況に対しどうしたらよいのだろうか。国の政策は4月以降の実施がすでに確定している。問題が生じることを防ぐためには、職場で労使交渉を行う以外に方法はないだろう。労働法上は、労働環境の在り方について労使が「対等な立場」で交渉することが認められている。

参考:「保育士一斉退職」の前に 辞めずに保育園を改善させる方法とは

 保育士たちが作る労働組合・「介護・保育ユニオン」では、保育士自身が考える現場の必要性から、所属する保育園の人員を増員するように複数の団体交渉で要求し、すでに大幅な人員増員を実現したケースもある。

 さらに、こうした現場から声をあげる取り組みを通じて「現場の実情」を発信していくことは、国の制度を変えることにもつながる。前出の「介護・保育ユニオン」では、今回の配置基準だけではなく、2000年以降に進行した保育の規制緩和全体の改善を求めるキャンペーンも行っている。

 保育士たちが求めているのは次のような項目だ。

(1)委託費(主に税金を原資とした、行政から事業主に払われる保育園運営費)の規制

2000年以降、委託費の規制緩和は進み、委託費の使い道は経営者が自由に決められるようになっている。株式会社の場合には、保育士の賃金分を削り株の配当にあてても違法ではなくなっている。この委託費の使い道に制限をかけ、適正な賃金水準を社会的に決め、その基準に沿った額を法人に支払わせることで、保育士の賃金をあげることにつなげること。

(2)人員配置の基準を引き上げること

現在の人員配置の基準は、それを守るだけでは十分な保育ができる基準にはなっていない。保育士自身が考える安心・安全な保育ができる基準に変えていくこと。

(3)公定価格を引き上げること

現在の低い人員配置基準を元に計算される公定価格では、手厚い人員配置、保育士の待遇改善は実現できない。公定価格自体を十分なものに引き上げること。

 以上のような制度改革を、社会的なキャンペーン(署名活動、街頭行動、デモ、行政申し入れ、インターネットやメディアでの発信など)として、労働組合を通じて行うことができる。

 保育労働者、またその当事者でなくても保育現場を変えていきたいと考える人は、ぜひこうした運動に関心を持っていただきたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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