「保育士一斉退職」の前に 辞めずに保育園を改善させる方法とは

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 保育士の一斉退職がここ数年で増加している。毎年のように起きる一斉退職を通じて、保育士の職場環境に問題のあることが、広く世の中に知られるところとなっている。それでも、状況はなかなか変わっていない。介護や保育業界の環境改善に取り組む個人加盟の労働組合の介護・保育ユニオンには、今年も保育士からの「一斉退職しそうだ」といった相談が相次いでいる。

 特に、秋から冬にかけての今の時期は、保育園で、保育士らに対して次年度も働き続けるかどうかの意向調査が行われる時期である。退職するのか続けるのか悩んでいる保育士の相談が多いという。

 労働環境や保育環境が悪かった時、耐えて続けるのか、辞めるのか。労働者が持つ選択肢はそれだけではない。「職場の改善を追求する」という道がある。

 今回の記事では、改善を追求するにはどのような方法があるのかを確認しながら、その中でも特に労働組合でどんなことができるのかを実例を交えつつ紹介していきたい。

行政(自治体、労基署)への通報という方法

 保育園の改善を求めるための選択肢の一つは、自治体への通報である。保育環境に問題がある場合、真っ先に思い浮かぶのが管轄の都道府県や市区町村への通報ではないだろうか。

 ただ、通報を受けた自治体がなかなか動いてくれないというケースは少なくない。

実際に、たとえば介護・保育ユニオンで取り組んでいるNCMA株式会社が運営する小規模認可保育園の事件でも、人員不足や保育環境などに問題があり、保育士たちはユニオンに相談に来る前に、何度も市への通報を行っていた。しかし、市は口頭で指導するくらいで、実際には改善は一向にされなかった。

 保育士が介護・保育ユニオンに加入し、団体交渉を申し入れ、保護者へのビラまきやメディア発信などの行動を始めてから、市もようやく重い腰を上げ、3ヶ月の間に、2回書面での指導を行った。

 このように、自治体も社会的な「プレッシャー」などがないと、なかなか動きが鈍い傾向があるのが現状だ。

 次に、労働基準監督署への申告も、多くの人が思いつくに違いない。ただし、労働基準監督署で扱える範囲は、労働基準法違反かどうかという点についてである。例えば、残業代が払われていなければ、労基署へ申告すると会社に調査に入ってくれる。実際に残業代未払いが確認されたら、労基法違反として、会社に対して労基署から指導が入る。

 しかし、労基署への申告でもできることに限界がある。例えば、証拠が不十分だと、なかなか労基署も残業代未払いを認めてくれない。また、そもそも労働基準法の範囲外である、保育環境やパワハラなどの問題は扱えないのが実態だ。

労働者自身が会社と対峙する「労働組合」という方法

 三つ目に、労働組合という手段について見ていこう。実は、こちらが「改善」のための本命の制度である。

 労働組合とは、日本では憲法で保障されている労働者の権利を行使するための団体である。労働者は労働者同士で団結して組合を結成し(団結権)、使用者に対して、労働条件や労働環境などの改善について団体交渉を通じて要求していくことができる(団体交渉権)。

 交渉では、労働基準法違反はもちろん、労基署で扱えない問題も全て含めて、議論の俎上に乗せることができる。団体交渉でも改善がされなければ、ストライキなどの行動を持って、会社に改善を迫っていくことができる(団体行動権)。

 労基署や自治体への通報との大きな違いは、労働組合が「労働者自身が、会社と対峙して、会社に対して直接声を上げていくもの」であるということだ。労基署や自治体のように、「第三者」が動いてくれるのではなく、職場の労働者自身が自ら会社と直接向き合い、交渉や様々な行動を通じて、改善を求めていく。

 その際、自分たちの職場の労働組合だけでは心細いが、社外の労働組合に加入するかたちをとれば、労働組合のスタッフや他の職場の組合員のサポートを受けることができる。

 実は、労働法の原則では労基署など第三者による取り締まりではなく、「労使自治」によって問題を解決することが「原則」とされている。警察(労基署)が外部からすべての職場問題を取り締まることは現実的ではないし、警察に管理された社会は、望ましい産業社会でもないからだ。

 そのような「労使自治」を実現するために、労働法や憲法は特別に労働者に団結権や団体交渉権、団体行動権を保障しているのである。

 

労働組合の「4つの準備」とは

 では、実際に労働組合で会社と交渉するときにはどのような手順になるのだろうか。組合によって異なるかもしれないが、介護・保育ユニオンの場合を例にみていこう。

 労働組合に相談し、労働組合を通じて改善を行うことが決まれば、まずは組合に加入し、準備を進めていくことになる。準備の内容としては、(1)一緒に闘う職場の仲間集め、(2)要求書作成、(3)証拠集め、(4)行動計画などがある。それぞれの準備をどのような順番でどのように進めていくかは、それぞれの職場の状況などによるので、労働組合のスタッフと相談して決めていくことになる。

 まずは、(1)一緒に闘う職場の仲間集めである。労働組合法においては、組合結成には2人以上の労働者が必要とされているが、個人加盟の会社外の労働組合に加入する場合は、職場の労働者はひとりからでも団体交渉ができる。ただ、やはり一定の人数がいたほうが、会社に対して強く迫っていけるので、職場での仲間集めは重要である。

 (2)の要求書というのは、使用者に対して改善を求めていきたい内容をまとめたものである。「残業代が払われない」「休憩が取れない」といった違法状態の改善はもちろん、「人員を増やしてほしい」「おもちゃなど保育に必要なものをきちんと買ってほしい」など、違法かどうかにかかわらず、職場で起きている保育環境について改善を求めていくことができる。

 (3)の証拠集めも重要である。いざ、残業代を請求しようと思っても、タイムカードやそのほか働いた記録がないと、請求していく時のハードルが高くなってしまう。パワハラや不適切な保育なども同じく、証拠がないと使用者側は「記憶にない」「そんな事実はない」などと言い逃れをしてくるので、録音などを残しておくことが重要だ。

話し合いだけでは解決しない!「団体行動」の重要性とは

 (4)の行動計画というのは、団体行動権に基づく行動をどのように行っていくかということである。

 団体交渉を申し入れた後、実は話し合いだけで解決するケースは少ない。というのも、使用者は基本的に、自らの利益の拡大を第一の目的として活動する。そのため使用者の多くは、労働者をなるべく「安く、長く」働かせ、提供されるサービスに対するコストも削減するよう努めることになる。このため労働者が、安心して働ける労働環境や、利用者が安心して利用できるサービスを要求したところで、使用者がそう易々と応じてくれることはほとんどない。

 そこで、使用者が「このまま改善しないと会社にとってよくない」と思うような「プレッシャー」をかけていく必要がある。その時に重要なのが、団体行動であり、具体的には本社前などでのビラまき・街頭宣伝、保護者へ手紙配布、SNS等でのメディア発信、などの行為である。このような行動をどのタイミングでやっていくかなどを相談して練っていく。

 これらの行動は、個人で行うと、民事訴訟で損害賠償請求をされたり、威力業務妨害罪・名誉毀損罪などの刑事犯罪に該当する可能性があるが、労働組合の正当な団体行動は、民事責任を免除され、刑事処罰も受けない。労働組合の行動には、それだけ強い力が法的に保障されているのだ。

 そうした団体行動の「王道」が、業務を拒否する「ストライキ」である。一斉退職という、ある種の「集団的」な行動を職員たちで既に行うつもりがあるのであれば、ストライキによって、その力をより効果的に発揮することができる。

 団体行動までの典型的な手順は、次の通りだ。まず、団体交渉の申し入れ後、日程調整をして団体交渉が行われる。退職日が迫っているなど、緊急の場合は申し入れから数日後に団体交渉が行われることもあるが、通常は1、2週間程度で行われることが多い。要求書に沿って、使用者と交渉を行っていくが、そこでの回答が不誠実であったり、団体交渉の開催が不当に遅らされているなどの場合は、計画していた団体行動にうつっていくことになる。

「集団の力」を「正しく」使って、実際に改善を勝ち取った保育士たち

 ここで、具体的なケースを紹介しよう。介護・保育ユニオンでは、職員のほとんどが一斉退職しそうだったところ、組合に相談に来て、そこから組合でストライキ権を行使して職場改善をさせ、一斉退職を回避した例がある。

 この保育園では、組合に相談に来る前から、職員たちが運営会社に対して、改善を訴え続けてきたが、まともに対応されることはなかった。そればかりでなく、改善を強く訴えていた職員が異動させられそうになり、ついに保育士たちの怒りに火がつき、ユニオンに相談の電話をかけたという。

 保育士たちは、「ストライキをする勢いで闘いたい」という気持ちと同時に、これまで散々改善を求めても無視し続けてきた園長や会社への絶望感も大きく、今にも一斉退職しそうであるという瀬戸際にあった。

 職員が退職する年度末を目前とした駆け込みの相談だったため、急速に準備を進め、団体交渉を会社に申し入れた。団体交渉は行われたが、不誠実な回答だったため、職員たちは終日のストライキに踏み切った。

 保護者には、事前に手紙を渡すなどして協力や理解を得て、さらに保護者自身も署名集めや、会社や行政に掛け合うなど行動を起こし、連携して闘うことができた。職場の半数の職員が組合員となり、ストライキに加わった。

 ストライキ当日は、会社が他の園からヘルプの職員をかき集めてかろうじて園を運営したが、会社に対して大きな打撃となった。その結果、職員の不当な異動は撤回され、園長や園長の問題を放置してきたエリアマネージャーの異動を実現できた。

 その結果、多くの職員が職場に残り、今も園で働き続けている。この保育園で環境改善を勝ち取った組合員の保育士は、「やめてしまうのは簡単だが、子供や同じ職場で働く人のことを思えば、改善を追求した方がいい」と話している。

一斉退職の前に、ぜひ労働組合に相談を

 このように、労働組合では職場環境の改善を追求していくことができるのだが、残念ながら日本では働く人にとって、労働組合が身近な存在になりえていないのが現状である。また、労働組合を知っていても、職場に絶望しきってしまい、闘う気力が起こらないという場合もあるだろう。

 ただ、そのような状況でも、労働組合に一度でもいいから相談してみることをお勧めしたい。一斉退職をするのであれば、「集団の力」を、より効果的に発揮することができるのが労働組合の行動だからである。

 労働環境の改善や、同じ職場で働く職員を守り、そして何より子どもたちの安全や安心して成長できる環境を守るために、労働組合という手段がある。また、一つの保育園で起きている労働条件や保育環境の問題は、そこだけの問題に止まらない。声を上げていくことは、保育業界全体の改善につながる一歩となるのだ。

 一斉退職をする前に、ぜひ労働組合に相談してみてほしい。

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