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最高裁判決で「差別」が拡大? 非正規差別訴訟の「争点」を考える

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 今週大きく報道されたように、日本郵便の契約社員たちが、手当や休暇が正社員だけに与えられているのは「不合理な格差」に当たると訴えた3つの裁判(日本郵便事件、全国三カ所で提訴されていた)で、最高裁は待遇格差を「不合理」だと認める判決を出した。

 一方で、その2日前に判決を言い渡した2つの訴訟では、原告の非正規労働者たちが逆転敗訴した(大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件)。原告側は、正社員と同じ仕事なのに賞与や退職金がないのはおかしいと訴えたが、最高裁はいずれも「不合理であるとまで評価することができるものとはいえない」と判断した。

 これらの判決は、今後の非正規雇用のあり方に大きな影響を与えるだろう。判決を踏まえ、今後、非正規労働者の処遇を改善するためにどのような取り組みが必要なのかを考えていきたい。

背景にある非正規雇用の変化

 改めて、多くの訴訟が提起された社会的背景を整理したい。背景には、近年の非正規雇用をめぐる二つの変化がある。

 一つは、職場における非正規労働者の位置づけの変化だ。商業・サービス業を中心に、いわゆる非正規雇用の基幹化が進み、以前は正社員が担っていたような基幹的な業務・役割を非正規労働者が担うようになっている。小売業や飲食業などでは店舗の運営の大半を非正規雇用が担っているということも少なくない。

 それにもかかわらず、正社員と非正規労働者の処遇に大きな格差があることが少なくない。原告が加盟する東京東部労組のブログによれば、メトロコマース事件の原告の1人の3年間の賃金が685万円であるのに対し、勤続年数などで同水準の正社員の賃金(退職金・賞与・諸手当含む)は1434万円である。非正規も正社員も同じ売店で同じように飲料や雑誌を販売しているというから、とても納得のできる格差ではない。

 基幹的な業務を担っているにもかかわらず、正社員との間に大きな待遇格差がある。こうしたことが認識されることによって是正を求める非正規労働者の声が高まり、法改正も後押しとなって多くの訴訟が提起されるようになった。

 二点目は、契約社員や派遣社員など、非正規雇用で自分の生活を成り立たせている者(「家計自立型非正規」)の増加だ。

 非正規雇用であっても、夫の収入が家計の中心を占める主婦パートや親に扶養されている学生アルバイトであれば、貧困になるとは限らない(とはいえ、もちろん「主婦だから」と差別が許されるものでは決してない)。しかし、「家計自立型非正規」の場合、多くが貧困状況にあると考えられる。

 10年ほど前には若者の貧困が社会問題として注目されたが、現在では、中高年層にも広く貧困が広がっている。

 正社員と同じようにフルタイムで働いているにもかかわらず、生活が苦しい。そうした状況が広がるなかで、当事者から処遇改善を求める動きが見られるようになってきたのだ。

様々な「事情」による格差は許される

 次に、日本における「同一労働同一賃金」のルールについて考えてみよう。

 「同一労働同一賃金」の原則とは、同一の労働に従事している場合には同一の賃金が支払われるべきという考え方だ。

 しかし、日本の賃金制度は「職務」の内容を基準としていない。賃金は、仕事で決まるわけではなく、その人の属性(年齢、性別、雇用形態、潜在能力、業績など)によって個別的に決定される。意欲や態度といった曖昧なものまでが評価の対象となり、「会社への貢献度」が賃金に反映される。

 そこで、日本における「同一労働同一賃金」は、こうした属人的な要素を加味した上で適用されるようになった。職務の内容だけでなく、人事異動の範囲や会社の経営判断をはじめ、様々な「事情」を加味した上で、待遇の格差が不合理であるか否か(どこまでの格差が許されるか)が問われる。それゆえ、本来の「同一労働同一賃金」の原則からは大きくかけ離れている。

 正社員と非正規労働者の間で、こうした広い意味での「事情」が同じということは通常ありえない。そのため、このようなルールで実効的に格差を是正できるのかは、当初から専門家の間では疑問視されていた。

心配は現実のものとなってしまった

 そして、このたび、最高裁は、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る」目的から賞与や退職金を非正規労働者に支給しないことが不合理ではないと判断した(いわゆる「有為人材確保論」)。「仕事」ではなく、極めて属人的な「事情」を理由に格差を容認したわけである。

 仕事の内容や実際の配置転換など、「客観的な実態」だけでなく、有能な人材に定着して欲しいなど、企業側の「主観的な意図」までも格差を正当化する「事情」になるとすれば、あらゆる格差が許容されてしまうだろう。

(そもそも、有能人材を残したいのであれば、他社よりも高い水準の賃金にすべきであって、社内の非正規と格差をつける必要はない。「有為人材論」は理屈の上でも破綻していると言わざるを得ず、裁判所の判断には強い疑問が残ることを付言しておきたい)。

 また、仮にこの論理を認めるにしても、賞与・退職金を一切支給しなくてもよいという判断は、予想される中でも最悪の結果だった。労働契約法20条の趣旨は、賃金の性質やさまざまな「事情」を考慮することで、一定の格差は認めるにしても、「大きすぎる格差」を是正するところにあるからだ。

 政府が示す指針においても、下のように、この点を明確に求めている。

賞与 賞与であって、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には、貢献 に応じた部分につき、通常の労働者と同一の賞与を支給しなければならない。 また、貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた賞与を支給しなければならない。

厚生労働省告示第 430 号

 個別事例での判断とはいえ、今回のようなケースでまったく是正措置が執られないならば、今後、ほとんどのケースで是正は必要ないということになりかねない。

判決の影響

 とはいえ、日本郵便の判決で見られたように、これまで明確な根拠がなく正社員にだけ支給されていたような個別の手当については、今後、その中身の精査が進み、一定の改善につながるだろう。

 それはそれで非正規差別の是正への「一歩前進」ではある。

 しかし、裁判所が賞与や退職金といった中核的労働条件の不合理性の認定に消極的な姿勢を示したため、当面、大幅な格差の是正は見込めない。判決の結果、様々な「事情」によって格差を許容する日本版「同一労働同一賃金」の限界が浮き彫りになってしまったのではないだろうか。

 そして、今回の判決を受けて、各種手当てについては改善が進む一方で、すでに賞与・退職金を非正規に部分的に支給している企業や、あるいは今後の支給を検討していた企業では、かえって格差是正の動きを逆行させることにもなりかねない

 「負の影響」が非常に大きいことが懸念される。

「同一労働同一賃金」を実現するために

 以上を踏まえると、本当の意味で格差を是正するためには、「仕事」が基準の賃金制度を実現しなければならない。あるいは、少なくとも「仕事」の比重を賃金決定のうえで大きくすることは必須である。

 欧米では、企業を超えて組織された労働組合と業界団体との交渉により、産業や職業ごとに賃金が決定されている。「ある仕事のこの程度のスキルであれば、このくらいの賃金」というのが企業横断的に設定されているのだ。

 「仕事」という共通の基準を設けることにより、労働者間の競争によって賃金が下落するのを抑止するとともに雇用形態を超えた同一労働同一賃金を実現している。

 日本で深刻な格差が生じてしまうのは、このような共通の基準がないためだ。特に、正社員と非正規労働者では「賃金決定の論理」が異なるため、大きな格差が生じてしまう。賃金決定のシステムに共通の基準がなく、差別が可能になってしまうことが問題の根本にある。

 日本版「同一労働同一賃金」は、こうした賃金決定の論理が内包する差別をそのままに、格差を是正しようとするものであり、限界がある。賃金制度を改変しない限り、本当の意味で非正規労働者の処遇改善が進むことはないだろう。

権利主張することの意義

 最後に、こうしたなかで、非正規労働者の方々がどのように格差の是正を目指すことができるかを考えたい。

 賞与や退職金については非正規労働者にとって厳しい判決となり、原告の方たちにとっては残念な結果になったが、それでもこの訴訟がもたらした社会的な意義は大きい。というのは、最高裁が、非正規労働者に賞与や退職金を支払わないことが不合理な格差に当たる場合があると初めて言及したからだ。

 すでにこの判決はメディアで大きく取り上げられ、議論を呼び起こしている。非正規労働者に賞与や退職金が支払われないのが当たり前であったのが、当たり前ではなくなる。このことがもたらす影響ははかり知れない。

 判決を受けて、多くの企業で賃金制度の見直しが進むであろうし、格差に疑問を感じている契約社員やパート、アルバイトの方々が声を上げるきっかけにもなるだろう。

 このように、新しい判例の形成は、その瞬間、全ての労働契約の意味を変える。日本郵便の判決は、雇用形態によって扶養手当などに格差を設けることが違法になり得るという新しいルールを生み出した。

 「何が違法であるか」は、社会の変化や人々の認識の変化によっても影響を受け、そのつど「線引き」がなされる。こうした「線引き」は裁判を通じて争われ決まっていく。そうした闘いの積み重ねによって、社会の新しいルールが形成され、「正しさ」が形づくられていく。

 一連の訴訟は、私たちの社会が非正規労働者の処遇をめぐる「正しさ」を決めていく上で大きな意義のあるものであり、こうした闘いが繰り返されることによって、将来、賞与や退職金の支給に関しても新しいルールが生み出される可能性は高いのである。

団体交渉は法律を超える

 同時に、待遇格差を是正する方法は裁判だけではない点にも注目して欲しい。むしろ、裁判は例外的な方法であり、通常、労働条件の向上は労働組合による団体交渉によって図られる。とりわけ、裁判所が積極的な判断をしない状況において、本記事で問題にした「賃金決定の論理」に非正規労働者が介入していくためには団体交渉が重要な手段になる。

 上に述べたように、現在では、非正規労働者が中心を占める職場も少なくない。それは、職場において非正規労働者が強い交渉力を持つということでもある。労働組合があれば合法的にストライキを行うことができるため、強い交渉力を背景に、会社に対して待遇格差の是正を求めることができる。

 法律や権利を活用し、非正規労働者の処遇改善を図る当事者や労働組合の取り組みが待遇格差を是正する上で極めて重要になっていくだろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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