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横浜市の保育士が90日間の「ストライキ」 「一斉退職」からスト急増の理由とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

年50件を割り込んだ日本のストライキと、横浜の保育士の90日間ストライキ

 今年6月から8月にかけて、横浜市鶴見区の小規模認可保育園で、個人加盟の労働組合である介護・保育ユニオンに加盟する2人の保育士が、90日を超える終日ストライキを行った。

 本件は「ハート保育園」グループで起きた争議で、保育士たちは街頭宣伝行動やビラ配り、署名集めなど様々な行動を連日行い、8月中旬には2100人分集まった署名を横浜市に提出し、NHKなどのマスメディアでも多数報道された。

 現在、日本のストライキ件数は非常に少ない。厚生労働省が今年8月に発表した調査によれば、国内での年間のストライキ件数は戦後初めて50件を切ってしまった。半日以上のストライキに至ってはわずか27件だ。

 1970年代には年間5000件以上行われていたストライキが、50年で100分の1に減少してしまったのだ。2018年のアメリカでは過去30年で最多の48万5200人が全米でストライキに参加し、「ストの年」とまで呼ばれたのとあまりに対照的だ。

 そんな中で、90日の終日ストライキを行った横浜の2人の保育士の行動は、突出したものに映る。しかし、このストライキが特徴づけられるのは、単に日数の長さからだけではない。「賃上げ」だけではなく、仕事の「質」にかかわる要求をしていることが、その特徴だ

 筆者は、近著『ストライキ2.0』(集英社新書)で今回のような争議を「21世紀型のストライキ」と位置付け、ストライキの世界的な新しい傾向に連なるものと捉えている。

 本記事では、介護・保育ユニオンの保育園のストライキの複数の事例を通じて、日本のこれからのストライキの展望について論じてみたい。

「過去最低」の中で際立つケアワーク

 厚労省の今年度のストライキ調査によれば、国内のストライキ件数は過去最低を記録したが、この調査には、実は今後の日本の労働運動の可能性を示唆する傾向もあった。

 それは、医療・福祉分野である。産業別に見ると、一番ストライキが多いのは「医療・福祉」の12件で、6523人が参加している。介護・保育ユニオンでも、2020年だけで上記の横浜市鶴見区の認可保育園をはじめとした3つの保育園で終日ストライキをしており、これは同ユニオンにとっても今までにない傾向であるという。

 医療や福祉分野は、製造業などと違って、「人」に直接かかわる仕事であり、ストライキを起こすことが利用者の生活や命に直接的に影響が出るため、ストライキを起こすにはハードルが高い。

 それにもかかわらず、ストライキ数が史上最低を記録した日本で、一番多くストライキを行っているのが医療・福祉分野で働くケアワーカーたちなのである。

 ケアワーカーたちの相次ぐストライキの背景を、冒頭で紹介した横浜のハート保育園のケースから読み解いてみよう。

しごとの「質」を求めるストライキ

 2人の保育士を90日間連続のストライキにまで踏み切らせた直接のきっかけは、今年春に彼女たちが、コロナウイルスの感染対策などを保育園に求めたことである。同園では、緊急事態宣言が出される中、登園児数が1日1〜2名のみにまで減少した。

 それにもかかわらず、正社員の保育士は全員が出勤を指示され、園児・保育士共に感染リスクの高い環境になってしまっていた。そのため、出勤する職員も減らすよう、この2人の保育士たちが会社に抗議したのだ。

 その結果、在宅勤務が一応認められることになった。しかし、その後、2人は年度途中にもかかわらず、突然の理不尽な異動を命じられた。合理的な理由もない異動であったため、会社に対して意見をしていた2人に対する「報復的な人事」であると考えられた。

 そこで保育士たちは介護・保育ユニオンに加盟し、登園児が少ない場合の出勤シフト削減と全額の休業補償、異動の撤回などを要求し、ストライキに踏み切った。

 子どもや保育士たちの安全を考えればごく当たり前の、むしろ必要不可欠であることを求めたことが、彼女たちの主要な争議の争点だった。これこそが、ケアワーカーのストライキの特徴であると言える。

仕事の「質」を求める「21世紀型ストライキ」

 介護・保育ユニオンでは類似の事例をいくつも扱っているという。

 例えば、株式会社こころケアプランの経営する東京都足立区の東京都認証保育園で園長として勤務していたAさんは、保育士の人数削減をしないことや、パート職員と無資格の保育職員にもコロナ休業中の休業補償を全額支払うことを求め、理事長らと争っていた。

 こころケアプランの経営陣は、「保育士が多くなることに意味はない。法人としては保育士の人数が減って、利益が上がると、全部が良い」「保育士は子どもをフロアのコーナーで見ていればいい」「散歩も行きたい子だけでいい」などと、利益のために「質」を下げることを正当化していたという。こうした圧力に抗議し、園長を突然降ろされたAさんは、自身の異動の撤回などを求めてストライキに踏み切った。

 また、別の保育園では、職場の過半数を占める総勢10名以上がストライキをおこなった。この保育園では、保育士たちが保育環境の改善を求めても無視する園長やエリアマネージャーを異動させることと、逆に園長や会社の問題に対して声を上げていた職員に対する不当な異動の撤回、そして人員配置を増やすことなどを要求した。

 ストライキの結果、実際に職員の異動撤回と園長及びエリアマネージャーの異動、人員増員を実現させている。

 いずれの保育士たちも、コストカットで利益追求を図る経営者から「保育の質」を守るために声を上げていた。ビジネスを目的として保育にかかわる経営者に対して、保育士たちは「NO」を突きつけ、「利益のための保育」ではなく「保育のための保育」を実現するよう求めたのだ。

「21世紀型」のストライキ

 ここまで紹介した保育士たちのストライキは、賃金などの労働条件の改善だけではなく、仕事の「仕方」に自発的にかかわり、その「質」を守っていくことが目指されているというところにその特徴がある

 これこそが、筆者が著書の『ストライキ2.0』の中で言及してきた「21世紀型ストライキ」の特徴である。

 従来の「20世紀型の労働運動」では、労働者の賃金の維持・上昇への要求がメインとなり、それと引き換えに、労働内容に対する「質の確保と自主性・自律性の防衛」は二の次とされていた。労働組合は、賃上げのためには、無理な「コストカット」の要求にも応じる傾向があったのだ。

 しかし、本記事で見たように、「21世紀型ストライキ」では、サービスの質が重要な争点となり、労働者が経営にも積極的に口を出して闘うようになっている。その象徴的な労働者が、労働の「質」が消費者や地域と結びやすい、保育士のようなケアワーカーなのだ。

 冒頭で示したように、実際にストライキの中心は製造業や交通から、ケアワーカーに移っている。そして、ケアワーカーによるストライキの増加傾向は、世界的な現象でもある。

規制改革の「期待の星」が経営する保育園で、新たな保育士ストライキか

 最後に、介護・保育ユニオンが現在、新たにストライキを準備している保育園の事例を紹介しよう。千葉県印西市にある小規模認可保育園の事件である。

 同園を経営するNCMA株式会社は、「NPO法人日本チャイルドマインダー協会」という団体が前身で、代表の西内久美子氏は、内閣府の規制改革会議において福祉・保育・介護タスクフォースの事業者ヒアリングに呼ばれるなど、保育の規制改革において注目された人物である。

 同協会の発足理事には西内氏のほか、派遣会社大手の株式会社テンプスタッフ代表取締役社長(当時)・篠原欣子氏、社会起業家のNPO法人フローレンス代表・駒崎弘樹氏など、そうそうたるメンバーが名を連ねていた。

 このブランドに引かれて子供を通わせている利用者も多いことは想像に難くない。しかし、かつての規制改革の「期待の星」が現在経営する保育園では、園児と職員がビジネスのために危険に晒されていたという。

 「会社は子どもをお金としか考えていない」。組合に加入した保育士たちは口を揃えて言う。この園には管理職を除くと正社員の保育士がたった2人しかいないにもかかわらず、代表の西内氏は委託費を多く行政から引き出すことを目的として、園児を受け入れ数を増やそうとしていたからだ。

 特に西内氏は、「ゼロ(0歳児)は単価が高い」と職員の前で口にし、他の年齢より委託費が多く割り当てられる0歳児の入園を強く希望していたという。だが、0歳児の保育はリスクが高く、受け入れ増加には十分な体制の整備が必要だ。

 ところが、同社は保育の「質」に問題を抱えていたという。保育士不足のまま0歳児を増やそうとすることはもちろん、0歳児のためのベビーベッドも数年前から壊れており、保育士が購入を求めても拒否されている状態だ。園庭も地面が荒れており、芝が剥がれかけて転ぶ園児がいるが、整備を訴えても無視され続けていた。

 また、同園では給食の調理を保育園で行うとうたっているが、同園には調理師がパート職員1人しかおらず、週1〜2日は業者に弁当を注文しているのが実情だという。保育士らが調理師の新規採用を求めると、西内氏は、「管理職か保育士が調理に入れば良い」と無理な主張をしたと、保育士たちは訴えている。

 深刻なことに、新型コロナウイルス感染対策についても、代表の西内氏からは特に何ら具体的な指示はなく、現場の保育士たちが自分たちで考えて対策をしていたという。また、コロナ禍で保育園が臨時休園となった際の休業補償についても、平均賃金の6割分しか払われていない。

 職員に休業補償を全額支払うよう内閣府や厚労省による通知が出ているにもかかわらず、残りは同社の懐に入れられてしまっている状態だ。いわゆる「休園ビジネス」である。

 

参考:保育士の「ストライキ」が続出 コロナ禍の「税金着服」に怒りの声

 同社の説明によれば、全額補償をしない理由は、園児数が少ないために委託費も少額だからだという。しかし、なぜ保育園の運営がなぜそこまでギリギリなのか、保育環境の改善を惜しむ一方で、委託費を一体何に使っているのかは開示されていない。

 委託費は近年の規制緩和で経営者が自由に使えるようになったため、保育園と無関係な使途に「流用」する園が相次いでいるが、株式会社NCMAもそうした「流用」が疑われても仕方がないだろう。

 このように、単なる労働条件に限らず、経営の中身やサービスの質に関する問題が、ここでも主要な争点となっている。管理職と二人の保育士たちは、介護・保育ユニオンに加入し、利益優先の保育園の体質を変えるために、終日ストライキを予告している。

 同園の正社員全員である3人が終日ストライキに入れば、同園は一時的な閉園に追い込まれる可能性が高い。もちろん、利用者への影響も少なくない。しかし、危険な環境で保育を続けるよりも、保育の質の改善が何より大切だと、保育士たちは考えている。

 ストライキによる認可保育園の事業停止は極めて稀であり、実施されれば「21世紀型ストライキ」の象徴的な事例になるだろう。

おわりに

 本記事で紹介してきた保育士たちのように、経営者の「利益のための保育」に疑問を感じている労働者は多いはずだ。ここ数年、保育園の一斉退職が毎年全国で多発している。それが、ますます保育の不足を招いている。

 一方で、一斉退職ではなく、労働組合で質の改善を交渉するという選択肢がある。ビジネスから保育の質を守り、現場で働く労働者の自主性や自律性を発揮するための闘いが今後も広がっていくことを期待したい。

 なお、介護・保育ユニオンでは本日、労働相談ホットラインを行うということである。

「一斉退職の前に労働組合へ 保育職場の労働相談ホットライン」の概要

日時:9月20日(日)13時~17時

番号:0120-333-774(通話無料・相談無料・秘密厳守)

主催:介護・保育ユニオン

常設の無料相談窓口

介護・保育ユニオン

TEL:03-6804-7650

メール:contact@kaigohoiku-u.com

*関東、仙台圏の保育士たちが作っている労働組合です。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業ユニオン 

03-6804-7650

soudan@bku.jp

*ブラック企業の相談に対応しているユニオンです。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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