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「従業員シェアリング」は美談なのか? 「解雇」や「賃下げ」に利用されるリスクも

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 全国で緊急事態宣言が解除された後も、サービス業では客に対して人手が「過剰」になる状況が広がっている。アルバイトやパートを中心にシフトを削減されてしまい、収入が減って生活苦に陥る人も多い。

 私が共同体表を務める「生存のためのコロナ対策ネットワーク」が5月31日と6月1日に労働問題や生活困窮を抱える人たちに向けに実施したホットラインでも、全国から寄せられた383件の相談の七割以上が休業補償を会社が出してくれないというものだった。

 また、企業が「人余り」を嫌い、休業補償を支払わずに解雇や雇止めに走るケースも増加している。厚生労働省が6月5日に発表した集計でも、新型コロナウイルス感染拡大に関連した解雇や雇い止めが、見込みを含めて2万人を超えている。注目すべきは、先月21日時点から2週間でその数が倍増している点だろう。

【参考】新型コロナ解雇は2万人超 2週間で倍増、厚労省が発表(2020年6月5日 共同通信)

 こうした中、企業が雇用を維持し、労働者に給与を支払う方法として「従業員シェアリング」という手法が一部で広がり始めている。一見「効率的」に見えるこの仕組みは、実は、労働者側への負担が非常に大きく、今後新しい問題を発生させることが懸念される。

「従業員シェアリング」は「雇用維持の救世主」か?

 従業員シェアリング(以下、従業員シェア)は、コロナの影響で人員が過剰になった企業から人手不足の企業へ労働者を一時的に異動させ、雇用を守る仕組みだ。新聞報道によると、従業員シェアでは労働者は元の企業との雇用関係を維持したまま、別の企業で働くという。これは法的には「出向」として位置づけられると考えられる。

 日本でも、主に、人手不足のスーパーなど小売業界と、臨時休業を強いられ人手が余っている飲食業界の間で従業員シェアを導入する企業が出始めている。

 5月7日には、居酒屋大手のワタミが、首都圏の居酒屋に勤務する正社員約130人を対象に、ロビアのスーパーで働いてもらうと報道された。また、スーパー「まいばすけっと」や食品デリバリーの出前館なども外食産業から労働者を受け入れているという。

【参考】ワタミ、休業店舗の従業員をスーパーに臨時出向 (2020年5月7日 日本経済新聞)

 こうした手法は、一見すると労働者、出向元・出向先の三者それぞれにメリットがあるように思われるかもしれない。「良心的」な経営者が労働者の生活を守ろうとする「美談」であると感じる方もいるだろう。だが、実は従業員シェアは、運用次第でかえって労働者の生活を追い詰めかねない。

 以下、どのようなトラブルが予想されるのかを見ていこう。

雇用責任はどちらの企業に?

 元の企業との雇用関係を維持しながら、別の企業で働く場合、雇用に付随する法的責任関係が曖昧になりやすい。労働契約関係が不明瞭なままでは、給料の支払い義務、労災が起きた際の責任関係、社会保険の加入等の責任が出向元・出向先のどちらにあるのかが曖昧になり、労働者の権利は侵害されやすくなる。

 そのため、以前から「出向契約」は法的なトラブルになりやすかった。

 こうした問題を防ぐためには、従業員シェアを出向としての法的な責任関係を明確化しておく必要がある。出向では、出向元との雇用関係は継続したまま、出向先と新たに労働契約を結ぶ。労働者は出向元と出向先の双方と労働契約を結んだ状態で働くことになる。

 もっともトラブルになりやすいのは、元の会社との労働契約を解除し、新しい会社と労働契約を結ぶ「転籍」をしようとする場合だ。この場合は実質的な解雇に当たるのに、なし崩し的に要求されてしまうことが多いのだ。

 例えば、親会社から子会社に出向させられたまま、転籍させられてしまう(これにより、実質的な賃下げが行われる)といったケースがトラブルになりがちだ。

 従業員シェアを会社から告げられたとき、労働契約関係を曖昧に説明されてしまったのであれば、特に注意が必要だ。

出向契約で賃金が下がる? 休業手当より損する可能性

 今回の従業員シェアでも、もとの賃金よりも出向先の賃金が下がるトラブルが予想される。

 もちろん、出向先が元の賃金水準と同額かそれ以上の賃金を支払うならば、少なくとも賃金に関する問題は生じない。しかし、会社が自動的に賃金水準を維持してくれるという保証は残念ながらどこにもない。

 そもそも、企業は労働者を出向させずとも、休業手当を普段の給料の全額支払うことができる。特にコロナの感染拡大に対応するため、国が雇用調整助成金の助成率を引き上げ、申請も簡易にしている現状では、普段と同程度の休業手当の支払いはごく当たり前の企業の社会的責任(CSR)であるといえる。

【参考】「申請できない」はウソ! 整備進み、雇用調整助成金の活用が「急増中」

 つまり、会社がわざわざ従業員シェアを選びながら、出向先の賃金がもとよりも減ってしまう場合、その会社は明らかに労働者の生活を保障する社会的責任を果たしていない。

社員の負担が重い現実 三密職場への出向命令も

 次にトラブルとなりそうなのは出向先の労働環境に問題がある場合だ。従業員シェアでは出向先は労働者が選べるわけではない。雇用を守るためという名目で、感染リスクの高い三密職場への出向を命じられ、感染の危険を労働者が負わされる可能性があるのだ。

 コロナの感染リスクの他にも、長時間労働の職場への出向や、腰痛持ちの労働者が腰に大きな負担のかかる職場に出向しろと命じられる場合も想定される。また、不慣れな仕事や、子育てや介護などの家庭の事情を考慮せずに遠方への出向を命じられてしまうかもしれない。

 さらに、それほど酷い職場に異動するわけではない場合でも、不慣れな職場(しかも別業界の他社)への出勤を命じることは、労働者に相当の精神的・肉体的な負担を強いるということは、もっと指摘されてしかるべきだ。

 例えば、過労による精神疾患や自殺が生じた場合、その原因を評価する厚労省の「心理的負荷評価表」においても、不慣れな職場への異動は強い心理的負荷があるとして、過労自殺の原因として評価される。

 「従業員シェア」は素晴らしい仕組みのように喧伝されているが、会社や社会の側は、それが社員に大きな負担を強いる仕組みだという視点をしっかりと持つべきだろう。

法的にも「従業員シェアリング」は自由にできない

 こうした労働者側の思う負担のために、実は、法的にも「授業員シェアリング」は自由にできるわけではない。

 企業内の人事異動と違い企業間の人事異動である出向では、就業規則や労働協約などに正式な規定がなければ、使用者に一方的な命令権は認められないと考えられている。また、規定や労働者の同意があったとしても、出向によって労働条件に大きな不利益変更がないように配慮しなければならない。

 こうした条件を満たさない出向命令は、法的には「指揮命令権の濫用」として無効となる可能性がある。だが現実には、休業補償が全く払われないか、三密職場だが給料が払われるか、どちらかを選べと会社から言われた場合、やむを得ず後者を選ぶ労働者が多数出てくることが懸念される。

 繰り返しになるが、会社が政府の雇調金を申請し、休業手当を普段の給料と同額支払っていれば、社員がこうした二択のどちらかを選ぶ必要など本来ない。

 「従業員シェアリング」には、企業の社会貢献をアピールする狙いも多分にあると思われるが、そうであるならば、社員への金銭的な配慮や、精神的負荷への配慮は必須であると言うことを強調しておきたい。

より公正な仕組みが必要

 筆者には、上記のような懸念への言及がないまま従業員シェアがメディアで手放しに称賛される状況は、休業手当を支払わず解雇することで労働者の生活を守るという主張を行ったロイヤルリムジンの「美談」化と同じ問題が潜んでいるように思われる。

【参考】タクシー会社の大量解雇は「美談」ではない 労働者たちが怒っているわけとは?

 労働者の権利や生活を考慮せず、もっぱら経営や産業の都合から問題を考えるとすれば、それはあまりに一面的だ。そもそも人間である労働者を「シェアリング」するという発想には、ある種、人間を「モノ」や「物品」のように扱う発想も感じられる。

 とはいえ、実際に人手が余っている業種から人手不足の業種への労働力の配置転換自体は、労働力の調整システムとして一定必要とされるのも事実だ(こうした機能は、労働市場調整機能と呼ばれる)。

 労働者の権利と産業の都合を調整するための、より公正な仕組みこそが求められているのではいだろうか。例えば、その一つとして考えられるのは、世界や日本の法律で認められている「労働者供給事業」である。これは、産業別労働組合が主体となって、労働市場調整を行うことで、世界的には珍しくない。

 最後になるが、すでに見たように、法的には出向は自由に命じることができるわけではない。労働組合に加入して交渉することで、出向自体の撤回と休業手当の支払いを求めたり、出向の際の雇用関係・責任関係の明確化、賃金水準の維持などに関する労使協定を結ぶなどの対応も可能だ。

 もしこのような不当な従業員シェアを押し付けられている方がいればぜひ本記事末に掲載する労働組合やNPO等の支援団体に相談しされることをお勧めしたい。

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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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