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”3密”「命がけ」のコールセンター業務 KDDIでは労働者が訴えて劇的に改善

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 新型コロナの感染拡大に伴い、仕事ができずに収入が減少した方の生活の問題が深刻化している。一方で、それとは対照的に、緊急事態宣言が発令されても、変わらず営業を続ける会社で働く労働者の不安と不満の声も高まっている。

 先週放送されたNHK「ニュースウォッチ9」では、“見えない三密”として、コールセンターで働く人々の職場環境の問題が大きく取り上げられた。

 NHKのインタビューを受けたコールセンターで働く30代の女性は、個人加盟の労働組合・総合サポートユニオン に加入し、株式会社KDDIエボルバ に対して「労使交渉」を申し入れたという。全国各地のコールセンターでコロナ感染者が出ているなか、感染リスクの高い“3密職場”の解消を目指している。

 放送から1週間が経ち、この女性が働く新宿のセンターでは大きな改善がみられているという。労働組合による労使交渉は、どのような成果をあげているのだろうか。

「3密」の解消を求め労使交渉へ

 KDDIエボルバは、KDDIのグループ企業で、全国各地でコールセンター事業等を請け負う企業だ。

 上述の女性が働いているのは、KDDIエボルバの新宿のコールセンターだった。NHKの報道にも見られるように、同事業所では、「労使交渉」の申し入れ以前は、“3密職場“そのものといった環境だったという。

 高層階のため窓を開けての換気が不可能な環境の下、1フロアに100人近いオペレーターが密集し、オペレーター間の距離は1メートルほどしかなかった。向かいのオペレーターとの間に仕切りはなく、マスク着用やアルコール消毒は義務化されず、さらにヘッドセットは共有となっていた。いつ新型コロナへの感染が職場に蔓延してもおかしくないと感じる環境であったという。

 女性は、個人的に会社に対して改善を訴えていたが、ほとんど対応してもらえなかったことから、個人加盟の労働組合・総合サポートユニオン に加入して、 「労使交渉」で“3密職場“の改善を訴えることにしたのだという。

 総合サポートユニオンによれば、彼女が働くKDDIエボルバの新宿のセンターの状況は、「特別に悪質なコールセンターというわけではなく、様々な会社が運営する全国各地のコールセンターと同じような環境にある」という。

 とはいえ、次に見るように、同社は労使交渉に対して誠実に応じ、速やかに適切な対応をとっている点も強調されるべきだろう。

「労使交渉」によって得られた大きな改善

 総合サポートユニオンが4月末に「労使交渉」を申し入れて以来、同社の新宿のセンターでは大きな改善がみられた。そして、昨日には、対面での交渉の場が設けられ、多くの改善策が会社から提示されたという。

 具体的には、8名定員の「島」に、最大でも3名までしか座らないようにし、オペレーター間の距離を2メートル以上確保できるようにする。また、席を仕切るアクリル板の衝立を設けて、飛沫感染を防ぐ措置を講じた。ヘッドセットについても今後個人専用の物を用意する予定だという。

 また、会社がマスクを配布して着用を義務化し、管理者がアルコール消毒を確認する。さらには、公共交通機関の利用を避けるため、車とバイク・自転車の通勤を一時的に許可したり、休憩室を増設して室内の“密”を改善したりもしているという。

 労働組合に加入した女性やその同僚たちについては、「労使交渉」の申し入れ以降、自宅待機の日が大幅に増えて、今では就労予定日の半分以上が出勤不要の自宅待機日となっている。この自宅待機日は100%の給与が支払われており、減収の心配もない。

 ただ、テレワークの導入という提案に対しては、会社側はセキュリティ上の問題がありクライアントからも理解を得ることが難しいと主張して、この点は今後労使で継続して競技することになったという。

 いずれによせ、このように大手企業でコールセンターで実効的に環境改善が進められていることは、非常に高い意義があり、同社の動きは今後、同業他社にも影響を与えていくと思われる。

なぜ「労使交渉」で改善できるのか

 今回の「労使交渉」は、具体的な感染対策を会社に対応を促し、“3密職場“を改善することに奏功している重要なケースであるといえるだろう。

 では、なぜ「労使交渉」は会社の対応を変えることができたのだろうか。今回は、少しこの点を掘り下げてみたい。というのも、新型コロナウイルス対策を産業界に広げていくために、「労使交渉」は法律に認められた制度として、極めて有効であり、ますます拡大が求められているからだ。

 第一に、労働組合には、会社と労働条件・労働環境について交渉する権利が認められている。これを団体交渉権と呼ぶが、労働組合から団体交渉を申し込まれたら、会社は正当な理由がない限り、これに応じて、誠実に交渉する義務を負う。

 これは、労働者個人が会社に対応を求めた場合とは大きく異なる。私が代表を務めるNPO法人POSSEの相談窓口には、「会社が感染対策をしてくれない」、「“3密職場”でクラスターになる可能性があり、営業をストップさせたい」といった声が数多く寄せられている。

 そして、そのうちの多くの方が、会社に対応を求めても、無視されてしまったと訴えている。なかには、自治体や労働基準監督書に“3密職場”の改善指導を求めたが、対応してもらえなかったという相談もある。

 だが、労働組合に交渉を申し込まれた場合は、会社はこれを無視することはできない。万が一、無視したとしても、それ自体が違法行為であるため、そうした対応をすれば大きな問題となることを避けられない。

 第二に、労働組合にはストライキや言論活動を行う権利が認められている。労働組合に団体交渉を行う権利が認められているとはいえ、会社にはその「要求」に必ずしも応じる義務はない。要求自体に社会的正当性がなければ、いくら訴え続けても「要求」が通ることはない。

 しかし、今回のコロナ問題のように、明らかに社会的正当性がある場合には、労働組合のストライキや言論活動は大きな効果を発揮するのである。

 ストライキというと驚いてしまう方もいるかもしれないが、ストライキは労働組合の正当な活動の一つである。労働組合がストライキを行うことによって会社の業務の正常な運営を阻害したとしても、それが正当なストライキと認められる限り、刑事上の罪にならないのはもちろん、ストライキによって会社に損害が生じたとしても、損害賠償の責任は生じない。

 また、労働組合は、言論活動を通じて、職場の実態を世論に訴えることもできる。団体行動権の行使として行われる言論活動には刑事免責・民事免責が認められるため、意図的に虚偽の情報を発信するなどしない「正当な組合活動」の範囲内である限り、自由に行うことができる。

 実際、こうした権利を活用して、総合サポートユニオンに加入した女性たちは、「労使交渉」の申し入れの際に、多くのメディアの取材を受け、SNSでも職場環境の問題点を大々的に情報発信している。

 「感染防止対策に協力せずに営業を続け、労働者を危険な状況で働かせ続ける会社」というイメージを世間にもたれてしまうことは、会社としてはなんとも避けたいことだから、こうした言論活動の効果は大きい。

 そもそも、労働組合の制度は、今回のコロナ感染と同じように、「職場の労働災害」を防ぐことが主要な目的の一つとしている。コロナ対策を労使交渉することは、世界的に見て、100年以上の歴史の延長線の上にあるといって差し支えないことなのだ(尚、厚生労働省はは、仕事と感染の関連が認められる場合には、コロナ感染を「労働災害」として扱うとしている)。

 参考:会社でコロナに感染したら、損害賠償を請求できる? 厚労省は労災保険を適用へ

仕事と「労使交渉」は両立できる

 とはいえ、会社に対して交渉を申し入れるというのは勇気のいることだ。嫌がらせを受けないかと心配になる方もいるだろう。しかし、会社は、正当なストライキに参加したことを理由に、労働者に不利益な取扱いをすることはできない。そのような行為は不当労働行為として法律上厳しく禁じられているのだ。

 実際、KDDIエボルバに「労使交渉」を申し入れた女性は、申し入れ以降も、以前と変わらずに仕事を続けることができている。上司や同僚の態度もこれまでと特に変わらず、普通に働くことができているという。

コールセンター業界全体の改善に向けて

 他方で、昨日のKDDIエボルバとの交渉では、コールセンター業界全体での改善に向けた課題も浮き彫りになっている。それは、地方の下請会社をめぐる対応の問題だ。

 新宿のセンターは、同社の完全親会社である株式会社KDDIの業務を請け負うことから、比較的改善をしやすかったもいと考えることができる。というのも、一般的には、出勤人数の削減や様々な”3密”対策の施策を講じる際にはクライアントの了解を得る必要があり、それを得られないと改善が進まないからだ。

 また、首都圏の“3密職場”の改善が、地方都市のセンターへの業務のしわ寄せへと繋がってしまう構図もある。首都圏のセンターの”3密”対策のために、地方都市のセンターに業務が振り分けられており、地方都市のコールセンターで働く労働者からは、「業務量が増えている」という相談も寄せられている。

 こうした状況を受けて、総合サポートユニオンは、様々な会社が運営する全国各地のコールセンターで働く労働者の相談を100件以上受け、今回のKDDIエボルバの新宿のセンターにとどまらず、業界全体・全国各地のセンターの”3密"の解消を目指しているという。

 実際、同労組は、業界全体の改善のために、コールセンターの”3密”の解消を求めるネット署名運動を始め、2万5千筆の署名を集めている。また、コールセンター業界で働く労働者のための匿名のグループチャット(現在、約70名が参加)も運営しているという。

 もちろん、ネット署名やグループチャットへの参加だけでは、自らが働く職場の直接的な改善にはつながらないが、上述した通り、労働組合に加入して会社と「労使交渉」を行うことで、”3密職場”の改善を促進することができる。”3密職場”でお悩みの方は、個人加盟の労働組合等の相談窓口にぜひ相談してみてほしい。また、すでに存在する職場の労働組合には、ぜひ職場の”3密対策”で存在感を発揮して欲しいと思う(なお、職場の労組が動かないときも、外部の労組に加入して労使交渉することができる)。

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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