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会社でコロナに感染したら、損害賠償を請求できる? 厚労省は労災保険を適用へ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 現在、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEや連携団体である総合サポートユニオンへは、いわゆる「3密」状態の下で働くなど、職場で新型コロナウイルスへの感染防止対策がなされていないことに関連する労働相談が増加している。

 「3密」とは、密閉空間(換気の悪い密閉空間である)、密集場所(多くの人が密集している)、密接場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる)のことだ。

 このような感染リスクの高い環境で働いたり通勤をしたりすることによって、実際に新型コロナウイルスに感染してしまった場合、労働災害には当たるのだろうか。また、感染防止対策を取っていなかった会社に対して、損害賠償請求はできるのだろうか。

 新型コロナウイルスと労災の関係を考える上での一例として、韓国ではソウル市のコールセンターで働く労働者が、新型コロナウイルス発症と業務との因果関係が認められ初の労災認定がなされている。

 参考:「九老コールセンターの相談員に労災認定、コロナ関連で初」

 

 同国の担当機関は、「人が密集する空間で勤務する業務の特性上、反復的に飛沫など感染の危険にさらされていたため、業務と感染との間に相当の因果関係があると判断した」と説明している。

 日本でも、上記のような密集空間で反復的に飛沫感染のリスクを抱えて労働をしてる労働者は少なくない。コールセンターや学校、保育園などでは、労働者が「3密」の状況で働き、高い感染リスクに晒されている。

 今回の記事では、そのような感染リスクが高い状況で働いている労働者の実態や厚労省の労災認定への見解などを踏まえつつ、業務が原因で新型コロナウイルスに感染してしまった労働者が救済される方法を紹介していきたい。

感染リスクに晒される相談事例

 NPO法人POSSEや総合サポートユニオンへ寄せられている感染リスクが高いままに労働を強いられているという相談事例は以下のようなものだ。在宅勤務等を求めても認められず、感染リスクに晒されて出勤を強いられている実態がわかる。

(1)アルバイト、コールセンター

 職場にアルコール消毒液がない、マスクをしていない人がいる、「3密」が揃っている。感染する不安を感じて、毎日仕事をしている。テレワークをしたいと伝えると、「給料が下がるよ。連携が取りづらいし、サボってしまう人も出る可能性があるから」と断られた。

(2)個人事業主、コールセンター

 職場が密閉された空間で、従業員同士の距離も近く、「3密」状態で働いている。

 同じ部署の正社員は全員、在宅勤務になっているが、フリーランスには認められない。

 職場で陽性患者が出て、消毒はされたが働き続けている。

(3)契約社員、自治体相談員

 往復3時間の通勤で、感染リスクが高い。プライバシーの問題もあり3密状態になることが多い。在宅勤務を求めたが認められなかった。

(4)正社員、営業職

 同じ部内でコロナ感染者と思われる社員がいるにも関わらず、出勤を強要されている。

 ノートパソコンが7割普及し、在宅勤務可能なのだが、長期で在宅にさせてくれない。週2日は出勤しなければいけない。どうしても休む場合は有休を消化しなければならず、特別有休はない。密室での会議・打ち合わせが多く、満員電車での通勤にも、日々恐怖を感じている。会社は「ロックダウンしない限り出社するように」と言っている。

新型コロナウイルスに関する労災の認定基準とは?

 

 では、労働者が業務や通勤に関連し新型コロナウイルスに感染した場合、労災保険の給付対象になるかどうか、厚労省は現時点でどのように考えているのだろうか。厚労省が出している「新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)」を見ると、以下の記述がある。

(問)労働者が新型コロナウイルス感染症を発症した場合、労災保険給付の対象となりますか。

(答)業務又は通勤に起因して発症したものであると認められる場合には、労災保険給付の対象となります。詳しくは、事業場を管轄する労働基準監督署にご相談ください。

*太字は引用者

 まず、厚労省は、業務又は通勤に起因して新型コロナウイルスを発症した場合に労災保険の給付対象となること自体は認めている。しかし、上記の記述では抽象的すぎて判断基準がわかりづらい。

 そこで、具体的な判断基準やその実務について、もう少し突っ込んで示しているものが、今年2月3日に、厚生労働省の労働基準局補償課長から、労働行政の実務現場を担う都道府県労働局労働基準部労災補償課長へ出された内部通達だ。

 この資料は、社民党の福島瑞穂議員が厚労省に開示させた資料(参考:関西労働安全センター、「基補発 0203 第1号 新型コロナウイルス感染症に係る労災補償業務の留意点について」)であり、すでに労働弁護士など専門家の間では広く参照されている。

 

 同資料では、ウイルス一般でも労働災害が認められることを指摘したうえで、労働行政の窓口に、新型コロナウイルスに感染したケースの場合にも、業種や業務に予断を持たずに適切に制度について説明するように求めている。

 そのうえで、より具体的には「(別紙)新型コロナウイルス感染症に係る労災補償の取扱いについて Q&A 」で、窓口で説明すべき内容の詳細を示している。

(問)海外出張中において、新型コロナウイルス感染症を発症した場合、労災保険給付の対象となるか。

(答)海外出張中に感染症にり患した場合は、出張行程全般にわたり事業主の支配下にあり、業務遂行性があることも勘案し、個別の事案ごとに感染経路、 業務との関連性等の実情を踏まえ、業務に起因して発症したものと認められる場合には、労災保険給付の対象となる。

【業務上と考えられる例】

 新型コロナウイルス感染症が流行している地域(武漢)に出張し、商談等の業務で新型コロナウイルスの感染者等と接触、業務以外(私的行為中など)に感染源や感染機会がなく、帰国後発症

【業務外と考えられる例】

 私的な目的で新型コロナウイルス感染症が流行している地域(武漢)に 渡航滞在した場合や、私的行為中に感染者等と接触し感染したことが明らかな場合で、帰国後発症

 これは非常にわかりやすい説明である。労働災害の判断においては、「業務遂行性」と「業務起因性」が判断の基準となるが、出張中の業務で感染者に接触しており、それ以外に感染の疑いがない場合には、業務起因性が認められ、「業務上災害」と判断されるというわけだ。

 次に、国内のより一般的ケースについても次のように示されている。こちらの判断基準が特に重要だ。

(問) 国内において、新型コロナウイルス感染症を発症した場合、労災保険給付の対象となる場合があるのか。

(答) 国内において、新型コロナウイルス感染症を発症した場合についても、業務又は通勤における感染機会や感染経路が明確に特定され、感染から発症までの潜伏期間や症状等に医学的な矛盾がなく、業務以外の感染源や感染機会が認められない場合に該当するか否か等について、個別の事案ごとに業務の 実情を調査の上、業務又は通勤に起因して発症したものと認められる場合には、労災保険給付の対象となる。

【業務上と考えられる例】

 接客などの対人業務において、新型コロナウイルスの感染者等と濃厚接触し、業務以外に感染者等との接触や感染機会が認められず発症

【業務外と考えられる例】

 業務以外の私的行為中(流行地域(武漢)に最近渡航歴がある場合も含む)に感染者と接触したことが明らかで、業務では感染者等との接触や感染機会が認められず発症

 国内の場合にも、業務に関連して感染している可能性が明瞭であること、そして、「業務以外の私的行為」で感染機会が認められないことが要件となってくる。「業務外と考えられる例」には、武漢への渡航が挙げられているが、感染が広がった現在では、感染者が発見された飲食店への入店歴なども、「業務外」とされる要因になってくるだろう。

 この資料の他にも、厚労省の労災補償課へ私たちが電話でより具体的な認定基準について問い合わせをしてみたところ。以下のような回答であった。

「感染経路と業務との間に一定の因果関係があれば認められる可能性がある(業務中に感染者との接触をしたかどうか)」

「感染経路の立証ができるかが重要」

「医療従事者が感染者の診察をして発症したというのは感染経路と業務の因果関係がわかりやすい事例」

「そのほか、職場に感染者がいてその人と濃厚接触をしたなどは、認定される可能性が高い」

「コールセンターなど3密状態で働いている職場で、陽性の労働者が出たら、感染経路がわかるので労災認定される可能性が高い

 以上の資料と取材から、厚労省の見解が見えてくる。それは、(1)業務又は通勤における感染機会や感染経路が明確に特定され、(2)感染から発症までの潜伏期間や症状等に医学的な矛盾がなく、(3)業務以外の感染源や感染機会が認められない場合に該当するか否かが大枠の判断基準だということだ。

 その上で、具体例として、接客などの対人業務において、新型コロナウイルスの感染者等と濃厚接触した例が挙げられている。また、電話での問い合わせからは、感染者と接触した感染経路立証の重要性と医療従事者はもちろん、「3密」状態で労働している労働者も、感染経路が明らかにできれば労災認定される可能性が高いということがわかる。

 この点が特に重要なことは、「感染の恐れがあるのに出勤を要求されている」労働者たちは、発症した際には労働災害に該当する可能性が高いということである。

 そのような労働相談は私たちに大量に寄せられているのだが、「3密」職場で感染した場合には労働災害に該当し、労災保険が適用されると同時に企業側の責任が発生するケースもあるということなのだ(本記事の末尾に無料コロナ労働相談窓口を紹介している)。

 参考:「もう、みんな休もう」 「クラスター化」するコールセンターの労働者が訴え

 もちろん、ケースバイケースで個別の状況を見て労災認定は判断されるが、上記は一つの判断基準にはなり、少しでも該当する場合は積極的に労災申請を検討するのが良いだろう。

 労災認定の鍵となる感染経路の立証をする上では、感染者と濃厚接触をした具体的な事実関係を証明できるように、日頃からいつどこで誰と何をしたのかできる限り詳細なメモを取ったり、通勤経路をICカードの履歴に残しておいたり、業務予定の確認に関連するメールや1日の業務内容がわかる日報などの行動記録を保管しておいたりすることなどが重要だろう。

 さらに、業務外で感染した可能性をなくすために、普段から飲食店への出入りや混雑する場所へ行くことは避けることが望ましいといえる。

「最低限」の補償としての労災保険

 次に、実際に労災保険の申請方法や制度概要はどのようなものだろうか。業務に関連しコロナウイルスに感染してしまったと考えられる場合、第一に事業場を管轄する労働基準監督署へ労災申請することになる。 申請書類は、厚労省のサイトからダウンロード可能であり、労働基準監督署に直接取りに行っても大丈夫だ。

 ただし、労働災害は一度不支給の判断がなされてしまうと、判断の取り消しを実現することが困難なケースが多く、初期の申請の段階で専門的な相談機関(末尾に無料労働相談窓口)を活用し、支援を受けて証拠を元に業務と感染との因果関係等を立証する等の準備をして申請することが重要だ。

 申請をしたのちには、本人への事実関係の調査等があり、支給・不支給の判断がなされる。労働基準監督署から労働災害と認定されると、国の制度である労災保険から様々な給付が受けられる。治療費である「療養給付」や、療養のために休んでいる期間について収入を補填するための「休業補償給付・休業特別支給金」、身体に障害が残ってしまったときの「障害補償給付」、労災の被害者が万が一亡くなってしまった場合の「遺族補償給付」などである。

 これらの給付を受けられるのと受けられないのとでは、生活上大きな差があるだろう。

 ただし、それらの労災保険の金額はあくまで国が強制加入の保険で保障する「最低限」のものでしかない。休業補償給付や障害補償給付は、休業で減った収入や後遺症による逸失利益の一部にすぎず、そもそも慰謝料は一切含まれていない。

企業への損賠賠償請求も可能

 そこで労災申請と並行して検討すべきは、以下で述べる民事上の損害賠償請求だ。この方法によって、労災では払わせられなかった「慰謝料」や、残りの「逸失利益」などを請求することができる。

 損害賠償請求をする上での根拠は、労働契約法にある。同法では、すべての会社は、労働契約に付随して労働者が健康・安全に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)を負うことが明記されている。

 労働契約法第5条「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」

 したがって、コロナが流行している今、会社には、労働者が勤務や通勤でコロナウイルスに感染するリスクを減らすために、消毒やマスクの配布、可能な範囲でテレワーク、フレックス勤務、臨時休業などの措置を講じる義務があると考えられ、それを講じていないならば安全配慮義務違反と主張できる可能性が高いだろう。

 特に、労働者から感染防止対策を求められているのにそれを怠っているケースや、正社員は休業させているのに派遣社員やアルバイトには3密状態への勤務を命じているといった場合は特に悪質な事例であり、責任を問いやすくなると考えられる。

 なお、厚労省も、経済界に「感染リスクを減らす観点からのテレワークや時差通勤の積極的な活用の促進」を求めており、それも使用者の責任追及の根拠の1つとなり得る(「職場における新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向けた取り組みについて」)。

 業務や通勤が原因で新型コロナウイルスに感染してしまったと思われる労働者の方は、労災申請はもちろん、民事上の損害賠償請求もセットで考えていくと良いだろう。

労災認定への協力や、感染対策をどうやって会社に求めるのか

 最後に、労災認定をうけるには、個人で闇雲に申請をしても今回紹介したような認定基準の把握や感染経路の立証等の困難を抱えてしまうため、専門的な相談機関の支援を仰ぐことが重要だろう。

 労災の申請支援から、民事上の損害賠償請求まで、総合的に支援を得られる。

 そして、そもそも、現在進行形で感染リスクに晒されている労働者の方は、すぐにでもそのような状況を改善したいと思っているだろう。そのような場合にも、誰でも一人から加入できる労働組合に加入して、会社経営陣と「団体交渉」を行って、会社の判断を変えるよう求めることが有効だ。

 「団体交渉」の権利は、憲法や労働組合法によって保障されている強力な権利であり、会社は「団体交渉」に誠実に応じる義務がある。

 また、会社が労働組合の要求を認めない場合には、労働組合は「団体行動権」と呼ばれる権利を行使して、会社の対応について社会的に情報発信をしたり、ストライキをしたりすることもできる。

 コロナウイルスの対策が不十分であることを理由に、例えば、満員電車の時間帯を避けて、数時間のストライキを決行するといったこともできるだろう。会社は法律に基づいてストライキを行った労働者に対して不利益な取り扱いはできない。

 団体交渉には制度に詳しい専門家も同席し、企業と対策について、社員と共に交渉することになる。

 実は、労働組合法は、法的な権利行使が使用者との力関係の下では労働者側からは困難であることを踏まえ、労使の「交渉」を実質化するために制定されている。そのため、今回のような事態への対応を労組を通じて求めることは、まさに「法律が予定するところ」だといってよいのだ。

 参考:「不要不急の労働」を拒否する人々 新型コロナで世界に広がる「ストライキ」の波

 このように、労働組合の「団体交渉権」と「団体行動権」を行使して、会社にテレワーク・在宅勤務を含む、感染防止対策を求めていくことができることも知っておいてほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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