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コロナでも「出勤すれは好評価」でいいのか? 日本社会の深すぎる闇

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、全国で緊急事態宣言が出されるなか、多くの労働者が、休業時の補償や会社のコロナ対策、あるいは解雇といった労働問題を抱えている。

 筆者が代表を務めるNPO法人POSSEとその連携団体には、4月19日現在までに、1,092件のコロナ関連相談が寄せられている(外国人労働者の方からの相談や生活相談を入れると、その数はさらに増える)。

 相談を受け始めた2月下旬から3月中は、おおよそ1日数件から十数件単位で相談件数が推移していたが、東京・大阪などの7都府県で緊急事態宣言が出された4月頭から、その数が大きく増加している。最近では、1日に50件前後の相談が寄せられる日も多くなった。

コロナ関連労働相談件数の推移
コロナ関連労働相談件数の推移

 この記事では、1000件を超えるコロナ相談のなかから、「相談内容」に着目し、その特徴について報告していきたい(末尾に無料労働相談窓口も紹介)。

 参考:「倒産する」「業務進まぬ」などで在宅勤務を拒否 従業員から不満の相談相次ぐ

「会社の事情による休業」が最多

 まず、どのような相談が寄せられているのだろうか。相談内容を大きく4つに分けると、(A)会社の事情による休業(営業自粛に伴うものなど)、(B)労働者の事情による休業(子供の休校に伴うものなど)、(C)解雇・雇い止め、(D)会社のコロナ対策の問題(時差出勤を認めてくれない、3密を改善しないなど)、となる。

 このうち、最も多いのが、(A)会社の事情による休業で、536件の相談が寄せられた。

 次いで、(D)会社のコロナ対策の不備が256件、(C)解雇・雇い止めが142件、(B)労働者の事情による休業が103件だった。

 (A)会社の事情による休業に関する相談で、この間多いのは、「補償はしないから、有休を使って」と言われる、というものだ。会社が、「今回は災害だから」や「会社のせいではないから」など様々な理由をつけたり、手続きの煩雑さや会社への負担から雇用調整助成金の申請を拒否したりするため、休業中の補償がなされず、生活に困ってしまう、という相談が後を絶たない。

 参考:コロナ休業は「使いやすい」のに「使われない」 制度の特徴と問題点とは?

 なかには、「社員には全額払われるが、非正規の自分には6割しか払われない」という相談や、「正社員は6割支給だが、アルバイトはシフトに入っていないのだから補償はゼロ、と言われた」といった相談まで寄せられている。さらには、有給休暇の取得すら拒否する会社もあるほどだ。

 このように、相談の大半を占めるのは、会社の事情による休業とそれにともなう手当・補償に関する相談だが、ここで注目したいのが、(D)会社のコロナ対策の不備に関する相談の増加と、その割合の変化である。

 下記のグラフは、2月下旬から、約10日ずつ区切り、相談内容の変化を表したものである。

相談内容の変化
相談内容の変化

 一番上の横棒グラフに示した2月20日~29日では、やはり、(A)会社の事情による休業が圧倒的に多い。それが、4月に入ると、(D)会社のコロナ対策の不備が増え始め、一番の下のグラフに示した4月11~19日では、その割合がかなり大きくなってきていることがわかる。

 また、3月後半から、(C)解雇、雇い止めの相談も増加している。これは、有期雇用で働く労働者を中心として、3月末で雇用契約を終了させようという会社の対応を表している。

「命がけ」で出勤する労働者

 明らかな増加傾向にある相談のうち、今回はとくに(D)会社のコロナ対策の不備に関する相談に着目したい。会社のコロナ対策が不十分な中で働いている、テレワークを認めてくれない、といった相談だ。こういった相談は、コールセンターで働く人を中心に、さまざまな業種から寄せられるようになっている。

 「3密状態で働いている」、「高層ビルのなかに職場があり、窓が開かない」、「消毒もせず、パソコンを複数人で使いまわしている」、「いまだに週に1回、全社員が集まる会議に参加しなければならない」、「通勤時間が長く、感染が怖いため出勤したくないが、テレワークを認めてもらえない」。

 こういった不安を訴える相談が、日を追うごとに増加しているのだ。

 さらに不安なのが、「同じビルやフロアで感染者が出た(らしい)のに、会社がきちんと周知してくれない」という相談が、複数寄せられているということだ。相談者のなかには、会社にこのことを問い詰めると、「消毒したから大丈夫」と出勤するよう促された人もいる。そして、「それでも休むなら、無給ね」と言われ、自分が感染しないか恐怖を抱え、まさに「命がけ」で出勤しているというのだ。

 こうした事例からは、会社が、感染者を出さない・感染を広めないための取り組みを十分に行わず、また、ひどい場合にはそれを隠して、労働者を働かせようとする現状が浮かび上がってくる。では、なぜ、会社はこのような事態においても、テレワークを認めようとしないのだろうか?

会社がテレワークを認めない3つの背景

 1つめの理由は、「クライアントの意向だから」というものだ。例えば、ある商品を扱う会社から、販促ためのコールセンター業務だけ請け負っているような会社の場合、「クライアントが休みと言わなければ通常営業」、「クライアントから提示されているノルマをこなさなければならない」と、会社同士の契約に、労働者が巻き込まれている、という構図だ。

 2つめは、「1人でもテレワークの許可を出してしまうと、全員に認めなければならなくなるから」というもの。通勤時間が長かったり、家族に子どもや高齢者がいる労働者を中心に、テレワークの希望が出され、会社がそれを認めてしまうと、ほかの社員からも要望が出てきてしまう。

 こうした状況が続き、職場全体に「テレワークをしたい」という雰囲気が出てくるのを防ぎたいというのだ。つまり、1人のテレワークを認めてしまうと、「全体への示しがつかない」。だから、いっそのこと誰にも認めないというわけだ。ここには「どんな状況でも出勤する」という日本型の職場規律を「原則」として守ろうとすることに固執している大企業の姿うかがえる。

 そして、3つめは、評価基準が恣意的に決定されうるということが関係している。これも、日本企業に特有の「職場規律」に関係して、根深い問題である。

 テレワークを認めない上司たちの言い分は、「どうせサボるだろう」、「みんながテレワークになると、仕事がまわらない」といったものが多いが、ここで象徴的なのが、「どうやら上司は、出社する=やる気がある、と考えているようだ」という相談だ。

 感染拡大により、多くの人が不安を感じるなか、それでも出社して仕事をする人は、「やる気がある」ということになる。ここで恐ろしいのが、日本企業においては、このことが「評価」に結びつきうるということだ。

 以前から日本企業では「残業をしていれば評価が上がる」という傾向があった。また、産休や育休をとれば、今でも実質的に評価が下がる(不利益な取り扱いは違法だが、人事評価がマイナスになることは、不当にも適法だとみなされている)。

 こうした日本の評価制度は、労働社会学では「生活態度としての能力」を評価しているのだと指摘されてきたが、まさに、日本においては職務内容や成果ではなく「会社に貢献する生活態度」が重視される。より端的に言えば、「会社にどれだけ従順か」が評価基準になっているということだ(この歪んだ評価基準こそが、「社畜」などの俗語を生んでいる理由だろう)。

 だから、「コロナでも出社する社員は会社に貢献する意思がある(能力がある)」と判断し、逆に、テレワークを希望するのはやる気のない人だから、評価を下げる、といったことにもつながりかねないのである。

 このように、労働相談の事例からは、従来からの日本型の「能力評価」の慣行が、コロナ対策にも影を落としていることを、はっきりと見て取ることができた。

これから予想される労働問題

 最後に、最近の相談の傾向から、今後、懸念される労働問題について、いくつか指摘しておきたい。

 まず考えられるのが、「賃金のカット」である。これは、すでに複数の相談が寄せられているもので、コロナで業績が悪化したことを理由に、15パーセントから、なかには50パーセントカットを言い渡された、という相談もある。多くは会社が休業しておらず、これまで通り働いているにもかかわらず、である。「ただでさえ薄給なのに、賃金だけカットされて、生活が成り立たない」という声も寄せられ始めている。

 次に、人員削減にともない労働者のストレスが増える、という問題だ。休業していない(できない)業種の場合、交代制の勤務になるなど、人員を減らしたかたちで職場をまわしていることも少なくない。だが、業務自体はそれほど減っていない多いため、1人の労働者に重い負担がのしかかることになる。

 ある保育士の方からは、「登園する園児は減ったが、教室やおもちゃの除菌など、やることは多く、少ない人員でまわすため、保育士にも、子どもにも、ストレスが溜まってしまっている」という相談が寄せられている。

 こうしたなかで、事故が起こるなど、利用者・顧客も不利益を被るようになる、といった事態も危惧される。

 感染拡大が続くなか、今後も多くの相談が寄せられるだろう。「こんな状況で会社も大変だから」と諦めず、自分の命や生活を守るため、コロナ対策や補償を求めていってほしい。

 参考:会社でコロナに感染したら、損害賠償を請求できる? 厚労省は労災保険を適用へ

 参考:「不要不急の労働」を拒否する人々 新型コロナで世界に広がる「ストライキ」の波

無料労働相談窓口

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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