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タクシー「全員解雇」を美談にできない理由とは? 全国で「まね」する企業も続々 

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 先日、タクシー会社で600人もの大量解雇が報道され「美談」として話題となったが、今度は同じタクシー会社の従業員が、解雇の撤回や解雇予告手当の支払いなどを求めて声をあげていることが報道されている。

 労働組合がタクシー会社に団体交渉を申し入れたり、労働者が弁護士を立て従業員としての地位確認を求める仮処分を申し立てているのだ。

 参考:「コロナ拡大で600人解雇」のタクシー会社 70代運転手が「地位確認」求める

 一方で、私が代表を務めるNPO法人POSSEには、全国から「一斉解雇」の相談が寄せられている。「一斉解雇」はコロナ危機が収まりを見せない中で、ますます広がっていくことが懸念される。

 そこ今回は、労働組合の日本労働評議会に加入して「一斉解雇」のタクシー会社に団体交渉を申し入れた当事者の話を元に、会社側の対応の詳細を検討し、「全員解雇」の問題点を改めて考えていきたい。

 参考:タクシー会社の大量解雇は「美談」ではない 労働者たちが怒っているわけとは?

突然の解雇のはずが「合意解約」、「再雇用」は一切約束しない会社に疑問を持ち、労働組合に相談

 話を聞いたのは、女性組合員のAさん(50代)。Aさんは、3月にこのタクシー会社に入ったばかりだった。これまでは様々な仕事についてきていて、タクシー会社で運転手を務めた経験もあった。

 この会社に入る前は派遣社員として働いていたが、正社員雇用という待遇と、オリンピックを見越した需要があるという期待感で、入社を決めた。

 1か月ほど働いたのち、事業所の従業員と会社の役員との話し合いがもたれた。部屋では話ができないからと、公園で話を聞くことになり、そこで聞かされたのが、事業をいったん休止するという話だった。

 「従業員のみんなが円滑に失業手当をもらえるために決断した」、「完全復旧した暁にはみんな全員にもう一度集まってもらいたい」とも言っていた。

 Aさんは過去の仕事の経験から労務関係の知識があり、解雇予告手当や休業という手段などについて役員に質問したが、「多くの人が失業手当をもらえるから合意退職でお願いしたい」という結論を変えることはなかったという。

 他の職員からも「何とか4月末までは残せないか」「失業手当がもらえない状況だがどうすればいいか」という質問があがっていたが、いくらかタクシーの運行を続けることを検討はするという。

 そして、「再雇用されるのか」という質問については、「再雇用を約束した形での解雇は認められていない。気持ちはあるが今約束できることはない」という回答だったという。

 そもそも、「再雇用する」という約束は一切なされなかったというのだ。Aさんのほかの従業員からも不満の声が噴出していた。しかし、公園での話し合いの後事務所に戻ると、机に「退職合意書」がおいてあった。

 離職票などの手続きを早くするので、サインしてくださいと言われた。これは明らかに「解雇」ではない扱いにされるものがすでに決まっており、異論は受け付けない形だと理解した。Aさん含め何人かは、その場で退職合意書にサインをしなかった。

 実質解雇のはずなのにおかしい、「みんなのため」と社長はいうがそうではない、そう思いAさんは、何人もの弁護士に相談し、労働組合にたどり着いたのだった。

新会社にお金を使う

 上司らから、事業所が近々閉鎖することを聞いたAさんは、労働組合に数人の仲間と加入して、労働組合とともに急いで話し合いをしに行った。そこには社長がいて、話し合いになった。

 Aさんたちは退職合意書にサインをしていないから、まだこのタクシー会社の社員だ。しかし、結局Aさんたちに仕事は与えれていない。タクシーは動いていなかった。その期間の休業手当を請求しても、社長は「払えない」という。

 また、Aさんたちは、解雇の撤回や、解雇予告手当についても交渉したが、一切応じない回答だった。そして、「コロナ対策の融資を申請している、それで払われたら払う。しかし、1000万は残してほしい。新しい会社を立ち上げるから」と社長はいったという。

 Aさんはこの話を聞いて、「なんて都合のいい話なんだ」と思ったという。解雇された労働者には(法律で義務づけられた手当も含め)一銭も支払わないといいつつ、お金は自分が新しい会社を立ち上げるための資金に使いたい話に、どれだけ身勝手なんだとAさんは憤った。

 Aさんを含め、600人もの労働者が仕事を失い、生活の先行きが見えない状況になる中、必要なのは見せかけの謝罪ではない。適切な補償だ。これは労働者の権利だ。そういう責任を果たさない経営者をこのままにしてしまうと、子どもの世代にとってもいいはずがない。

 そう思ったAさんは、この会社に責任を取らせることが正義だと考え、より一層闘う気持ちを持ったという。他の仲間も、社長の対応に納得がいっていない。仲間には、失業手当をすでに使った後に入社した人や加入期間が短すぎて、解雇されても失業手当をもらえない人もいる。会社が用意した寮に入っている人もいて、この会社から解雇されたら家を失ってしまう人もいる。

タクシー会社の手法をマネする企業が続出。「美談」にさせてはいけない

 このタクシー会社の手法は、多くのメディアで報道され、世論が美談として取り上げた。世論では会社の対応を擁護する声も多いが、解雇までの経緯を詳しく聞くと、けっして「美談」といえるものではない。

 参考:タクシー会社の大量解雇は「美談」ではない 労働者たちが怒っているわけとは?

 しかし、世論が好意的に取り上げてしまった結果、やり方をまねた事業主まででてきている。すでに私が代表を務めるNPO法人POSSEには同様の相談がすでに10件近く寄せられている(末尾に無料コロナ労働相談窓口の情報)。例えば以下のような事例だ。

4月11日 50代男性、正社員、観光バス運転手

現在は会社都合の休業で6割賃金をもらっているが、5月には10人以上が解雇される方向で話がされている。会社は休眠状態に入り、コロナが収束して会社が再開したら、また声を掛けると言われている。

4月16日、50代男性、正社員、レストラン勤務

社員全員が集められ、オーナーから退職勧奨を受けた。退職届に全員サインした。

「7月から再開するから、それまで失業保険で維持してほしい。また募集するので、応募してほしい」と言われた。

 相談が寄せられた時期をみるに、明らかにタクシー会社の影響を受けていると思われる。今や多くの事業主が、会社を倒産させたり「休眠」させるなどの形を取ることで、経営者の責任である労働者への補償を免れようとしている。

 確かに、今回のコロナ危機の中で会社の存続が危ぶまれる状況であれば、解雇もやむを得ない場合が出てくるだろう。しかし、政府は解雇を予防するために「雇用調整助成金」の要件を緩和している。

 解雇せずに休業手当を支払ったとしても、事業主には支払った手当のうち、この雇用調整助成金から最大で9割が助成される。また、解雇されて雇用保険を支払われるケースよりも休業手当の方が低いということには必ずしもならない

 なぜなら、休業手当を以前の賃金の100%で支払った場合にも、その9割が助成されるからだ(ただし、1日あたりの上限額はある)。さらに、雇用保険の受給資格のない労働者もいるうえに、雇用保険の給付期間には制限がある。

 このため、雇用を守ることで労働者にとっては大きな安心感が得られるうえに、所得も守ることにつながるケースがたくさんあるのだ。

 今回のタクシー会社の事件の場合、「美談」とされるわりには、労働者の生活を考慮しているようには見えない。雇用調整助成金が適用されることはわかっていたのであるから、100%の休業補償を行えば、雇用保険の場合よりも手取りがふえる労働者も、かなりいたのではないかと思われる。

 そもそも、どうしても解雇せざるを得ないならば、解雇予告手当などの法律上の義務を果たすべきだが、それも行っていない。その上、寮に住んでいたり、雇用保険を受けられない労働者への配慮も見られない。

 これでは労働者たちが怒るのも当然だろう。会社側も苦しいとはいえ、「解雇が労働者のためなのだ」という主張には無理がある。少なくとも、「全員退職しろ」と一方的に決定するのは問題だ。個々の労働者に配慮し、さまざまな選択肢も示すなどの措置を取ることは、労働契約上の当然の義務である。

解雇の撤回や補償を求めるのは当然の権利。闘うことで権利が守られる

 コロナ危機の広がりの中で、あらゆる業種で「一斉解雇」が広がっていくことが懸念されている。特に、「パートだけ全員解雇」や「派遣だけ全員解雇」といった「非正規切り」の相談が後を絶たない。

 だが、それらの解雇がすべて「適法」だとは限らない。政府の助成金を用いれば、解雇を回避できる可能性があるからだ(解雇回避の努力は法律上の義務であり、これに違反した解雇は無効とされる)。もちろん、雇用調整助成金は非正規雇用にも適用される。

 とはいえ、労働法に定められた権利は、行使しなければ実現されない。法律や制度は、労働者が自分の生活を守るための武器ではあるが、自動的に守ってくれるわけではない。

 解雇問題はその典型だ。解雇された労働者が「違法だ」と主張しなければ、違法行為も問題にさえならないのである。

 政府の雇用対策を有効に機能させるためにも、労働者の「権利主張」が非常に重要になってきている。日本全国で一斉解雇の嵐が吹き荒れそうな今日だからこそ、「権利行使=政策を機能させる」という今日の構図をぜひ認識してほしい。

 参考:政府の助成金を使って「コロナ解雇」を回避してほしい 声を上げ始めた労働者たち

「みなし失業手当」を導入すべき

 最後に、政府の政策の問題についても付言しておこう。

 今回の事件を見て明らかなように、「雇用調整助成金」という政府の仕組み自体に欠陥がある。それは、企業が助成金を申請せずに労働者を解雇してしまうと、政策の補助が労働者に届かないからだ。

 つまり、労働者を直接保護するのではなく、あくまでも「企業への補助金」という形をとっているために、政策の効果は「企業次第」だということになってしまうのだ。

 しかも、この助成金は休業手当の「全額」を助成するものではない。最大で9割助成するとはいえ、1割分の企業負担が残っている。しかも、厚生労働省は一定のばあいに企業には休業手当の支払い義務がなくなるとしている(ただし、実際に支払い義務があるのかどうかは、裁判をしてみなければわからない)。

 つまり、本来は支払い義務が発生していない(すべてのケースにあてはまるものではないとはいえ)休業手当の支払いを、企業が任意に行った場合に、その一部を助成する、という政策の構図である。「企業の善意」をあてにした制度であることがよくわかる。

 しかし、世の中には「ブラック企業」が蔓延し、非正規雇用を差別する企業も後を絶たない。今回のタクシー会社の社長たちのように、助成金を申請して雇用を守らない事業主は今後も増えていく可能性が高い。

 この間筆者が繰り返し述べているが、必要なのは、雇用調整助成金の金額の上限を引き上げ、場合によっては全額支給とすること。また、労働者個人が直接申請できる仕組みを雇用調整助成金に備え付けるか、あるいは、「みなし失業」ともいうべき、雇用保険の特例措置を実施することだ。

 「みなし失業」の仕組みは、一時的に休業している労働者に対し、実際に離職をしていなくても失業手当を支給するという特例のことで、過去には東日本大震災や昨年の台風19号の被害でも同様の措置が取られている。

 失業手当を受けるためには、事業主から交付された「休業票」をハローワークに提出する必要があるが、本人の申し出で手続きをすすめられる、柔軟な対応が取られていた。少なくとも、「会社が申請しない限り制度を利用できない」という課題を克服することができるはずだ。

 参考:厚労省が異例の「反論ツイート」を連投! 「補償無き休業ではない」は本当か?

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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