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サイゼリヤでコロナ助成金の「不使用」が問題に 独自の”特別休暇“に不満や疑問の声

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

「コロナ休業補償」の助成金不使用 サイゼリヤへ申し入れ

 人々の暮らしに新型コロナの影響が広がるなか、今日のNHKのニュースで注目すべき出来事が報じられた。国が整備した保護者支援の助成金制度が企業に適切に活用されていないケースがみられるというのだ。

 臨時休校に伴う助成活用されず 厚労省 企業に利用促すよう指示(NHK NEWS WEB)

 NHKの取材に対し、「会社が国の助成金を利用してくれない」と語ったのは、大手飲食チェーンの株式会社サイゼリヤの店舗で働くパート従業員のAさん(30代女性)だ。

 実は、この事件は筆者が代表を務めるNPO法人POSSEにAさんが相談を寄せたところから発覚した。

 Aさんはその後個人加盟の労働組合・総合サポートユニオンに加入し、会社に対して、「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金」を利用すること、そして、この制度の対象になる従業員の休業に際して賃金を全額支払うことを求めている。

 国は、助成金制度を整備し、労働者が子どもの世話をするために仕事を休まざるを得なかった場合でも賃金が保障される仕組みを整えたはずだ。なぜ、Aさんはこのような行動を起こしたのだろう。

 この助成金は、小学校・保育園等の臨時休業を受けて、労働者が子どもの世話をするために休暇を取得した場合に支給の対象となる。助成金は労働者に対して支給されるわけではなく、労働者に有給の特別休暇を与えた企業に支給される。

 労基法上の年次有給休暇とは別の有給休暇(賃金全額支給)を労働者に取得させることが条件となっており、労働者に支払った賃金に相当する額が企業に助成される(1日当たりの上限は8,330円)。

 しかし、会社が制度を利用することに法的な義務はない。Aさんは、この助成金を利用して賃金相当額を保障してほしいとこれまで何度も会社に訴えた。しかし、聞き入れられることはなく、今回の申し入れに至ったという。

 Aさんの他にも、NPO法人POSSEには、同様の相談が多数寄せられている。今回のサイゼリヤの申し入れは、この問題の氷山の一角に過ぎないと思われる。

 そこで、この記事では、サイゼリヤでの助成金不使用の問題を紹介したうえで、勤務先の企業が助成金を使用することに消極的な場合にどうすればよいのかを解説したい。

独自の”特別休暇”の支給額は一律2千円/日

 サイゼリヤでは、従業員の子どもの通う小学校等がコロナにより臨時休業した際の休暇取得支援にあたって、国の助成金を使用しない代わりに、会社独自の特別休暇制度を運用しているという。

 だが、Aさんをはじめサイゼリヤの従業員の一部は、疑問や不満の声を上げている。その理由は、国の助成金を使用した場合の「有給休暇」とサイゼリヤ独自の特別休暇を比較すると、サイゼリヤの制度の方が労働者に不利だからだ。下記の表を見てほしい。

画像

 この表のとおり、サイゼリヤ独自の特別休暇は、国の助成金制度の「有給休暇」に対して、対象期間で3分の2以下、支給金額で半分以下の条件である。これでは、国の助成金制度を利用してほしいという声が上がるのは当然だろう。

 しかも、国の助成金制度については、対象となる休暇取得の期限が6月30日まで延長される予定だ(厚労省プレスリリース参照)。

 Aさんの団体交渉申し入れの様子はYouTubeでも配信されている。

サイゼリアへの申し入れの様子
サイゼリアへの申し入れの様子

助成金を使ってほしいという切実な声

 こうした問題はサイゼリヤに限らない。先ほども述べたように、NPO法人POSSEには、勤務先の企業が国の助成金を申請せず、適切な休業補償を得られずに困っているという相談が多数寄せられている。その一部を紹介しよう。

40代・女性、パート、Web制作

子どもが通う小学校が休校となり、在宅勤務を希望したが拒否された。仕事を休んでいるが、会社から「特別休暇は出さない、厚労省の休業補償は導入しない」と伝えられた。そのうえで、「まずは有給休暇で対応し、有給休暇が無くなれば欠勤扱いにする」と言われた。貴重な有給休暇が無くなり収入も減ってしまうので困っている。

30代・女性、正社員、事務

シングルマザーで普段は子どもを保育園に預けているが、コロナ対策で休園となったので子どもの面倒を見ないといけない。そのため、会社に助成金を申請してほしいとお願いしたが、「面倒なのでやりたくない」と言われてしまった。厚生労働省が委託している助成金相談窓口に相談したが、会社の担当者から連絡するようにと言われるだけだった。休業補償がもらえないと生活が苦しく会社を休むことも難しい。

 こうした相談からは、何らかの理由で、会社が助成金を申請してくれず、そこで働く労働者が追い詰められている実態が見えてきている。

どうして助成金を利用しないのか

 では、なぜ国の助成金を利用しようとしない企業が後を絶たないのだろうか。この助成金制度は手続きの煩雑さや支給要件は通常の助成金よりも相当緩和されており、そのハードルはそれほど高くない。こうした制度上の配慮があってもなお、必要な人に助成金が届かないのはどうしてだろうか。

 まず、一部のケースでは会社に財政的な負担が生じることが原因となっているようだ。この助成金の支給要件として通常の賃金を日額換算した金額が支払うべきこと定められている一方で、支給額には上限額(8,330円/日)があるため、日額換算した賃金額が8,330円を上回る場合、会社にも財政的負担が生じるのだ。

 その負担を忌避して助成金を申請しない会社がある。こうした対応を防ぐためには、上限額の引き上げや撤廃を検討する必要があるだろう。

 また、会社が対象労働者を休ませたくないために、助成金の申請をしないケースもある。たとえば、前出のサイゼリヤのケースでは、従業員のAさんが店長にどうして助成金を申請してくれないのかと問うたところ、「休む人が多くなるとお店が回らない」と答えたという。

 サービス業では常に人手不足の状態にあり、休まれると業務運営に支障が出かねないという理由から、せっかく助成金があるにもかかわらず、休暇を取得させないという対応が起きているのだ。

 さらに、会社が、単に助成金申請のための手続きを面倒くさがっているというケースも見られる。先に紹介した30代女性の例では「面倒なのでやりたくない」とはっきり言われてしまっている。

 現行の制度では、助成金の利用を申請できる主体が、会社側に限られているため、会社が「休ませたくない」「面倒なのでやりたくない」と考えて申請しない場合には、労働者が助成金の恩恵を受けることが困難になっている。

 こうしたことを防ぐためには、労働者側も利用の申請をできるようにし、直接労働者に給付する仕組みをつくる必要があるだろう。

会社が助成金を申請してくれない場合にどうすればよいか

 実は、まだあまり知られていないが、3月25日に厚生労働省が各都道府県労働局へ「労働者からの相談等を端緒とした企業への特別休暇制度導入の働きかけについて」という表題の通達を出している。

 この通達は、この助成金を申請してくれないという相談があった場合に、労働局は、その状況を把握し、会社の名称・所在地など基本情報を確認し、相談者に当該企業への接触について了解を得たうえ、記録を取って当該会社に助成金を利用するよう促す対応を求めるものだという。

 つまり、勤務先の企業が助成金を申請してくれない場合に、労働局に申告すれば労働局から会社に対し助成金の利用を促してくれるようになったのだ。

 個人で会社と話していても埒が明かないという場合には、労働局に相談すれば、話し合いに進展があるかもしれない。

 しかし、法律上、会社に助成金制度を利用する義務があるわけではない。労働局が促してくれたとしても、あくまでそれは「働きかけ」であり、強制力があるわけではない。

 この点で、今回Aさんが採った労働組合による団体交渉という方法は、より有効なものだといえる。なぜなら、労働組合であれば、会社に対して直接要望を伝え、説明を求める場をセッティングすることができるからだ。

 労働組合が団体交渉を申し込んだ場合、会社は、正当な理由なく交渉を拒否することができず、拒否した場合には違法行為になる。労働者個人が会社に話し合いを求めても、まともに応じてもらえず、適当にあしらわれてしまうことが多いが、労働組合であれば、そのようなことはない。その上、会社は、団体交渉において誠実に交渉する義務を負っている。

 もちろん、労働組合も、会社に助成金制度を利用するよう強制することはできない。労働者ができるのは、制度を利用するように“交渉”することだけだ。しかし、交渉の場を持てるということの意味は非常に大きい。

 労働組合であれば、「社会的発信」も可能だ。会社の内部で覆い隠されている不当な出来事を社会的なイシューとして問題化することができる。Aさんのケースでいえば、サイゼリヤのような有名企業が助成金制度を利用しないために困っているということを社会や政策の問題として提起することができるということだ。

 感染拡大の防止に協力することが社会全体に求められ、国が、休暇を取りやすい環境を整備するよう企業に呼びかけ、助成金制度まで作っているのに、会社がそうした制度を利用せずに労働者に負担を負わせているということは、たとえ「違法」でなくても「不当」なことだといえる。

 こうした不当な扱いに対する異議申し立ては社会の人々の共感を集めるだろう。「社会的発信」によって世論の共感や支持が集まれば、それを武器にして、会社と交渉することができる。

 労働組合はこのような助成金の問題だけではなく、「コロナ対策をしっかりしていない職場」に対して対策を求めることや、「急を要さない仕事」に無理に従事させられて感染が怖いといった問題、あるいは時差出勤で満員電車を避けたいのに導入してくれないといった問題も交渉できる。

 上に見たような相談は、実際にPOSSEに多数寄せられており、これから順次労働組合に紹介し、会社との話し合いの場をセッティングしていく予定だ。

 コロナ危機によって労働者の権利や生活は脅かされつつある。法律で認められた労働組合の権利や交渉力をフルに活用し、会社と交渉していかなければ、自分たちを守ることができない。そんな場面も生じてくるだろう。黙っていても誰かが助けてくれるというわけではないのだ。

 

 なお、会社に労働組合がない場合でも、Aさんのように、個人で入れる労働組合(ユニオン)に加入して会社と交渉することができる。職場で不当な出来事があり、改善するために会社と交渉したいという方はぜひ以下の記事もご覧いただきたい。

〔関連記事〕労働組合はどうやって問題を解決しているのか?

〔関連記事〕:「不要不急の労働」を拒否する人々 新型コロナで世界に広がる「ストライキ」の波

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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