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労基署に通報した教員は地獄行き!? 文理開成高校の過酷な労働環境

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 今年3月末、衝撃的なニュースが流れていた。千葉県鴨川市にある文理開成高校の副校長が、生徒の保護者に対して、暴力団に仲間がいると脅したとして、在宅起訴され、千葉地裁が罰金20万円の有罪判決を言い渡したというのだ。

 この事件で一躍有名になった文理開成高校だが、実は、副校長の脅迫問題だけでなく、学校では教員の長時間労働、残業代不払い等の様々な労働問題も発生しているという。

 特に、理事長兼校長の鈴木淳氏によるパワーハラスメントは深刻なもののようだ。

 政府は先日はじめてパワーハラスメント対策の法律を成立させたばかりだが、同法には罰則規定がないなど不十分さも指摘されている最中だ。

 参考:「パワハラ防止法」では、パワハラを防止できない

 今回は、教育現場で起こってしまった過酷なハラスメン事件の詳細を報告するとともに、ハラスメント問題の発生要因や対処法について考えていきたい。

横行するパワーハラスメント

 深刻なハラスメントほど、外部には出にくいモノだが、今回は、教員たちが「私学教員ユニオン」に加盟し、団体交渉することで、問題の詳細をつかむことができた。

 その凄惨な内容が、下記の録音データである。

 この音声は、組合員の教員が労働基準法違反を労働基準監督署へ通報したことを受けて、学校へ労働基準監督署から電話が入った翌日の朝会で、鈴木氏が公開で恫喝をしてきいる様子だ。

「人から何かをもらおう。恵んでもらおう。自分の権利を主張して何かお金をもらおう(とすると)、哀れな末路になる」

「人から何かをもらおう、もらおう、もらおう、というような意識で生きたら、それはお釈迦様と全く正反対のことになりますから、当然地獄行きですね。この世でも地獄を味わうでしょう」

 違法労働を通報した教員への執拗な報復の一幕である。しかし、問題の音声はこれだけではない。次の音声をお聞きいただきたい。

 

 この音声では、鈴木氏が理事長・校長という立場を利用し、傲慢な態度で労働者に対して「バカ、アホ、マヌケ」と暴言を吐いているのがわかる。

「あっちに気を遣い、こっちに気を遣い、肝心な俺に気を遣ってねぇじゃねぇかよ全然」

「自分に給料払ってもらってるのが誰なのか、もう一度言ってみろ」

「そうだろうが。ほかの奴がお前に給料払ってんのか。じゃなんでお前に給料払ってる人間に忠誠尽くさねぇんだよ。バカかお前、アホか、マヌケか」

 その他、例を挙げればきりがないということだが、象徴的なパワーハラスメントは上記のようなものだった。

 先日成立した「パワハラ防止法」では、パワーハラスメントを「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」「職場において行われる優越的な関係を背景にした言動」によって「労働者の就業環境が害されること」と定めている。

 この音声の内容が「業務上必要かつ相当」なものではなく、労働者の就業環境が害されていることは明らかだろう。実際に、このようなハラスメントが蔓延している中で、メンタル不調など体調を崩してしまう教員もいたという。

雑用を教員にやらせて「経費削減」の実態

 そもそも、ハラスメント以前に、文理開成高校の教員は多くの労働問題を抱えていた。これは、ハラスメント体質の職場ではよくみられることだ。

 つまり、ブラックな違法労働が繰り返される中で、パワーハラスメントによってそれらの告発を抑え込むという構図が発生するわけだ。

 同校の場合には、まず、過労死レベルの長時間労働が横行していた。ユニオンに加入をした教員含め、複数の教員が厚生労働省の定める過労死認定基準(月80時間残業)を超えて勤務していたのだ。

 教員の仕事は授業以外の業務にもわたっており、それが長時間労働を引き起こす原因となっていた。例えば、始業前にも生徒からの資料提出の受け取ったり、生徒の呼び出し対応などにも応じなければならない。教材研究、補習・受験指導・進路指導があるほか、電話や面談で保護者対応に追われることもある。

 さらに、問題の作成や採点、入試説明会への参加、学校周り等の入試の事務や、夜に行われる「経営会議」、寮の管理(朝夜の点呼、消灯、荷物の受け取り等寮の管理業務全般)も教師たちの仕事なのだ。

 その上、学校運営全般の雑務もある。廃品回収へ古紙を出しに行く、学内にイルミネーションをつける、床の張替え、蛍光灯の交換、植木を植える、体育館の屋根を塗るなどだ。

 本来、このような雑務は教師の仕事ではない。事務員や用務員を雇うべきだと思われるような業務も、教師たちに押しつけられ、「経費削減」が行われていたのである

「寮の管理人」まで教師に押し付ける

 上のような「経費削減」はブラックな私立学校では頻繁にみられる現象だ。しかし、文理開成高校の場合、これらに加え、さらに「寮の管理業務」をも教員が担っていた。これは私立学校の中でも珍しく、それが特に過重労働が深刻化させる原因になっていたという。 

 寮の管理を任されている教員(組合員の常勤講師2名)は、朝は7時40分に全員が寮にいることを確認するための点呼をすることから始まり、生徒たちを学校へ送り出し、全員が学校に行ったのを確認して寮の鍵を閉めて自身らも出勤しなければならない。

 学校での業務後、夜も夕飯の支度や風呂の準備の管理、清掃指導等を行い、全員が寮にいるか確認のための点呼を21時に行った上で、寮の鍵を閉めるなどをし22時に消灯をする。

 消灯後も、生徒がいなくなれば探しに行く、深夜に生徒の具合が悪くなれば病院に付き添うなどはもちろん、寮のブレーカーが落ちた時の対応、寮へのwifiの設置・故障対応、エアコンや洗濯機が壊れたら修理等、寮で何かあれば対応するのは「教員」である。

 さらには、休日も寮監督である教員の誰かは寮におり、寮生へ送られてきた荷物の受け取りも教員が行なっていたという。

 24時間気が休まることもなく、明らかに教師としての業務範囲を超えた「管理人」の仕事をやっているのだ。まさに、教員が「何でも屋」のように扱われていることがわかる。

 こんなことばかりやらされていては、ハラスメントがなくとも体調を崩したり、仕事がつらくなってしまう教員がいることは想像に難くない。

過労死認定基準の2倍の残業をするが、手取り給与約18万円

 実際に、教員の残業は最長で月に約170時間に上っていた。これは、実に過労死認定基準の2倍にも及ぶ残業時間であり、いつ倒れてもおかしくない状況だ。

 しかし、ここまで過酷な長時間労働をしている教員に対して、学校は、残業代も、ボーナスも、その他一切の手当ても支払っていなかった。

 給与は、総支給額が約22万円ほどで、手取りだと約18万円ほどにしかならない。タイムカードも職場になく、労働時間の管理さえ全くなされていなかったという。

だまされて採用。生徒のために残る

 では、なぜこの過酷な職場環境に教師たちは耐えてきたのだろうか。その背後には、巧妙なからくりがあった。

 まず、そもそも、教員たちは「だまされて」採用されていた。募集要項や採用過程で話に出ていた賃金等の労働条件と、実際に入職した後の労働条件が異なっていたのだ。

 ひどい事例では、伝えられていた給与と実際の給与が10万円も異なって低かったり、ある部活の顧問をやってもらうという約束で来てみたらその部活がなかったりといったこともあったという。

 当然、そのような状況がわかった時点で、すぐに退職をする教員が多い。

 

 しかし、組合員の教員は、ここで退職してしまうとせっかく担当した生徒の成長を見ることができなくなってしまうという想いや、慕ってくれる生徒がいたことから簡単にはやめようとしなかったのだ。

非常勤講師への一方的な授業コマ数の削減等の問題

 この学校の問題はまだある。それは非常勤講師の労働問題だ。

 非常勤講師は、昨年度まで週8コマの授業を受け持っていたが、今年度、一方的に授業数を削減されたという。

 しかも、今年の年明けから複数回、今年度の担当コマ数の増加について相談をしていたにも関わらず、何の相談もなく強行され、生活困窮に陥ってしまったという。

 そのほか、授業準備やテスト作成、採点業務、採点処理等の様々な授業外業務についての対価も、授業に対する賃金しか支払われていないため、不払いとなっていた。

 

 以上のように、苛烈なパワーハラスメントの背後には、長時間労働や本来教師の業務ではないような雑用、寮の管理人業務などの押し付け、そして、非正規雇用を使い捨てにするような労務管理があった。

 当然、これらの多くは労働法違反である。だからこそ、その不満を抑え込み、我慢させるために、常軌を逸したハラスメントを繰り返していたものと考えることができるのだ。

当事者たちの想い

 今回、このような労働環境の中で立ち上がった「当事者の声」を紹介したい。音声だけでは伝わらない、なまなましい現場の実態を伝えるものだ。

 

 校長は、週に2、3回しか来校しないため、職員の朝の打ち合わせにもほとんど出席しませんが、出席した日は最悪です。学校とはほとんど関係のない話を延々し続け、始業のチャイムが鳴ってもお構いなし、「生徒ファースト」という言葉をよく使う割には自分のことを話し続けます。結局、朝のホームルームに先生が10分以上遅れることは当たり前で、生徒にも朝は「おはよう」から始まりたいのに、「ごめん」から始まります。

 校長の「これができなければクビだ」、「お前はバカか?アホか?マヌケか?」といった発言は何度聞いたかわかりません。「給料を払っているのは誰だと思っているんだ?俺だろうが!」という言葉で教職員を抑え込むやり方には教職員全員がため息をついています。

 このような状況では、教員が退職をしたくなるのも当然で、2、3年でほとんどの先生は退職します。教員にとっても、生徒にとってもより良い学校になるために、団体交渉で戦っていきたいです。

諦めずに生徒のために戦う

 今回、組合に加入をして戦っている教員たちは、自身の労働環境改善が生徒の教育環境改善に繋がると確信して、勇気を持って行動を起こしている。

 長時間労働の改善、対価の支払い、パワハラの撲滅等によってこそ、生徒のために集中し充実した教育実践ができるようになるだろう。

 彼らのように、生徒のためを想い、行動を起こし始めた教員は、徐々に増えて来ている。改善を求める教員たちの取り組みに今後も注目し続けたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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